クラーク像
クラーク像(クラークぞう)は、ウィリアム・スミス・クラークの像である。北海道大学構内の「ウィリアム.S.クラーク胸像」、さっぽろ羊ヶ丘展望台の「丘の上のクラーク」の2つが著名。本記事では、それ以外の像についても記述する。
現存像
[編集]ウィリアム.S.クラーク胸像
[編集]正式名称は「ウィリアム.S.クラーク胸像[1]」、「W.S.クラーク胸像[2]」とも略される。北海道大学構内、中央ローン北西角(古河記念講堂前)に設置されている[3][4]。
初代の像は田嶼碩朗の制作で1926年(大正15年)5月14日に建立されたが[5]、太平洋戦争中の1943年(昭和18年)6月に[6]、金属類回収令によって供出された[6]。
現存するのは二代目の像である。田嶼が1946年(昭和21年)に死去した後、田嶼が制作した石膏原型(2016年現在、札幌独立キリスト教会に保存されている)を使用し[7][8][9]、加藤顕清の監修で再鋳造して[8][9]、1948年(昭和23年)10月に建立したもの[5]。
二代目像は、背面に田嶼の名が刻されている[10][注釈 1]にもかかわらず、加藤が「制作」した像であると長年にわたって誤伝されてきた[11][注釈 2]。
札幌芸術の森美術館・副館長の吉崎元章は、現存する石膏原型を田嶼が作る過程で撮影された「粘土状態のクラーク像」の写真を検討し、現存する二代目像と形状が同じであることから、二代目像の制作者は田嶼のみをクレジットするのが妥当であると述べている[12][9]。
丘の上のクラーク
[編集]正式名称は「丘の上のクラーク」[13]。北海道札幌市豊平区羊ヶ丘のさっぽろ羊ヶ丘展望台(1959年[14])に所在。
設置以前は単にクラーク像と言えば大正時代から存在する上述の胸像が有名であり観光客も多く訪れていたが、大学構内にある胸像であり学生の学業に支障を来たしたことから大学側が北海道大学構内への観光目的での車両の入構を禁止したことを契機とし、またクラーク来道(北海道大学創基)100周年、アメリカ合衆国建国200周年に合わせて1976年に坂坦道が作成した[13][15]。右手を挙げるポーズは「遙か彼方にある永遠の真理」を指しており、「(そこに向かい)大志を抱け (Boys, Be Ambitious)」の思いが込められている[15]。
設置後初となる修復と再塗装が行われ、2023年(令和5年)4月16日に除幕式が行われる[16]。
その他のクラーク像
[編集]- 北海道大学構内
- 大学本部の大会議室に設置される胸像[17]。石膏製。
- クラーク会館2階のロビーに設置される胸像[17]。
- 保健管理センターに設置される胸像[17]。
- 附属図書館北方資料室で保管される胸像[17]。
- 北海道大学植物園内の宮部金吾記念館にある胸像[18]。
- その他
- 札幌独立キリスト教会に2013年に設置された胸像。ブロンズ像。北大構内の「ウィリアム.S.クラーク胸像」の石膏原型(田嶼碩朗が制作。2016年現在も同教会に保存されている)を用いて鋳造したもの。[9]
- 北海道大学がマサチューセッツ大学に寄贈した胸像。
- 横顔が彫られたレリーフが取り付けられている、高さ6メートルの北海道北広島市にある旧島松駅逓所のクラーク記念碑[19][20]。1950年(昭和25年)建立[19]。
- 札幌市時計台2階に設置されている像。2017年建立[21]。
脚注
[編集]注釈
[編集]- ^ "I IX II V BY SEKIRO TAJIMA" という文字が彫られている。"I IX II V" はローマ数字で制作年の「1925」を表したものと考えられるが、ローマ数字ではそのような位取り記数法を用いず、正しくは MCMXXV とすべきところである。
- ^ 『札幌の碑』93頁、『新札幌市史 第8巻2』323頁などに「加藤顕清(の)制作」と記されている。
出典
[編集]- ^ “11.ウィリアム・S・クラーク像”. 札幌市北区役所 (2016年3月31日). 2016年10月14日閲覧。
- ^ “W.S.クラーク胸像”. 札幌芸術の森美術館. 2016年10月14日閲覧。
- ^ “Q.クラーク博士について”. 北海道大学. 2016年10月14日閲覧。
- ^ “改訂版 北大エコキャンパス読本 -植物編 付・鳥類リスト-” (PDF). 北海道大学総合博物館. p. 2 (2005年). 2016年10月14日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年10月14日閲覧。
- ^ a b “ボランティア・ニュース No.20 2011.3” (PDF). 北海道大学総合博物館. p. 2 (2011年3月). 2016年10月13日閲覧。
- ^ a b “W. S. クラーク博士関係文献目録 北大時報 No.383 昭和61(1986)2月”. 北海道大学附属図書館 (1986年2月). 2016年10月13日閲覧。
- ^ 『札幌の彫刻』279頁
- ^ a b 『彫刻家 田嶼碩朗』291-292頁
- ^ a b c d “北大クラーク像は亡父の作品 末娘が真相究明し著書に 帯広”. 十勝毎日新聞. (2016年3月9日). オリジナルの2016年10月13日時点におけるアーカイブ。
- ^ 『彫刻家 田嶼碩朗』55頁
- ^ “『彫刻家 田嶼碩朗』 /北海道”. 毎日新聞地方版. (2016年1月23日)
- ^ 『彫刻家 田嶼碩朗』304-306頁
- ^ a b “丘の上のクラーク”. 札幌芸術の森美術館. 2016年10月14日閲覧。
- ^ “HOTEL GUIDE 観光案内”. 京王プラザホテル札幌. 2018年11月23日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年10月14日閲覧。中段「さっぽろ羊が丘展望台」の項。
- ^ a b “クラーク博士像”. さっぽろ羊ヶ丘展望台. 2017年5月8日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年10月14日閲覧。
- ^ “Jクラーク像 初のお色直し 札幌・羊ケ丘展望台 名言記念日の16日除幕”. 北海道新聞. 2023年4月14日閲覧。
- ^ a b c d “”クラーク像”が何体も!実は聖地?「北海道大学」を巡って大志を抱け!”. トラベルjp (2016年10月13日). 2016年10月14日閲覧。[信頼性要検証]
- ^ “宮部金吾記念館”. 北海道大学. 2016年10月14日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年10月14日閲覧。
- ^ a b “島松駅”. 朝日新聞デジタル. 朝日新聞 (2013年12月3日). 2016年10月14日時点のオリジナルよりアーカイブ。 Template:Cite webの呼び出しエラー:引数 accessdate は必須です。
- ^ “クラーク博士記念碑”. 北広島市役所. 2016年10月14日閲覧。[リンク切れ]
- ^ “札幌市時計台:クラーク像設置 新たな呼び物に /北海道”. 毎日新聞 (2017年10月17日). 2022年4月12日閲覧。
参考文献
[編集]- 札幌市教育委員会 編『札幌の彫刻』さっぽろ文庫21、札幌市、1982年6月。
- 札幌市教育委員会 編『札幌の碑』さっぽろ文庫45、札幌市、1988年6月。
- 青木由直『札幌の秘境』北海道新聞社出版局、2009年6月、54頁。ISBN 978-4894535077。
- 山崎貞子『彫刻家 田嶼碩朗』共同文化社、2016年1月、ISBN 978-4877392772。