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[[2009年]](平成21年)[[3月]]、吉見は[[西野瑠美子]]や[[林博史]]らと共同で[[戦争と女性の人権博物館]]の呼びかけ人となった<ref>「戦争と女性の人権博物館」日本建設委員会/WHR日本建設委呼びかけ人 [http://www.whrmuseum-jp.org/yobikakenin.html]</ref> |
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2013年6月4日、[[日本維新の会]]共同代表の[[橋下徹]大阪市長が慰安婦制度について「他国も同じようなことをしていた」と発言したことに対して、「軍の施設として組織的に慰安所を作った国はほかにない。'''日本の慰安婦制度は特異だった'''」と |
2013年6月4日、[[日本維新の会]]共同代表の[[橋下徹]大阪市長が慰安婦制度について「他国も同じようなことをしていた」と発言したことに対して、「軍の施設として組織的に慰安所を作った国はほかにない。'''日本の慰安婦制度は特異だった'''」と見解を述べている。これに対して、[[池田信夫]]から、戦後の日本で[[特殊慰安施設協会|RAA]]と呼ばれる米軍用の売春施設が設置されたことなどを例に、「そもそも公式の施設があったかどうかなんて大した問題ではなく、戦争に強姦や売春はつきもので、どこの国もやっていた」と非難されている<ref>池田信夫 吉見義明氏の偽造する歴史 [http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51860114.html]</ref> 。しかし、「[[特殊慰安施設協会|RAA]]は占領軍が日本政府に要求して作らせた」といった主張や「国営売春施設はどこの国にも存在する制度である」といった主張に対しては、根拠となる証拠資料は一切挙げられていないことが指摘されている<ref>吉見が共同代表を務めている日本の戦争責任資料センター 「日本軍「慰安婦」問題に関する声明」2013年6月9日 http://space.geocities.jp/japanwarres/</ref><ref>Fight For Justice http://fightforjustice.info/?page_id=166 Q&A 0-8 占領軍は慰安所を要求した?</ref>。また、吉見義明のこの表現は記者会見の報道記事の一部を要約したものであり、吉見の考えはすでに複数の著作に述べられている<ref>吉見義明『従軍慰安婦』岩波新書、1995年など</ref>。この件に関しての吉見の考えとしては、「これまでの研究では、第二次世界大戦時において日本軍「慰安婦」制度のような国家による組織的な性奴隷制を有していたのは、日本とナチス・ドイツだけであった。」「当時、当初から公娼制のなかったアメリカや、イギリスなどのように公娼制を廃止していた国が多く、将兵が民間の売春宿を利用することはあったとしても、軍が組織的に管理運営することは許されなかった国々が多かった。」「諸外国の軍人による性暴力もあったが、それは「慰安婦」制度とは別のものであり、それらを混同させて、日本軍「慰安婦」制度を免罪することはできない。」などがあり、「何よりも日本自らが犯した深刻な性犯罪である「慰安婦」制度とさまざまな性犯罪を真剣に受け止め、事実を認め謝罪と個人補償をおこなったうえで、他国の問題を提起すべきである。」との考えを述べている<ref>吉見が共同代表を務めている日本の戦争責任資料センター 「日本軍「慰安婦」問題に関する声明」2013年6月9日 http://space.geocities.jp/japanwarres/</ref><ref>Fight For Justice http://fightforjustice.info/?page_id=166 Q&A 0-9 特殊慰安施設協会は米軍の国営だった?</ref>。 |
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===慰安婦についての定義=== |
===慰安婦についての定義=== |
2013年8月5日 (月) 10:21時点における版
吉見 義明 (よしみ よしあき、1946年 - )は、日本の歴史学者、中央大学商学部教授。専攻は日本史、所属学会は日本史研究会(1977-)、歴史学研究会(1976-)など[1]。日本の戦争責任資料センター代表。
日本の戦争責任問題、戦時下の民衆社会やその戦争体験受容の歴史などを研究対象としており、特に従軍慰安婦や、日本軍による毒ガス戦などの研究で知られる。慰安婦問題では慰安婦は日本による性奴隷制度という立場から、積極的な活動を行っている。
略歴
- 1970年 - 東京大学文学部国史学科卒業
- 1972年 - 同大学院人文科学研究科国史学専攻修士課程修了
- 1973年 - 同博士課程中退
- 1973年 - 東京大学文学部助手
- 1976年 - 中央大学商学部専任講師
- 1977年 - 同助教授
- 1988年 - 同教授
慰安婦問題との関わり
吉見は従軍慰安婦論争において、軍政策としての強制連行があったと主張する人物である。吉見が慰安婦問題で脚光を浴びたのは、防衛庁防衛研究所図書館で閲覧した慰安婦に関する資料をコピーして朝日新聞の記者に渡したことにはじまる。
