カーナーヴォン
カーナーヴォン
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カーナーヴォン城からのカーナーヴォン | |
グウィネズにおけるカーナーヴォンの位置 | |
人口 | 9,611人 |
英式座標 | SH485625 |
- ロンドン | 247.1mi |
コミュニティ |
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プリンシパル・エリア | |
セレモニアル・カウンティ | |
構成国 | ウェールズ |
国 | イギリス |
郵便地域 | CAERNARFON |
郵便番号 | LL55 |
市外局番 | 01286 |
警察 | ノース・ウェールズ |
消防 | ノース・ウェールズ |
救急医療 | ウェルシュ |
欧州議会 | ウェールズ |
英国議会 | |
ウェールズ議会 | |
カーナーヴォン (Caernarfon、ウェールズ語発音表記:[kaɨrˈnarvɔn], 英語: [kərˈnɑrvən])は、ウェールズの町。グウィネズ州、メナイ海峡の東岸にあり、対岸はアングルシー島である。
歴史
[編集]カーナーヴォンとはローマ時代の砦に由来する名称である。ウェールズ語ではこの土地をy gaer yn Arfon(モン島と向かい合う土地にある砦)と呼んでいた。モン島(Môn)とはウェールズ語でアングルシー島を意味する[1]。
1221年、ルーウェリン・ザ・グレート(en)はアングルシー島のペンモン修道院の聖職者たちに憲章を授け、地名をKaerinarfon [2]と称した。ウェールズの年代記である『諸侯たちの年代記』(en)においては、KaerenarvonとCaerenarvonのつづりが用いられた[2]。古くには替わりの名称としてCaer Seiontがあった。中世のウェールズ語の昔話Breuddwyd MacsenではそれはCaer Aber Sei(o)n(t)と呼ばれた。Seiontとはメナイ海峡に注ぐ川の名で、『Seiont川の河口にある砦』 を意味する。また、Caer Gystennin(コンスタンティンの城)の名もあった[3]。
カーナーヴォンはかつてあったカーナーヴォンシャーの歴史的なカウンティに属するカウンティ・タウンであった。まちは大規模な石造りのカーナーヴォン城でよく知られていた。城はエドワード1世によって建設されたため、その結果時にはイングランド支配の象徴とみなされていた。
1284年、エドワード1世の憲章によってカーナーヴォンはバラ(自治都市)となった。幾度か追認された憲章により、城の最高責任者(Constable of the Castle)がバラの首長に任命された。かつての自治都市としてのバラは、1963年にロイヤル・バラ(王立都市)となった。このバラは1974年に1972年地方自治法によって廃止され、ロイヤル・タウン(royal town)の名が自治体に授けられた[4]。
政治
[編集]グウィネズ州議会がカーナーヴォンに置かれている。地方裁判所はカーナーヴォンと北西ウェールズの他の場所を管轄する。
統計
[編集]2001年のイギリス国勢調査において、人口の86.1%がウェールズ語を話した。ウェールズ語話者の最大のグループは10歳から14歳の年齢層で、そのうち97.7%が流暢に話すことができた。
脚注
[編集]- ^ Taylor, Arnold (1997) [1953]. Caernarfon Castle and Town Walls (4th ed.). Cardiff: Cadw – Welsh Historic Monuments. ISBN 1-85760-042-8, P.4
- ^ Thomas Jones (ed.) Brut y Tywysogion[:] Peniarth MS. 20 (Cardiff, 1941). It should however be noted that medieval orthography in every language varies considerably and variant spellings of a name or word often occur in the same manuscript text. Kaerinarfon, Kaerenarvon and Caerenarvon correspond to Caer-yn-Arfon in modern Welsh orthography. The letter "y" would naturally be lost in the spoken language, thus giving the standard Welsh name Caernarfon ("Caer 'n Arfon").
- ^ See Sir en:Ifor Williams' notes in his edition of Breuddwyd Maxen (Bangor, 1920). The name appears for the first time in the work of en:Nennius. Pre-conquest medieval Welsh poets such as en:Hywel ab Owain Gwynedd sometimes use the name Caer Gystennin.
- ^ [1] The Town's Armorial Bearings & Royal Status (Caernarfon Online)