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フィログロッスム属

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
フィログロッスム属
フィログロッスム
フィログロッスム
分類PPG I 2016)
: 植物界 Plantae
: 維管束植物門 Tracheophyta
亜門 : 小葉植物亜門 Lycophytina
: ヒカゲノカズラ綱 Lycopodiopsida
: ヒカゲノカズラ目 Lycopodiales
: ヒカゲノカズラ科 Lycopodiaceae
亜科 : コスギラン亜科 Huperzioideae
: フィログロッスム属 Phylloglossum
学名
Phylloglossum Kunze (1843)
タイプ種
Phylloglossum drummondii Kunze (1843)
シノニム
  • フィログロッスム・ドルムモンディイ Phylloglossum drummondii Kunze (1843)

フィログロッスム属[1][2] Phylloglossum は、極めて退化した特殊な形態を持つ、ヒカゲノカズラ科小葉植物の一である[3][4]。分布はオーストラリア周辺(タスマニア島ニュージーランドを含む[4])に限られる[3][5][6][7]フィログロッスム・ドルムモンディイ[4] Phylloglossum drummondii ただ一種からなる[8][9][10][11]

名称

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フィログロッサム属[12]フィログロッサム[6])やフィログロッソム属[5]とも表記される。

属名の Phylloglossumギリシア語で葉を意味する φύλλον (phúllon) とを意味する γλῶσσᾰ (glôssă) の合成語であり、葉の形に由来する[10]種形容語drummondii はオーストラリアで植物を採集したイギリスの植物学者ジェームズ・ドラモンド (James Drummond; 1784–1863) への献名である[10]

形態

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フィログロッスム属は特異な形態で、多くの固有派生形質を持っている[13]。これらは化石においても現生においても、他の小葉類には見られない特徴であり、形態学的な解釈を難しくしていた[14]

地上生で[8][10]、高さは 15–50 mmミリメートル[4][15]。地上部は葉と胞子嚢穂を1個形成する枝のみからなる[4]。主軸は普通分枝しない[16][13]。シュートと根が分枝するのは極めて稀で、もし分枝した場合、同等二又分枝である[13]

栄養器官

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茎の長さは 6–9 mm で、大部分は地下にある[15]。茎には非常に単純化した円柱状の原生中心柱を持つ[14]。他のヒカゲノカズラ科にみられるような横走する茎は持たない[10]

(小葉)は線形で[10][4]、多肉質[4][15]全縁で、長さ 7–20 mm、幅 0.5–1.0 mm[10]。1個の全植物体で植物体の基部にロゼット状に[10]、数枚の葉のみをつける[4][6]

小型で、地中に原茎体(プロトコム、プロトコルム、protocorm)とも考えられている塊茎tuber)状の構造を持つ[16][8][6][13][15]。これは栄養生殖器官で、適切な環境条件で通常の植物体へと成長する[3]。塊茎は3–4 mm の卵形で、色は白または淡いピンク色[15]

生殖器官

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葉のない柄を持つ明瞭な胞子嚢穂を形成する[14][10]。これは狭義のヒカゲノカズラ属 Lycopodium に見られるような、葉を付けた小梗を持つものとは相同でないと考えられる[14][10]。胞子嚢穂は単一で頂生する[10][15]。胞子嚢穂は長さ 3–9 mm、幅 2–5 mm[10]

胞子葉は長さ 1.2–3.0 mm、幅 0.7–1.5 mm[10]。卵状三角形で、先端は鋭形から鋭尖形[15]。基部は楯着する[10]胞子嚢は胞子葉の基部に付着し、1.0–1.5 × 1.0–1.5 mm の腎臓形[15]。胞子葉は初め圧着するが、成熟すると開出する[10]

胞子嚢穂をつけていない胞子体。数枚の小葉を付ける。
胞子嚢穂をつけたシュート。
胞子嚢穂を取り囲む胞子葉。
本種のスケッチ。地下に塊状の原茎体と、根毛を密生する根を持つ。

生態と生育環境

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群生するフィログロッスム

分布はオーストラリア西オーストラリア州南西部地域南オーストラリア州南部、ビクトリア州タスマニア州北東部および、ニュージーランド北島に限られる[17][11]ニュージーランド南島ではかつては生息したと考えられており、マールボロ地方バンクス半島で古い採集記録があるが、現在では絶滅したと考えられている[15]

冬から春にかけてだけ湿地となり、夏は乾燥する地域に自生する[6]。好条件になった時のみ地上に現れる[8]一年生植物である[14][15]山火事により裸地となった土地で最もよく見られ、低木林のパッチの間や粘土質の平坦地、酸性土壌のような開けた土地に生えているのが観察される[8][15]。超塩基性土壌や、強く風化したりポドゾル化した砂岩のような土壌でも見られる[15]

