コンテンツにスキップ

英文维基 | 中文维基 | 日文维基 | 草榴社区

アントニオ・ホジェリオ・ノゲイラ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

これはこのページの過去の版です。59.191.155.118 (会話) による 2009年3月3日 (火) 12:48個人設定で未設定ならUTC)時点の版であり、現在の版とは大きく異なる場合があります。

獲得メダル
ブラジルの旗 ブラジル
男子 ボクシング
パンアメリカン大会
2007 スーパーヘビー級
南米大会
2006 スーパーヘビー級
アントニオ・ホジェリオ・ノゲイラ
基本情報
本名 アントニオ・ホジェリオ・コヘイア・ノゲイラ
通称 ミノトゥロ
リオの関節双生児
国籍 ブラジルの旗 ブラジル
生年月日 (1976-06-02) 1976年6月2日(48歳)
出身地 ブラジルの旗 ブラジル
バイーア州
ヴィトリア・ダ・コンキスタ
所属 ブラジリアン・トップチーム
チーム・ノゲイラ
チーム・ミノタウロ
身長 191cm
体重 93kg
階級 ライトヘビー級ミドル級
バックボーン ブラジリアン柔術ボクシング
ムエタイ
テンプレートを表示

アントニオ・ホジェリオ・ノゲイラAntônio Rogério Nogueira1976年6月2日 - )は、ブラジル出身の男性総合格闘家ブラジリアン柔術家。チーム・ノゲイラ所属。ニックネームは「ミノトゥロ(Minotouro)」。

アントニオ・ホドリゴ・ノゲイラは一卵性双生児の兄であり、兄譲りの打撃と寝技を兼ね備えるPRIDEミドル級のトップファイターであった。また、アマチュアボクシングにおいてもブラジル選手権・南米選手権優勝の実績を持つ。

来歴

総合格闘技

2001年8月18日DEEP2001で日本初登場。藤井克久と対戦し、腕ひしぎ十字固めで一本勝ち。

2002年4月28日PRIDE初参戦となるPRIDE.20今村雄介と対戦し、フロントチョークで一本勝ち。

2002年8月8日UFO LEGENDウラジミール・マティシェンコに判定で敗れる。

PRIDEでは、ガイ・メッツァーアリスター・オーフレイムダン・ヘンダーソン桜庭和志中村和裕などのミドル級の実力者相手に勝利を収めた。

PRIDEミドル級GP2005では、1回戦でダン・ヘンダーソンに腕ひしぎ十字固めで一本勝ち。準々決勝でマウリシオ・ショーグンと対戦し、判定負け。試合ではショーグンからパンチでダウンを奪い、また得意の踏みつけ攻撃を長い脚を使って防御した。

2007年2月24日PRIDE.33においてアフリカンファイターソクジュに1R23秒で初のKO負けを喫する。

2007年、UFCから試合のオファーを受け、参戦のために渡米する予定があることをインタビューにて明かしていたが、9月にカナダのHCFと契約した[1]。初参戦となる2008年2月1日の「HCF: Destiny」ではトッド・ゴーウェンバーグをスタンドのパンチと膝蹴りで攻め立て、TKO勝利を挙げる。

2008年7月19日Affliction旗揚げ戦Affliction: Bannedエドウィン・デューウィーズと対戦。1ラウンドに首相撲からの膝蹴りと左フックでダウンを奪い、追撃のパウンドでTKO勝ち。

