グロムス門
グロムス門 | ||||||||||||
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分類 | ||||||||||||
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学名 | ||||||||||||
Glomeromycota C. Walker & A. Schüßler (2001)[1][2] Glomeromycotina Spatafora & Stajich (2016)[1] | ||||||||||||
タイプ属 | ||||||||||||
Glomus Tul. & C. Tul. (1844)[3][注 1] | ||||||||||||
和名 | ||||||||||||
グロムス門[5][6]、グロムス菌門[4][7]、グロメロ菌門[8] | ||||||||||||
下位分類 | ||||||||||||
グロムス門(グロムスもん、グロムス菌門、学名: Glomeromycota)は、菌界に属する門の1つである。グロムス類は隔壁を欠く無隔菌糸をもち、特徴的な大きな厚壁胞子による無性生殖を行うが、有性生殖は知られていない。ほとんどの種は陸上植物に共生してアーバスキュラー菌根を形成する(図1)。維管束植物のおよそ80%の種はアーバスキュラー菌根をもち、グロムス類は植物細胞内で細かく分枝した樹枝状体を形成し(図1)、水や無機栄養分(特にリン)を植物に供給し、糖や脂質を受け取る。例外的に、ゲオシフォン (Geosiphon pyriformis) では菌根形成が知られておらず、細胞内にシアノバクテリア(藍藻)のネンジュモ属を細胞内共生させ、その光合成から栄養を得ている。いずれにせよ既知のグロムス類は、すべて生きた生物から栄養を得なければ生きられない絶対共生性生物である。
50属340種ほどが知られる。伝統的に、グロムス類はアツギケカビ類と混同され、接合菌綱に分類されていたが、分子系統学的研究に基づいて2001年に独立の門とすることが提唱された。ただし、その後の研究からはグロムス類がケカビ門に含まれることが示唆されており、ケカビ門グロムス亜門に分類することも提唱されている。
特徴
[編集]グロムス類は菌糸体を形成し、菌糸は隔壁をほとんど欠く無隔菌糸を形成する[7][9]。胞子形成時や菌糸が損傷した際に、二次的に隔壁が形成される[9][10](図2)。菌糸の直径はふつう2–10マイクロメートル (µm) ほどであるが、20 µm に達するものもある[9]。菌糸はトリパンブルー、クロラゾールブラック、酸性フクシンなどによって染色される[10](図1, 2b)。菌糸はときに分枝し、また菌糸どうしが吻合することがある[11]。ふつう遺伝的に同一の菌糸が吻合するが、遺伝的に異なる菌糸が吻合することもある[10]。
ほとんどの種において、菌糸は根など植物体内に侵入し、アーバスキュラー菌根を形成する[7][12][9][10][5]。菌糸の一部が植物細胞内(細胞壁と細胞膜の間)に侵入し、細かく分枝した樹枝状体(樹状体[13]、アーバスキュル、アーバスキュール; arbuscule)を形成する[5][7][9][10][14][15][16][17](図1, 2)。樹枝状体では、植物細胞とグロムス類の間で栄養交換が行われる(下記参照)。また、菌糸は植物細胞間または細胞内で丸く膨潤して嚢状体(ベシクル; vesicle)を形成する[7][5][14][16][17][13](図1, 2)。嚢状体は成長後期に形成され、栄養貯蔵構造として機能していると考えられている[10]。ギガスポラ目のものは嚢状体を形成せず、また土壌に伸びた菌糸上に補助細胞 (auxiliary cell) とよばれる特徴的な形をした薄壁の細胞(機能は不明)の塊が形成される[4][10](図3)。
例外的に、ゲオシフォン(Geosiphon pyriformis)では菌根形成が知られておらず(ただしその可能性は示唆されている)、代わりに菌糸が棍棒状に膨潤した構造(管状菌体[18]; bladder; 成長すると長さ1–2ミリメートルほどになる)を形成し、この中にシアノバクテリア(藍藻)のネンジュモ属が細胞内共生している[10][19](そのため藻菌地衣ともよばれる[20])(図4)。ネンジュモ属は、1枚の膜に包まれた状態で存在し、この細胞内構造はシンビオソーム(symbiosome)とよばれる[19]。