地中の塊茎(原茎体)で乾季を凌ぎ、乾季が終わると、茎頂分裂組織から数枚の線形の小葉を形成したあと、胞子嚢穂を伸長させる[6]

進化的解釈

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植物体全体がミズスギの若い胞子体に類似していることから、原茎体は他のヒカゲノカズラ科植物の若い胞子体の足の周辺組織に相同であると考えられている[6]。特殊な環境のみで胞子嚢穂を形成するように進化した幼形成熟だと推定されている[6][5]

また特異な形質は、一年生で季節性の温帯の湿地という生息環境に適応した結果だと解釈されている[14]

分類

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同形胞子性の小葉類から構成されるヒカゲノカズラ科はかつて、ほとんどの種をヒカゲノカズラ属にまとめ、ヒカゲノカズラ属とフィログロッスム属の2属のみを認める分類が行われてきた[1][3][18][7][19]。フィログロッスム属はその極端に特殊化した形態から、150年前から独立した属として認識されてきた[10]。しかし、この方法では非常に多様なボディプランの種をヒカゲノカズラ属一属に含んでしまい[18][1]、分子系統解析においても旧ヒカゲノカズラ属は側系統群となっていた[20][21]。そのためヒカゲノカズラ属を細分化する試みがなされてきた[18][1]

現在ではヒカゲノカズラ属が細分化され、ヒカゲノカズラ科に3亜科16–17属を認める分類体系が支持されている[22][21]

フィログロッスム属はヒカゲノカズラ科のうち、コスギラン亜科に含まれる[9][13][10]。コスギラン亜科はコスギラン属、ヨウラクヒバ属、そしてフィログロッスム属の3属からなり、単系統性が支持されている[9]Christenhusz et al. (2011) のようにコスギラン属をコスギラン亜科の範囲に拡張し、フィログロッスム属とヨウラクヒバ属をこれに含める考えもあるが[23]、その体系では特異な形質を持つフィログロッスム属をコスギラン属に含むことになり、分類形質の均一性が損なわれてしまう[7]。また、Øllgaard (1987) はフィログロッスム属を除くコスギラン亜科(ヨウラクヒバ属と狭義のコスギラン属)をコスギラン属として扱ったが、これではコスギラン属が側系統群となってしまう[13]。そのため、Field et al. (2015) によりコスギラン亜科に3属を認める分類体系が推奨され、現在ではこの3属を独立して扱うことが主流となっている[9][7][21]。なお、コスギラン亜科はコスギラン科 Huperziaceaeとして独立した科に置くこともある[18]

コスギラン亜科のうち、コスギラン属ヨウラクヒバ属は明瞭な有柄の胞子嚢穂を持たず、フィログロッスム属のみ無葉の小梗を持つ胞子嚢穂を形成する[13]。また、コスギラン属やヨウラクヒバ属で知られるような、皮層を貫通して内生発生する根は、一年生で短命なフィログロッスム属の茎では観察されていない[13]

系統関係

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Chen et al. (2021) による分子系統解析に基づくヒカゲノカズラ科現生属の内部系統関係を示す[21]。分子系統解析によりPPG I (2016) で認められた3亜科の単系統性は強く支持される[13][21]Field et al. (2015) の分子系統解析では、ヒモヅル属の分岐位置などは異なるが、コスギラン亜科の系統関係に関してはよく保存されている[13]。地上生のフィログロッスム属は、着生種からなる属であるヨウラクヒバ属と姉妹群をなす[13][21]

