イヌヤチスギラン
イヌヤチスギラン | |||||||||||||||||||||||||||
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分類 | |||||||||||||||||||||||||||
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学名 | |||||||||||||||||||||||||||
Pseudolycopodiella caroliniana (L.) Holub (1983) または Pseudolycopodiella subinundata (Tagawa) Li Bing Zhang, Xia Wan, Ralf Knapp & H.He (2023) | |||||||||||||||||||||||||||
シノニム | |||||||||||||||||||||||||||
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和名 | |||||||||||||||||||||||||||
イヌヤチスギラン |
イヌヤチスギラン(犬谷地杉蘭[1]、Pseudolycopodiella caroliniana)は、ヒカゲノカズラ科に属する小葉植物の一種。ヤチスギランに似るが、葉の形態などから区別される[2]。
ヤチスギランに似た外見をしているため、この名が付けられた[1]。
形態
[編集]胞子体
[編集]匍匐茎は湿地を這い、径 8–12 mm(ミリメートル)[3]。長さは 10 cm(センチメートル)前後[4]。匍匐茎はところどころで二又分枝する[3][5]。疎らに根を内生発生し[3][6]、葉をやや密に付ける[3]。
匍匐茎に付く葉(小葉)はやや二形を示す[2][3][4][7]。背側の葉が線形から線状披針形であるのに対し、腹側の葉はそれより大きく披針形から狭楕円形である[3][7]。葉は鋭尖頭で、全縁[3][4][5]。長さは3–7 mm、幅は1.3–2.1 mm[3]。線形の方の葉は長さ 4 mm、幅 0.5 mm [4]。中肋は不明瞭[3]。胞子葉と栄養葉も形態が異なり[8][9]、胞子葉が広卵形であるのに対し、栄養葉は針形・線形から披針形[8]。
直立茎の葉は斜上し、線状披針形で全縁[3]。長さは 3–5 mm、幅は 0.5–0.7 mm[3]。
直立茎は匍匐茎から分かれ出て、先端に胞子嚢穂を単生する[3][4][5]。直立茎は分枝せず[5]、高さ 5–30 cm[3]。梗は長さ 4–6 cm[7]。葉を含む径は 1.5–3 mm[3]。胞子嚢穂の長さは 1–9(–12) cm、径は 2.5–5 mm[3]。フロリダ産の標本では直立茎の長さが 40 cm 前後に達するものもある[4]。胞子嚢穂の柄に葉が密生するヤチスギランとは異なり、柄には葉が疎らに付く[8]。
胞子葉は広卵形(卵形[4])で鋭尖頭[3]。長さ 4 mm 前後、先端部は芒状、基部は楔形[4]。胞子葉は斜上して先端が開出する[3]。辺縁は膜質で、不規則な鋸歯縁を持つ[3][4][7]。胞子が成熟すると開く[7]。イヌヤチスギランは胞子嚢穂を10月ごろに付け、ヤチスギランが7–8月に胞子嚢穂を付けるのに比べると遅い。
倍数性と染色体
[編集]日本の個体群の倍数性は2倍体で、海外では3倍体や4倍体の報告もある[1]。染色体数は n=68で、海外では 2n=78の報告がある[3][2]。報告されている限り、個体によりかなり変異があるらしいとされる[10]。
配偶体と発生
[編集]ヤチスギランに近縁な群(Lycopodielloideae)では、背腹性を持ち、緑色の地上生配偶体を形成する[1][11][12]。本種の配偶体もこの緑色で地表性タイプのものである[13]。
こういった種の多くは、胚には足とともに原茎体(プロトコルム)と呼ばれる球状の組織が形成される[12]。しかし、イヌヤチスギランでは足はできるが、原茎体を欠く[12]。出現する胞子体には1枚の原葉と、葉を具えたシュート頂が形成される[12]。
生態
[編集]常緑性とされるが[3]、日本のものは夏緑性[5]。生育期の終わりには匍匐茎先端の肥大した部分のみが生き残り、越冬する[10][5]。山地のやや日当たりの良い湿地に生育する[4][2]。
地面に張り付くように匍匐してシュートを伸ばすため、周囲の植物による日陰に敏感で、藻類マットやコケ植物との競争が深刻となる[14]。
分類
[編集]イヌヤチスギランの属するヒカゲノカズラ科はかつて、フィログロッスム属以外をすべてヒカゲノカズラ属にまとめる分類が行われてきた[15][16]。そのため、イヌヤチスギランも Lycopodium carolinianum L. とされた[3][1]。
しかし、この方法では非常に多様なボディプランの種を一つの属に含んでしまい[15][6]、分子系統解析においても旧ヒカゲノカズラ属は側系統群となっていた[17][18]。広義のヒカゲノカズラ属に分類されていたときからヤチスギランやミズスギと近縁であることが示唆されており、ミズスギ亜属 subg. Lycopodiella とされることもあった[10]。一方 Baker (1887) のように、葉の二形性により subg. Diphasium とする考えもあった[13]。
現在では旧来のヒカゲノカズラ属は細分化され、PPG I 分類体系 (2016) などでは、イヌヤチスギランは約10種を含むイヌヤチスギラン属[1] Pseudolycopodiella に置かれる[19][20]。イヌヤチスギラン属は本種イヌヤチスギランをタイプとし、Holub (1983) によって発表された[20]。秦仁昌の分類体系 (1981) では日本のヒカゲノカズラ科に2科7属を認め、イヌヤチスギランはヤチスギラン属とされた[15]。日本では長らく統一的な分類体系は提唱されず、図鑑でも旧来の分類体系が用いられることが多かった[15][1]。PPG I (2016) では、ヒカゲノカズラ科に3亜科16属を認め[19]、イヌヤチスギランはイヌヤチスギラン属 Pseudolycopodiella とされる[19][20]。