グロムス類の細胞内には細菌が共生しており、endohypal bacteria (EHB; "菌糸内の細菌") ともよばれる[21]。グロムス類の共生細菌は、植物に共生する前のグロムス類の生育を補助し菌根形成を効率的にすること、ビタミンや抗生物質などの産生に関わることが報告されており、mycorrhiza helper bacteria (MHB; "菌根を補助する細菌") ともよばれる[21][22]。グロムス類の共生細菌としては、主に2系統の細菌、Candidatus Glomeribacter gigasporarum (ベータプロテオバクテリア綱) と Mollicutes 類 (モリクテス綱) が知られている[21]。前者はグロムス類の細胞内で膜に包まれており、退化的なゲノムをもち、グロムス類に大きく依存していることが示されている[21][22][23]。一方、後者はより普遍的であり、bacterium-like organism (BLO) ともよばれ、グロムス類の細胞内では膜に包まれていない[21][22][23]。
生殖
[編集]グロムス類は、厚い壁をもつ直径 40–1,000 µm ほどの大きな厚壁胞子によって無性生殖を行う[9][12][13]。厚壁胞子はふつう根外へ伸びた菌糸に形成されるが(図6a)、菌根内に形成されることもある[10]。厚壁胞子の細胞壁は、種によって白色、黄色、オレンジ色、赤褐色、黒色などさまざまであり(図6b)、その層構造や装飾様式も多様である(図5)[13][9][24]。厚壁胞子は、数十から数千個の核を含み、また脂質顆粒が多い[9][10]。これらの核が遺伝的に均一であるのか異質であるのかは古くから議論されている[9][25]。この胞子はグロムス類に特徴的であり、特に glomerospore ともよばれる[26]。
厚壁胞子の形成様式には以下のような多様性があり、分類形質として重要視されている[7][9][10]。
- グロムス型 (glomoid mode)
- 菌糸の先端が直接膨潤して厚壁胞子となる。
- ギガスポラ型 (gigasporoid mode)
- 菌糸の先端に sporogenous cell[注 3] が形成され、その先に厚壁胞子が形成される。
- アカウロスポラ型 (acaulosporoid mode)
- 菌糸の先端は袋状の sporiferous saccule となり、その基部側の菌糸に厚壁胞子を側生する。
- エントロフォスポラ型 (entrophosporoid mode)
- 菌糸の先端は袋状の sporiferous saccule となり、その基部側の菌糸中に厚壁胞子を内生する。
一部の種では、厚壁胞子が密に集まって形成され、特殊な菌糸(特に peridium とよばれる)で包まれていることもある[10][13][27](図6b右上、図7)。このような構造は、胞子果(sporocarp、子実体)とよばれ、大きなものは直径数センチメートルになる[10][13]。
厚壁胞子は土とともに分散されるが、ミミズなどの動物が関わることもあると考えられている[9]。また、Rhizophagus irregularis(グロムス目)は特に農地土壌に多いことが知られている種であるが、農業に伴って世界中に分布を広げたとも考えられている[9]。胞子果を形成するものは、齧歯類によって被食されて胞子が散布される可能性が示唆されている[9][13]。
厚壁胞子の発芽様式は多様であり、菌糸についていた部分から発芽するものや、新たに形成された発芽管 (germ tube) から発芽するものがある[10]。根が分泌する植物ホルモンであるストリゴラクトンによって胞子発芽や菌糸の分枝が促進され、根に接した菌糸は付着器 (菌足 appressorium, hyphopodium) を形成して内部に侵入する[9][28][29]。菌糸は根の表皮を通過し、主に細胞間隙に伸びてあちこちの細胞に分枝した菌糸を侵入させて樹枝状体を形成するもの(アラム型; 下図8左)や、侵入した細胞内でコイルや樹枝状体(樹枝状体コイル)を形成しつつ、細胞から細胞へと侵入するもの(パリス型; 下図8右)がある[28][9][10]。