ヒカゲノカズラ科
コスギラン亜科

フィログロッスム属 Phylloglossum

ヨウラクヒバ属 Phlegmariurus

コスギラン属 Huperzia

Huperzioideae

イヌヤチスギラン属 Pseudolycopodiella

ヤチスギラン属 Lycopodiella

ミズスギ属 Palhinhaea

Brownseya

Lateristachys

Lycopodielloideae
ヒカゲノカズラ亜科

ヒモヅル属 Lycopodiastrum

Pseudolycopodium

Pseudodiphasium

Austrolycopodium

マンネンスギ属 Dendrolycopodium

Diphasium

アスヒカズラ属 Diphasiastrum

ヒカゲノカズラ属 Lycopodium

スギカズラ属 Spinulum

Lycopodioideae
Lycopodiaceae

注釈

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  1. ^ a b c d 高宮 1997, p. 89.
  2. ^ 岩槻 1975, p. 168.
  3. ^ a b c d ギフォード & フォスター 2002, p. 115.
  4. ^ a b c d e f g h 高宮 1997, p. 92.
  5. ^ a b c 伊藤 2012, p. 121.
  6. ^ a b c d e f g h 長谷部 2020, p. 134.
  7. ^ a b c d 海老原 2016, p. 260.
  8. ^ a b c d e 高宮 1997, p. 91.
  9. ^ a b c d PPG I 2016, p. 570.
  10. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q Brownsey & Perrie 2020, p. 38.
  11. ^ a b Hassler 2025, Phylloglossum drummondii.
  12. ^ 長谷部 2020, p. 口絵12.
  13. ^ a b c d e f g h i j k Field et al. 2015, p. 642.
  14. ^ a b c d e f Field et al. 2015, p. 644.
  15. ^ a b c d e f g h i j k l Phylloglossum drummondii”. New Zealand Plant Conservation Network. 2025-0-03閲覧。
  16. ^ a b ギフォード & フォスター 2002, p. 113.
  17. ^ Brownsey & Perrie 2020, p. 39.
  18. ^ a b c d 岩槻 1992, p. 42.
  19. ^ 伊藤 2012, p. 119.
  20. ^ Field et al. 2015, p. 638.
  21. ^ a b c d e f Chen et al. 2021, pp. 25–51.
  22. ^ PPG I 2016, p. 569.
  23. ^ Field et al. 2015, p. 637.

参考文献

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  • Brownsey, P.J.; Perrie, L.R. (2020). “Lycopodiaceae”. In Breitwieser, I.; Wilton, A.D.. Flora of New Zealand - Ferns and Lycophytes. Manaaki Whenua Press. doi:10.7931/kyrt-4p89 
  • Chen, De-Kui; Zhou, Xin-Mao; Rothfels, Carl J.; Shepherd, Lara D.; Knapp, Ralf; Zhang, Liang; Lu, Ngan Thi; Fan, Xue-Ping et al. (2021). “A global phylogeny of Lycopodiaceae (Lycopodiales; lycophytes) with the description of a new genus, Brownseya, from Oceania”. TAXON 71 (1): 25–51. doi:10.1002/tax.12597. 
  • Christenhusz, M.J.M.; Zhang, X.-C.; Schneider, H. (2011). “A linear sequence of extant families and genera of lycophytes and ferns”. Phytotaxa 19: 7–54. 
  • Field, Ashley R.; Testo, Weston; Bostock, Peter D.; Holtum, Joseph A.M.; Waycott, Michelle (2015). “Molecular phylogenetics and the morphology of the Lycopodiaceae subfamily Huperzioideae supports three genera: Huperzia, Phlegmariurus and Phylloglossum”. Molecular Phylogenetics and Evolution 94 (B): 635-657. doi:10.1016/j.ympev.2015.09.024. 
  • Hassler, Michael (1994–2025). “World Ferns. Synonymic Checklist and Distribution of Ferns and Lycophytes of the World. Version 25.01; last update January 2nd, 2025”. Worldplants. 2025年1月3日閲覧。
  • Øllgaard, B. (1987). “A revised classification of the Lycopodiaceae s.l.”. Oper. Bot. 92: 153–178. 
  • PPG I (The Pteridophyte Phylogeny Group) (2016). “A community-derived classification for extant lycophytes and ferns”. Journal of Systematics and Evolution (Institute of Botany, Chinese Academy of Sciences) 56 (6): 563–603. doi:10.1111/jse.12229. 
  • 伊藤元己『植物の系統と進化』裳華房〈新・生命科学シリーズ〉、2012年5月25日。ISBN 978-4785358525 
  • 岩槻邦男 著「シダ植物門」、山岸高旺 編『植物分類の基礎』(2版)図鑑の北隆館、1975年5月15日、157–193頁。 
  • 岩槻邦男『日本の野生植物 シダ』平凡社、1992年2月4日、311頁。ISBN 9784582535068 
  • 海老原淳『日本産シダ植物標準図鑑1』日本シダの会 企画・協力、学研プラス、2016年7月15日、344頁。ISBN 978-4-05-405356-4 
  • アーネスト M. ギフォードエイドリアンス S. フォスター『維管束植物の形態と進化 原著第3版』長谷部光泰鈴木武植田邦彦監訳、文一総合出版、2002年4月10日、113-181頁。ISBN 4-8299-2160-9 
  • 高宮正之「ヒカゲノカズラ科」『朝日百科 植物の世界[12] シダ植物・コケ植物・地衣類・藻類・植物の形態』岩槻邦男、大場秀章、清水建美、堀田満、ギリアン・プランス、ピーター・レーヴン 監修、朝日新聞社、1997年10月1日、89–92頁。 
  • 長谷部光泰『陸上植物の形態と進化』裳華房、2020年7月1日。ISBN 978-4785358716 

外部リンク

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