2008年11月1日戦極初参戦となる戦極 〜第六陣〜モイス・リンボンと対戦し、判定勝ち。

アマチュアボクシング

2006年、アマチュアボクシングブラジル選手権スーパーヘビー級で優勝。同年の南米選手権でも同階級で優勝を果たす。

2007年のブラジル選手権でも同階級で優勝を果たし、2連覇を達成した。南米選手権では3位(銅メダル)に終わった。

戦績

総合格闘技 戦績
19 試合 (T)KO 一本 判定 その他 引き分け 無効試合
16 4 5 7 0 0 0
3 1 0 2 0
勝敗 対戦相手 試合結果 大会名 開催年月日
ウラジミール・マティシェンコ 2R 4:26 TKO(レフェリーストップ:膝蹴り) Affliction: Day of Reckoning 2009年1月24日
モイス・リンボン 3R終了 判定3-0 戦極 〜第六陣〜 2008年11月1日
エドウィン・デューウィーズ 1R 4:06 TKO(パウンド Affliction: Banned 2008年7月19日
トッド・ゴーウェンバーグ 2R 4:34 TKO(膝蹴り) HCF: Destiny 2008年2月1日
× ソクジュ 1R 0:23 KO(左フック) PRIDE.33 "THE SECOND COMING" 2007年2月24日
アリスター・オーフレイム 2R 2:13 TKO(タオル投入) PRIDE 無差別級グランプリ 2006 2nd ROUND
【ワンマッチ】
2006年7月1日
× マウリシオ・ショーグン 3R終了 判定0-3 PRIDE GRANDPRIX 2005 2nd ROUND
【ミドル級GP 準々決勝】
2005年6月26日
ダン・ヘンダーソン 1R 8:05 腕ひしぎ十字固め PRIDE GRANDPRIX 2005 開幕戦
【ミドル級GP 1回戦】
2005年4月23日
アリスター・オーフレイム 3R終了 判定3-0 PRIDE.29 SURVIVAL 2005年2月20日
中村和裕 2R終了 判定2-1 PRIDE 武士道 -其の四- 2004年7月19日
アレックス・スティーブリング 3R終了 判定3-0 Gladiator FC 1日目 2004年6月26日
桜庭和志 3R終了 判定3-0 PRIDE 男祭り 2003 2003年12月31日
中村和裕 2R 3:30 腕ひしぎ十字固め PRIDE.25 2003年3月16日
ガイ・メッツァー 3R終了 判定2-1 PRIDE.24 2002年12月23日
高阪剛 5分3R終了 判定3-0 DEEP2001 6th IMPACT in ARIAKE COLOSSEUM 2002年9月7日
× ウラジミール・マティシェンコ 3R終了 判定0-3 UFO LEGEND 2002年8月8日
今村雄介 1R 0:35 フロントチョーク PRIDE.20 2002年4月28日
ジム・シアボールド 1R 4:59 腕ひしぎ十字固め HOOKnSHOOT -Overdrive- 2002年3月9日
藤井克久 1R 3:59 腕ひしぎ十字固め DEEP2001 in YOKOHAMA 2001年8月18日

エピソード

  • 2004年12月31日PRIDE 男祭り 2004に出場予定の兄ホドリゴの会場入りが大幅に遅れたため、そっくりの容貌という一卵性双生児の特徴を生かし、オープニングセレモニーに遅刻したホドリゴの影武者を務めた[2]
  • ブラジリアン・トップチームの選手の中でも特に遅刻がひどく、練習終了の10分前に顔を出すことも日常茶飯事であった。かつてトップチームに出稽古に赴いていた美濃輪育久は、その度に後発のクラスが始まる中、道場の隅でホジェリオの居残り練習に付き合わされた[3]

獲得タイトル

  • ブラジリアン柔術世界選手権(ムンジアル) 茶帯ペサード(-91kg)級 3位(2000年)
  • アマチュアボクシングブラジル選手権スーパーヘビー級優勝(2006年、2007年)
  • アマチュアボクシング南米選手権スーパーヘビー級優勝(2006年)
  • アマチュアボクシング南米選手権スーパーヘビー級銅メダル(2007年)

関連項目

外部リンク

脚注

  1. ^ Hardcore Championship Fighting Signs Antonio Rogerio Nogueira
  2. ^ ジャンクSPORTS トークダイジェスト 3月13日『スポーツコメンテーター』 フジテレビ公式サイト 2005年3月13日
  3. ^ VALE TUDO ノゲイラ最強への道(DVD付書籍、東京漫画社)内インタビュー ISBN 978-4902671513
');