アペキシフィケーション
アペキシフィケーション(apexification)は歯髄が炎症を起こす、あるいは壊死している歯根未完成歯や歯根が外部吸収をしている(あるいは疑われる)歯に対して行われる治療法で、薬剤を添付することで未完成の根管を閉塞ないし歯根の完成をすすめる方法のこと[1][2]。根尖閉塞術[3]、根尖形成促進法[4]と訳されることもある[5]。根幹部の感染組織や細菌を除去した後に歯髄面に薬剤を充填し、根管を閉鎖する。本来の意味は、この治療法によっておこる治癒機転のことである[6]。
概要
[編集]歯は口腔内に萌出した時にはまだ歯根は完成しておらず、歯根の形成は萌出後も続く。しかしながら、歯根の形成途中で炎症などにより歯髄が失われた場合、歯根が未完成のままの状態となる。一部性の段階であれば、炎症部位のみを除去し、健全な歯髄を残すことで、正常な歯根の形成を行うことが可能ではある(アペキソゲネーシス)が、全部性となっている場合、もはや歯根の正常な形成が期待出来ず、周囲の硬組織により根尖孔の閉鎖を行うしか無い。元々はその硬組織の形成を促す治療法によりおこる治癒機転の名称がアペキシフィケーションであったが、現在ではその治療法もアペキシフィケーションと呼ぶ[6]。
歴史
[編集]1966年に行われた発表[7]以降、歯髄が失われた歯根未完成歯に水酸化カルシウムを用い、根尖を閉鎖する方法が用いられてきたが、この方法について、1971年[8]にアペキシフィケーションと名づけられた[5]。以後、数十年にわたり根未完成失活歯の治療法として唯一の選択肢であり、他の治療法の大きな進展は見られなかった[9]が、近年の研究では、根未完成失活歯でもアペキシフィケーションを行わずに理想的な治癒を導く可能性も示唆されている[10][9]。
使用薬剤
[編集]充填に用いられている薬剤としては、水酸化カルシウムとCMCPを混合したもの(1966年にfrankにより推奨されたが、現在はCMCPでなく生食などがいいとされている[11]。)、水酸化カルシウムと生理食塩水を混合したもの[2][11]の他、カルシペックス[12][5]、ビタペックス[12]、カルビタール[5]、MTA[要曖昧さ回避][2]などが用いられる。水酸化カルシウムはX線透過性がないこと、緊密な充填が難しいことから、水酸化カルシウム製剤が用いられると考えられている[5]。
疫学
[編集]アペキシフィケーションが必要となる症例は、外傷(上顎前歯部・8~9歳)が最も多く、ついで中心結節の破折(下顎第二小臼歯・10~11歳)によるものが多い[12]。
治療と予後
[編集]三ヶ月から半年ごとに経過観察を行ない、閉塞が不十分な場合には治療を繰り返し[11]、根尖の閉塞後に通法にて根管充填を行う必要がある[11][2]。閉塞までの期間は3ヶ月~2年とされており[11]、治療を繰り返す間隔が短いほうが早く閉塞するとされる[12]が、月星は臨床経験として、十分な拡大・清掃後にビタペックスを用いた症例のほぼすべてで、6ヶ月で十分な硬組織形成が行われたとしている。[5]。予後成績は、定義にもよるが85%~94%が良好・治癒と報告されている[2][12]。
脚注
[編集]- ^ 歯内療法ガイドライン(日本歯内療法学会 )
- ^ a b c d e 中村洋
- ^ 石橋
- ^ Cohen, Burns
- ^ a b c d e f 月星
- ^ a b 朝田 他
- ^ Frank AL
- ^ Steiner JC, Van Hasset HJ
- ^ a b 河村 他
- ^ Huang GT
- ^ a b c d e 中村治郎 他
- ^ a b c d e 中川 他
参考文献
[編集]- “歯内療法ガイドライン” (PDF). 日本歯内療法学会 (2005年1月). 2010年11月6日閲覧。
- 朝田芳信、大須賀直人、高木裕三、土屋友幸、前田隆秀、宮沢裕夫、薬師寺仁 著「第8章小児の歯内療法 F.根未完成歯の歯根形成と治療法」、前田隆秀 編『小児歯科マニュアル』(第4版第1刷)南山堂、東京都文京区、2005年12月1日、61頁。ISBN 4-525-82814-5。
- 石橋眞澄『歯内療法学』校閲:鈴木賢策、永末書店、1992年4月、143-155頁。ISBN 4-8160-1011-4。
- 月星光博 著「chapter4歯根未完成歯の歯髄処置」、月星光博、福西一浩 編『治癒の歯内療法』(第2版第1刷)クインテッセンス出版、東京都文京区、2010年11月10日、89-129頁。ISBN 978-4-7812-0165-8。
- 中村治郎、小澤寿子 著「各論6章根管充填 6.根管治療と治癒機転 5.アペキシフィケーションとアペキソゲネシス」、安田英一、戸田忠夫 編『歯内治療学』(第2版)医歯薬出版、東京都文京区、1998年9月20日、267-269頁。ISBN 4-263-45418-9。
- 中村洋 著「第13章 根尖性歯周組織疾患の治療 4アペキシフィケーション」、須田英明、中村洋、恵比須繁之、興地隆史、勝海一郎、斎藤隆史、中川寛一、中村幸生、林善彦 編『エンドドンティクス』(第3版第1刷)永末書店、京都市上京区、2010年3月31日、214-216頁。ISBN 978-4-8160-1214-3。
- Stephen Cohen、Richard C.Burns『コーエン&バーンス 最新歯内療法学』監訳:斎藤毅、淺井康宏、石川達也 訳:田中久義、戸田忠夫、西川博文、向山嘉幸、安田英一、山崎宗与、渡貫健、医歯薬出版、1987年1月。ISBN 978-4-263-40363-1。
- 中川功子、小笠原榮希、久保山博子、豊村純弘、木山純子、京極絵美、本川渉「P-9 本学小児歯科におけるアペキシフィケーション症例について(第27回福岡歯科大学学会総会抄録)」『福岡歯科大学学会雑誌』第27巻第4号、福岡歯科大学学会、福岡県福岡市早良区、2000年12月、243-244頁、ISSN 0385-0064、NAID 110004000965、2010年11月6日閲覧。
- Frank AL. (1966). “Therapy for divergent pulpless tooth by continued apical formation.”. J Am Dent Assoc (アメリカ歯科医師会) 72: 87-93. ISSN 0002-8177.
- Huang GT. (2009-10). “Apexification: the beginning of its end.”. International Endodontic Journal 42 (10): 855-66. ISSN 0143-2885.
- 河村隼、池田英治、須田英明「FROM INTERNATIONAL JOURNALS 海外最新論文の抄訳で知る臨床の潮流 アペキシフィケーション-その終焉の始まり」『ザ・クインテッセンス』第29巻第7号、クインテッセンス出版、東京都文京区、2010年7月、1584-1585頁、ISSN 0286-407X。
- Steiner JC, Van Hasset HJ. (1971). “Experimental root apexification in primates.”. Oral Surg 31: 409-15.