なお、ヤチスギラン属をPPG I分類体系における Lycopodielloideae 亜科の範囲とし、イヌヤチスギランはヤチスギランやミズスギなどとともにヤチスギラン属に分類されることもある[1]。ヤチスギラン属に置かれる場合、学名は Lycopodiella caroliniana (L.) Pic.Serm., 1968 とされる[1]。
系統関係
[編集]Chen et al. (2021) による分子系統解析に基づくヒカゲノカズラ科現生属の内部系統関係を示す[18]。分子系統解析によりPPG I (2016) で認められた3亜科の単系統性は強く支持される[21]。イヌヤチスギラン属は Lycopodielloideae のうち、ヤチスギラン属と姉妹群をなす[20][注釈 1]。Field et al. (2015) の分子系統解析では、イヌヤチスギランはミズスギ属 Palhinhaea および Lateristachys からなるクレードと姉妹群をなし、ヤチスギラン属はその外群となっていた[17]。
ヒカゲノカズラ科 |
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Lycopodiaceae |
分布と分類
[編集]汎世界的に生息するとされるが[1]、各地に隔離分布する[3][7]。熱帯および亜熱帯が中心であるが[20]、温帯にも分布する[13]。分布域はアジア(日本・中国・インド・スリランカ・インドネシア・ニューギニア島)・マダガスカル・アフリカ・アメリカ(北米・中米・南米)[1][7][22]。寒い地域には分布しない[3][7]。
日本国内では滋賀県の1地点の湿地にのみ分布する[1][3][23][7][2]。
近年では分布域ごとに細分化されることもある[24]。その場合、狭義の Pseudolycopodiella caroliniana はアメリカ合衆国およびキューバのみに分布するとされ、日本のものはアジアに分布する個体群とともに田川基二の記載した Pseudolycopodiella subinundata とされる[25]。Pseudolycopodiella caroliniana の基準産地はアメリカ合衆国のカロライナ州である[1][2]。
イヌヤチスギラン属 Pseudolycopodiella Holub (1983) には以下の種を含む[24]。
- Pseudolycopodiella affinis (Bory) Holub (1985) - アフリカ大陸[注釈 2]、マダガスカル、モーリシャス[26]
- Pseudolycopodiella brevipedunculata (Herter) Holub (1991) - ニューギニア島[27]
- Pseudolycopodiella carnosa (Silveira) Holub (1985) - 南アメリカ(ブラジル、ボリビア、パラグアイ)[28]
- Pseudolycopodiella caroliniana (L.) Holub (1983) - アメリカ合衆国、キューバ[24]
- Pseudolycopodiella contexta (Mart.) Holub (1991) - 南アメリカ[注釈 3][29]
- Pseudolycopodiella floridana K.Cook & Hickey; ined. - アメリカ合衆国、中央アメリカ[注釈 4]、西インド諸島[注釈 5][30]
- Pseudolycopodiella iuliformis (Underw. & F.E.Lloyd) Holub (1983) - 南アメリカ[注釈 6][31]
- Pseudolycopodiella krameriana (B.Øllg.) B.Øllg. (2012) - スリナム[32]
- Pseudolycopodiella limosa (Chinnock) A.R.Field (2020) - オーストラリア[33]
- Pseudolycopodiella meridionalis (Underw. & F.E.Lloyd) Holub (1983) - 中央アメリカ[注釈 7]、西インド諸島[注釈 8]、南アメリカ[注釈 9][34]
- Pseudolycopodiella paradoxa (Mart.) Holub (1983) - エルサルバドル、コロンビア、ベネズエラ、ボリビア、ブラジル、パラグアイ[35]
- Pseudolycopodiella sarcocaulos (A.Braun & Welw. ex Kuhn) Holub (1983) - アフリカ大陸[注釈 10][36]
- Pseudolycopodiella squamata B.Øllg. & P.G.Windisch (2016) - ブラジル[37]
- Pseudolycopodiella subinundata (Tagawa) Li Bing Zhang, Xia Wan, Ralf Knapp & H.He (2023) - 日本、中国、スリランカ、マレー半島、ニューギニア島[25]
- Pseudolycopodiella tatei (A.C.Sm.) Holub (1991) - 南アメリカ[注釈 11][38]
- Pseudolycopodiella tuberosa (A.Braun & Welw. ex Kuhn) Holub (1983) - アフリカ大陸[注釈 12]、マダガスカル、モーリシャス、レユニオン島[39]
保護の状況
[編集]日本国内では滋賀県のただ1箇所の湿地にしか自生しておらず、かつその湿地も乾燥化が進んでいる[3]。環境省レッドリストでは絶滅危惧IA類(CR)に指定されている[40]。
脚注
[編集]注釈
[編集]- ^ なお Chen et al. (2021) では、旧来 Lycopodiella serpentina とされた種が他の属と独立したクレードを形成してミズスギ属の姉妹群となることが分かり、新属 Brownseya が設立された[20]。