グロムス類では、有性生殖の確実な例は見つかっていない[12][9][10][12]。ただし、ゲノムには減数分裂に関わる遺伝子が揃っていることが報告されており、何らかの形で有性生殖を行うと考えられている[30]。
生態
[編集]グロムス類は活物栄養性(生きた生物から栄養を得る)であり、絶対共生性(共生しなければ生きられない)である[9][10]。ゲノム研究からは、グロムス類が脂肪酸合成系の遺伝子を欠いていることが示されており、グロムス類は共生者から脂肪酸を得る必要がある[30][31]。
グロムス類は地中生であり、ほとんどの種は、維管束植物の根と共生してアーバスキュラー菌根を形成する[7][5][14][10]。アーバスキュラー菌根は、複数の型が知られる菌根の中で最も普遍的な型であり、維管束植物の約80%の種がアーバスキュラー菌根をもつとされる[9][32](下図9a, b)。また、シダ植物の配偶体(前葉体)やコケ植物は根をもたないが、しばしばグロムス類が共生してアーバスキュラー菌根と同様な構造を形成する[9][33][34]。唯一、ゲオシフォン (Geosiphon pyriformis) では菌根形成が知られておらず、シアノバクテリア(藍藻)のネンジュモ属を細胞内共生させている[19]。
アーバスキュラー菌根を形成するグロムス類は、厚壁胞子から発芽した菌糸、または他の菌根からの菌糸や菌糸断片、菌根断片から、新たな根に感染する[9][10]。環境DNAの研究から、植物と共生せずに生存できるグロムス類が存在する可能性が示唆されたことがあるが[35]、2023年現在、そのような例は見つかっていない。
グロムス類の宿主特異性は低く、特定のグロムス類はさまざまな陸上植物を宿主とし、また特定の植物はさまざまなグロムス類を菌根菌とすることが知られている[9]。ただし、種によってはある程度の宿主の好みがあることも報告されている[9]。
アーバスキュラー菌根共生において、グロムス類は植物から有機物(糖や脂質)を得る代わりに、植物に無機栄養分(特にリン)や水を与え、環境ストレスや病原菌に対する植物の耐性を向上させる[9][7][5][14][16][17]。グロムス類の菌糸は土壌中で異なる植物どうしをつなぎ、菌根菌ネットワークを形成し、無機養分や有機物が転送されている[9][11][15]。また、グロムス類が共生する陸上植物の一部は光合成能を欠き、グロムス類による菌根菌ネットワークを介して他の植物から有機物を得ている(菌従属栄養植物)[36](下図9c)。
維管束植物の中でマツ科やブナ科、カバノキ科、ツツジ科、ラン科などは別のタイプの菌根をもつが、アーバスキュラー菌根を同時にもつ例もある[9][23][37]。一方、ヒユ科、ナデシコ科、アブラナ科などでは、いかなる菌根ももたない種が多い[37](上図9d)。水中や湿地、塩性湿地に生育する植物や着生植物も菌根をもたないことが多いが[32]、グロムス類との共生によるアーバスキュラー菌根をもつ例もある[37]。
アーバスキュラー菌根共生に関わる遺伝子は、コケ植物から被子植物まで共通していることから、現生の陸上植物の共通祖先が、アーバスキュラー菌根共生能をもっていたと考えられている[38][39]。デボン紀前期(約4億年前)の陸上植物の最初期の大型化石から、現生のグロムス類が形成する樹枝状体に似た構造が見つかっており、グロムス類と陸上植物の共生が古くから存在したことを支持している[40][41]。これらのことは、グロムス類との共生が植物の上陸・初期進化に深く関わっていたことを示唆している[42]。
人間との関わり
[編集]グロムス類が共生することで形成されるアーバスキュラー菌根は、植物の生育に大きな影響を与える。そのため、農作物の栽培においても重要であることが認識されている[9]。植物の生育促進や病害防除のためにグロムス類の利用が研究されており、一部は実用化されている[28][43][44][45]。
上記のように、グロムス類は応用学的な面からも研究材料とされている。特にグロムス類の中では、Rhizophagus irregularis はモデル生物として広く利用されている[9]。グロムス類は絶対共生性であるため、培養する際には宿主植物との二員培養(dual culture)が必要であるが[7]、2019年に特定の脂肪酸(パルミトレイン酸)を加えることで Rhizophagus irregularis の純粋培養が可能であることが報告されている[46]。
