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コレコビジョン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
コレコビジョン
メーカー コレコ
世代 第2世代
発売日 1982年8月
売上台数 アメリカ合衆国の旗 300万台
世界 600万台
前世代ハードウェア コレコ・テルスターシリーズ
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コレコビジョンColecoVision)は、1982年8月にコレコが発売した第2世代の家庭用ゲーム機である。

概要

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コレコビジョンで業務用ゲーム並みのグラフィックと遊び方を楽しむことができ、システムのハードウェアを拡張できる方法があった。コレコビジョンは本体価格170ドル[1]、12タイトルのゲームソフトのラインナップを引き下げて売り出され、10タイトルのゲームソフトが追加販売された。約100タイトルのROMカートリッジ形式のソフトが1982年から1984年の間に売り出された[2]

歴史

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コレコは任天堂との間で一時金プラスソフト1本あたり1ドル40セントの条件で『ドンキーコング』の独占的なライセンス契約をしてコレコビジョンの公式付属ゲームソフトとした[3]

『ドンキーコング』の移植は業務用に近い完成度を誇り、コレコビジョンの人気に火をつけた。コレコビジョンの競合製品だったAtari 5200は、より先進的ではあったが、商業的には成功しなかった。アメリカ合衆国外ではCBSエレクトロニクスがコレコビジョンをCBSコレコビジョンの名で発売した。アタリショック直前である1983年初期までは100万台を売り上げた。コレコビジョンは1985年までに200万台を販売し、最終的な販売数は600万台となった[4][5]

コレコビジョンのこの成功から任天堂は日本販売権の取得を希望しコレコに申し入れたが条件面で合意には至らず、任天堂はカートリッジ交換方式のゲーム機の自社開発を決定した。それがファミリーコンピュータである[5]。任天堂との話が流れて、日本では未発売だった[1]セガも1982年春頃、任天堂と同様に日本国内における販売代理店となるべく発表まで実施したが叶わなかった。後にSC-3000SG-1000を発売するに至ったという。[6]

1986年に普澤がコレコビジョンとそっくりなゲーム機Dinaを製造し、Telegames Personal Arcadeが売り出した。

現在のところ[いつ?]River West Brands がコレコビジョンのブランドを所有している[7]

Atari 2600との互換

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オプションの拡張機器を購入することでAtari 2600のソフトが遊ぶことが出来た[1][8]。このモジュールは発売2ヶ月で15万個が売れていたところ、Atari 2600の販売元であるアタリが販売停止を求めてコレコを提訴した。アタリはAtari 2600の上位機種としてAtari 5200の販売を始めていたが、両機には互換性がなかったため、コレコビジョンのモジュールの存在がAtari 5200のセールスに悪影響を与えることを危惧したのである[9]。これに対してコレコは独占禁止法違反でアタリを反訴。この裁判はロイヤリティの支払いで和解に至った[5]

仕様

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  • CPU: ザイログ Z80A @ 3.58 MHz
  • ビデオプロセッサ: テキサス・インスツルメンツ TMS9928A
    • 解像度:256x192
    • スプライト数:32
    • 16色
  • サウンド:テキサス・インスツルメンツSN76489A
    • トーンジェネレーター数:3
    • ノイズジェネレーター数:1
  • VRAM: 16 KB
  • RAM: 1 KB
  • 記憶: 8/16/24/32 KB(カートリッジ式)

周辺機器

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脚注

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  1. ^ a b c 山崎功『家庭用ゲーム機コンプリートガイド』主婦の友インフォス情報社、2014年、p.34
  2. ^ Forster, Winnie (2005). The encyclopedia of consoles, handhelds & home computers 1972 - 2005. GAMEPLAN. pp. pp. 50. ISBN 3-00-015359-4 
  3. ^ ジェフ・ライアン著、林田陽子訳『ニンテンドー・イン・アメリカ 世界を制した驚異の創造力』早川書房、2011年、p.51
  4. ^ ジェフ・ライアン著、林田陽子訳『ニンテンドー・イン・アメリカ 世界を制した驚異の創造力』早川書房、2011年、p.77
  5. ^ a b c 小山友介『日本デジタルゲーム産業史』人文書院、2016年、pp.42-43
  6. ^ 早苗月 ハンバーグ食べ男、石川雅美、奥成洋輔、堀井直樹 (2023年7月15日). "[インタビュー]SC-3000&SG-1000発売40周年! セガハードを支えた石川雅美氏,奥成洋輔氏,堀井直樹氏がセガハード史を語る". 4Gamer.net. Aetas. 2023年7月15日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年7月18日閲覧
  7. ^ Trademark Registration for River West Brands
  8. ^ 藤田直樹 (11 1998). “米国におけるビデオ・ゲーム産業の形成と急激な崩壊--現代ビデオ・ゲーム産業の形成過程(1)”. 経済論叢 162 (5・6): 440-457. doi:10.14989/45249. https://doi.org/10.14989/45249. 
  9. ^ 「海外トピックス ホーム・コンピュータ業界の不振」『コンピュートピア』1983年10月号、コンピュータ・エージ社、p.53

外部リンク

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