アンジェイ・ズラウスキー
アンジェイ・ズラウスキー Andrzej Żuławski | |||||
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生年月日 | 1940年11月22日 | ||||
没年月日 | 2016年2月17日(75歳没) | ||||
出生地 | ソ連占領下ポーランド、ルヴフ(現 ウクライナ、リヴィウ) | ||||
死没地 | ポーランド、ワルシャワ | ||||
国籍 | ポーランド | ||||
職業 | 映画監督 | ||||
ジャンル | 映画 | ||||
活動期間 | 1960年 - 2016年 | ||||
活動内容 |
1960年 アンジェイ・ワイダの助監督として映画界入り 1967年 テレビドラマで演出家デビュー 1971年 長編映画初監督 | ||||
配偶者 | マウゴジャータ・ブラウネック ※離婚 | ||||
著名な家族 |
ミロスワフ・ジュワフスキ(父) クサヴェリ・ジュワフスキ(息子) | ||||
公式サイト | http://www.andrzej-zulawski.com/ | ||||
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アンジェイ・ズラウスキー (Andrzej Żuławski [ˈandʐɛj ʐuˈwafskʲi], 1940年11月22日 - 2016年2月17日) は、ポーランドの映画監督。ポーランド語読みではアンジェイ・ジュワフスキ。
来歴
[編集]1940年、当時ソビエト連邦の占領下にあったポーランドのルヴフ (現在のウクライナ・リヴィウ) に、作家ミロスワフ・ジュワフスキの息子として生まれる。大叔父(父方の祖父の兄弟)には作家イェジイ・ジュワフスキがいる。
1957年から1959年までフランスに留学。パリの高等映画学院で学ぶ。1960年から1966年までアンジェイ・ワイダの助監督を務めた。その間、ワルシャワ大学哲学科とパリ政治学院で学ぶ。また、この時期から映画批評や詩作を発表。
1967年に短編テレビ映画『Pavoncello』で演出家としてデビュー。1971年に父ミロスワフとの共同脚本で長編映画処女作となる『夜の第三部分』を発表。ポーランド映画祭新人作品賞、アンジェイ・ムンク賞、コシャーリン映画祭グランプリを受賞する。しかし、翌1972年に監督した第2作『悪魔』がポーランド国内で上映禁止処分を受ける。そのため、次作『L'important c'est d'aimer』(1975年)をフランスで製作する。同作は主演のロミー・シュナイダーにセザール賞主演女優賞をもたらした。
その後、1981年の『ポゼッション』が第34回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門で上映され、主演のイザベル・アジャーニが女優賞を受賞。世界的に注目されるようになる。アジャーニは本作でセザール賞の主演女優賞も受賞している。
1985年の『狂気の愛』からは本作をきっかけにその後、長年に渡るパートナー関係となる女優ソフィー・マルソーを主演に迎えた作品を多く製作。
1988年には大叔父イェジーの代表作「月三部作」の第1部『銀球で』を原作にしたSF映画『シルバー・グローブ/銀の惑星』を発表。第41回カンヌ国際映画祭ある視点部門で上映される。本作は1977年に長編4作目として製作を開始していたものの、後にポーランド政府から製作中止命令を受けており、実に10年越しでの完成となった。
2000年に監督した『女写真家ソフィー』(DVD題/原題の「フィデリテ」で上映会もあり)を最後に作品の発表がなかったが、2014年、14年ぶりの監督作『Matière Noire (英題:Dark Matter)』を製作することが明らかとなった[1]。同作はヴィトルド・ゴンブローヴィッチの同名小説を原作とした『Cosmos』として2015年に完成[2]し、ロカルノ映画祭の正式出品作となり監督賞を受賞した。
2016年2月17日、癌のためワルシャワで死去[3]。満75歳没。
私生活
[編集]女優マウゴジャータ・ブラウネックと結婚、1971年に息子クサヴェリ・ジュワフスキが生まれるが、後に離婚。クサヴェリは後にテレビドラマの演出家となる。
26歳年下の女優ソフィー・マルソーと長く事実婚の関係にあり、1995年に息子ヴァンサンが生まれるが[4]、後に関係を解消している。
作品
[編集]- Pavoncello (1967年) 短編テレビ映画
- Piesn triumfujacej milosci (1969年) 短編テレビ映画
- 夜の第三部分 La troisième partie de la nuit (1971年)
- 悪魔 Le Diable(1972年)
- L'important c'est d'aimer (1975年)
- ポゼッション Possession (1981年)
- 私生活のない女 La femme publique (1984年)
- 狂気の愛 L'Amour braqué (1985年)
- シルバー・グローブ/銀の惑星 Sur le globe d'argent (1988年)
- 私の夜はあなたの昼より美しい Mes nuits sont plus belles que vos jours (1989年)
- ズラウスキーのボリス・ゴドゥノフ Boris Godounov (1989年)
- ソフィー・マルソーの愛人日記 La note bleue (1991年) *DVD題
- ワルシャワの柔肌 Szamanka (1996年)
- 女写真家ソフィー La Fidélité (2000年) *DVD題
- Cosmos (2015年)
その他
[編集]- サムソン Samson (1961年) 助監督・出演
- 二十歳の恋 L'amour à vingt ans (1962年) 助監督
- 灰 Popioly (1965年) 助監督
- 将軍たちの夜 The Night of the Generals (1967年) 助監督
- 美しさと哀しみと Tristesse et beauté (1985年) 出演
- 恋の病い Maladie d'amour (1987年) 原案
- 危険な関係 Les liaisons dangereuses (2003年/TVミニシリーズ) 出演
受賞・ノミネート
[編集]- 1971年 ポーランド映画祭新人作品賞 (『夜の第三部分』)
- 1972年 アンジェイ・ムンク賞 (『夜の第三部分』)
- 1973年 コシャーリン映画祭グランプリ (『夜の第三部分』)
- 1981年 カンヌ国際映画祭コンペティション部門出品 (『ポゼッション』)
- 1981年 サンパウロ国際映画祭批評家賞 (『ポゼッション』)
- 1983年 ポルト国際映画祭観客賞 (『ポゼッション』)
- 1984年 モントリオール世界映画祭審査員特別大賞、観客賞 (『私生活のない女』)
- 1988年 カンヌ国際映画祭ある視点部門出品 (『シルバー・グローブ/銀の惑星』)
- 2000年 カブール・ロマンチック映画祭金の白鳥賞 (『女写真家ソフィー』)
脚注
[編集]- ^ “Matière Noire”. 2014年3月3日閲覧。
- ^ “Cosmos (2015)”. IMDb. 2014年9月20日閲覧。
- ^ “Andrzej Zulawski, Rebellious Film Director, Dies at 75” (英語). The New York Times (ニューヨーク・タイムズ). (2016年2月17日) 2016年3月7日閲覧。
- ^ “Andrzej Zulawski - Biography” (英語). IMDb. 2013年4月20日閲覧。
外部リンク
[編集]- 公式ウェブサイト
- アンジェイ・ズラウスキー - allcinema
- アンジェイ・ズラウスキ - KINENOTE
- Andrzej Zulawski - オールムービー
- Andrzej Zulawski - IMDb
- Andrzej Zulawski - TCM Movie Database
- Andrzej Zulawski - BiFi 仏語
- Interview commune avec Sophie Marceau pour la sortie de La fidélité (2000) - 『フィデリテ』公開にあたってのソフィー・マルソーとの共同インタビュー 仏語