系統と分類
[編集]グロムス類は1840年代に初めて報告されたが、初期のころに報告されたグロムス類は全て大型の胞子果を形成する種であった[9][23][47][48]。胞子果の形態などから、これらの菌類は接合菌のアツギケカビ科に分類されていた[12][9][49][13]。また同じ頃、菌根における菌類共生も報告され、20世紀に入るとアーバスキュラー菌根(内生菌根、VAM菌根)が認識されるようになったが、このような菌類と胞子果・胞子は結びつけて考えられてはいなかった[9]。1923年に菌根と胞子果の関連が報告され、1950年代なってこのような関係が確かめられるようになった[9]。
Gerdemann & Trappe (1974) は、その時点までに報告されていたグロムス類を整理し、4属(Glomus, Sclerocystis, Acaulospora, Gigaspora)に分類した[9][50]。この頃までに記載されていたグロムス類の多くは胞子果を形成するものであったが、やがて(篩などを使って)土壌からグロムス類の胞子を分離する方法が一般的となり、また胞子壁の構造に基づいて多くの種が記載されるようになった[9]。
その後、Morton & Benny (1990) は、接合胞子を形成しない点やアーバスキュラー菌根を形成する点をもとにグロムス類を他のアツギケカビ目菌類と分け、新目であるグロムス目(当初は Glomales と表記されたが、正字法に基づいて Glomerales に修正された[注 1])に分類することを提唱し、またグロムス目をグロムス科、アカウロスポラ科、ギガスポラ科に分けた[9][51][52]。
1990年代から分子系統学的研究が広く行われるようになり、グロムス類の分類も主に分子形質に基づき、他に胞子形成様式や微細構造などをもとに大きく再編成されていった[9][53][54][55]。その過程でゲオシフォンがグロムス類に含まれることも明らかとなった[9][56]。
さらに21世紀に入ると、グロムス類は他の接合菌とは比較的縁遠いことが示唆され、グロムス門(グロムス菌門、Glomeromycota)として独立させることが提唱され、広く受け入れられていった[2][57]。このような研究では、グロムス類が二核菌類(子嚢菌と担子菌)の姉妹群であることが示唆されることが多かった。しかし、2010年代のより多くの分子データに基づく分子系統学的研究からは、グロムス類がケカビ目やアツギケカビ目、クサレケカビ目とともに単系統群を形成することが示唆されるようになった[58]。そのため、グロムス類をケカビ門グロムス亜門に分類することも提唱されている[58]。
2021年現在、グロムス門には50属340種ほどが記載されている[59]。厚壁胞子の特徴やその形成様式、嚢状体の有無、および分子形質に基づいて分類されている[12][24]。ただし、グロムス類は種内で極めて大きな遺伝的多様性を示すことが知られており、種の境界を定めることを難しくしている[23]。図10および表1では、3綱、6目、17科ほどに分類する例を示しているが、その分類体系は必ずしも安定しておらず、研究者によって異なる。表1ではグロムス類を3綱に分けているが、全てグロムス綱にまとめている体系や、ギガスポラ目をジベルシスポラ目に含めている体系などがある[10][60]。
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10. グロムス門の系統仮説の一例[61][62][63] |
表1. グロムス類の属までの分類体系の一例[6][1][24][61][59]
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脚注
[編集]注釈
[編集]出典
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外部リンク
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