- ^ シエラレオネ、リベリア、コートジボワール、トーゴ、ブルキナファソ、ナイジェリア、カメルーン、赤道ギニア、ガボン、ザイール、ルワンダ、コンゴ共和国、スーダン、ウガンダ、ブルンジ、タンザニア、アンゴラ、ザンビア、マラウイ、モザンビーク、ジンバブエ
- ^ コロンビア、ベネズエラ、ペルー、ブラジル、ガイアナ
- ^ メキシコ、ベリーズ、ホンジュラス、ニカラグア
- ^ キューバ、ジャマイカ、ドミニカ共和国、プエルトリコ
- ^ ブラジル、ベネズエラ、ガイアナ、スリナム、ペルー、エクアドル
- ^ ベリーズ、グアテマラ、ホンジュラス、エルサルバドル、ニカラグア、パナマ
- ^ プエルトリコ、ジャマイカ、キューバ、イスパニョーラ島、グアドループ、ドミニカ国、トリニダード島
- ^ コロンビア、ベネズエラ、エクアドル、ペルー、ガイアナ、スリナム、仏領ギアナ、ボリビア、ブラジル、パラグアイ、ウルグアイ、アルゼンチン
- ^ アンゴラ、タンザニア、ザンビア、マラウイ、モザンビーク、ジンバブエ、南アフリカ、エスワティニ、レソト
- ^ ベネズエラ、ガイアナ、スリナム、ボリビア、ブラジル
- ^ ギニア、シエラレオネ、リベリア、コートジボワール、ベナン、マリ共和国、ナイジェリア、ザイール、ウガンダ、ブルンジ、タンザニア、アンゴラ、ザンビア、マラウイ、モザンビーク、ジンバブエ、南アフリカ、レソト、?エスワティニ
出典
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- ^ a b c d e f 中池 1992, p. 13.
- ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y 岩槻 1992, p. 48.
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- ^ a b c d e f 海老原 2016, p. 267.
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- ^ a b Field et al. 2015, p. 638.
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- ^ a b c d e f Chen et al. 2021, p. 40.
- ^ Chen et al. 2021, p. 30.
- ^ 中池 1990, p. 10.
- ^ 中池 1990, p. 11.
- ^ a b c Hassler 2024, Pseudolycopodiella caroliniana.
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- ^ Hassler 2024, Pseudolycopodiella affinis.
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- ^ Hassler 2024, Pseudolycopodiella contexta.
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- ^ 【植物Ⅰ(維管束植物)】環境省第4次レッドリスト(2012)<分類順> (PDF) (Report). 環境省. 2012. 2025年1月3日閲覧。
参考文献
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- Chen, De-Kui; Zhou, Xin-Mao; Rothfels, Carl J.; Shepherd, Lara D.; Knapp, Ralf; Zhang, Liang; Lu, Ngan Thi; Fan, Xue-Ping et al. (2021). “A global phylogeny of Lycopodiaceae (Lycopodiales; lycophytes) with the description of a new genus, Brownseya, from Oceania”. TAXON 71 (1): 25–51. doi:10.1002/tax.12597.
- Field, Ashley R.; Testo, Weston; Bostock, Peter D.; Holtum, Joseph A.M.; Waycott, Michelle (2015). “Molecular phylogenetics and the morphology of the Lycopodiaceae subfamily Huperzioideae supports three genera: Huperzia, Phlegmariurus and Phylloglossum”. Molecular Phylogenetics and Evolution 94 (B): 635-657. doi:10.1016/j.ympev.2015.09.024.
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- 田川基二『原色日本羊歯植物図鑑』保育社〈保育社の原色図鑑〉、1959年10月1日。ISBN 4586300248。
- 中池敏之 著「イヌヤチスギラン [ヒカゲノカズラ科]」、倉田悟、中池敏之 編『日本のシダ植物図鑑 分布・生態・分類 第6巻』日本シダの会 企画、東京大学出版会、1990年2月20日、8–11頁。ISBN 4-13-061066-X。
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ウェブサイト
[編集]- Hassler, Michael (1994–2025). “World Ferns. Synonymic Checklist and Distribution of Ferns and Lycophytes of the World. Version 25.01; last update January 2nd, 2025”. Worldplants. 2025年1月3日閲覧。