朝日新聞は宮沢喜一首相の韓国訪問5日前というタイミングで、1992年(平成4年)1月11日、1面トップで「慰安所の経営に当たり軍が関与、大発見資料」として大々的に報道。この一件で吉見は慰安婦問題の第一人者となった。この記事の説明や同日の社説には「朝鮮人女性を挺身隊の名で強制連行した」「その数は8万とも20万ともいわれる」とし、吉見も紙面上で「軍の関与は明白であり、謝罪と補償を」というコメントを寄せた。
この資料は実際には「陸支密大日記」に閉じ込まれていた「軍慰安所従業婦等募集に関する件」(昭和13年3月4日、陸軍省兵務局兵務課起案、北支那方面軍及び中支那派遣軍参謀長宛)というもので、内容は「内地においてこれの従業婦等を募集するに当り、ことさらに軍部諒解などの名儀を利用しために軍の威信を傷つけかつ一般民の誤解を招くおそれある」から「憲兵および警察当局との連繋を密にし軍の威信保持上ならびに社会問題上遺漏なきよう配慮相成たく」というものであった。これについて吉見は「軍の関与は明白」としている[2]
これに対してこの資料が示す「関与」とは、朝日新聞が報道するような「関与」とは全く意味合いが違うものであったとする批判がでた。小林よしのりや高橋史朗は、「悪質な業者が不統制に募集し「強制連行」しないよう軍が関与していたことを示しているもので「良い関与」である」(高橋史朗『新しい日本の歴史が始まる』)等と批判した。
これらの批判に対して吉見は、(1)通達の主旨は派遣軍が業者を管理すべしというものであり取り締まりの励行ではない、(2)朝鮮や台湾でこのような書類が見つかっていない事を、小林よしのりらは知らず、朝鮮や台湾でもこの通達が出ていると考えているから、そうした考え方をするのだ、と反論している[3]。最近では日本の戦争責任資料センターのホームページなどでも反論を出している。なお、『朝まで生テレビ』において、強制連行を裏付ける物理的な証拠が旧植民地にて発見されていないことを認め、また外務省が非公開としている資料から発見される可能性があることを述べている。
この朝日新聞の報道以降、元慰安婦の訴訟、日韓間の政治問題化、教科書問題などに従い慰安婦問題が取り上げられる事となり、吉見はこれらの動きに応じてその後も慰安婦関係の研究を続け、著作・発言を行っており、現在は『日本軍慰安婦問題の立法解決を求める緊急120万人署名』の賛同人などを務めている[4]。
また、慰安婦の強制連行を認める立場の論客の中でも、文書史料などからその証明を行なおうとするオーソドックスの歴史学のアプローチを採用する吉見に対して、上野千鶴子などの論者から「公文書史料は支配者側の記録であり、抑圧された『弱者』の側の現実が史料から見出すことはできない」など、研究手法自体について批判がなされ、論争が展開された[5]。
2007年(平成19年)4月17日、林博史との共同記者会見で、「慰安所は事実上組織的な'性奴隷'だ。慰安婦たちは強圧による拉致や誘拐で募集され、監禁された」とし、「安倍総理は狭義の強制性という言葉を動員して強制動員を否認しているが、中国の山西省での裁判資料やフィリピンの女性たちの証言、オランダ政府の資料などを見れば、日本軍や官吏による強制動員が行われたことは明らかだ」と述べ、「安倍総理と政府は、慰安婦の強制動員に伴い、女性の尊厳性を無視したことに対し、明確な立場を示して法的責任を負わなければならない」と要求した。 [6] 2009年(平成21年)3月、吉見は西野瑠美子や林博史らと共同で戦争と女性の人権博物館の呼びかけ人となった[7]
2013年6月4日、日本維新の会共同代表の[[橋下徹]大阪市長が慰安婦制度について「他国も同じようなことをしていた」と発言したことに対して、「軍の施設として組織的に慰安所を作った国はほかにない。日本の慰安婦制度は特異だった」と見解を述べている。これに対して、池田信夫から、戦後の日本でRAAと呼ばれる米軍用の売春施設が設置されたことなどを例に、「そもそも公式の施設があったかどうかなんて大した問題ではなく、戦争に強姦や売春はつきもので、どこの国もやっていた」と非難されている[8] 。しかし、「RAAは占領軍が日本政府に要求して作らせた」といった主張や「国営売春施設はどこの国にも存在する制度である」といった主張に対しては、根拠となる証拠資料は一切挙げられていないことが指摘されている[9][10]。また、吉見義明のこの表現は記者会見の報道記事の一部を要約したものであり、吉見の考えはすでに複数の著作に述べられている[11]。この件に関しての吉見の考えとしては、「これまでの研究では、第二次世界大戦時において日本軍「慰安婦」制度のような国家による組織的な性奴隷制を有していたのは、日本とナチス・ドイツだけであった。」「当時、当初から公娼制のなかったアメリカや、イギリスなどのように公娼制を廃止していた国が多く、将兵が民間の売春宿を利用することはあったとしても、軍が組織的に管理運営することは許されなかった国々が多かった。」「諸外国の軍人による性暴力もあったが、それは「慰安婦」制度とは別のものであり、それらを混同させて、日本軍「慰安婦」制度を免罪することはできない。」などがあり、「何よりも日本自らが犯した深刻な性犯罪である「慰安婦」制度とさまざまな性犯罪を真剣に受け止め、事実を認め謝罪と個人補償をおこなったうえで、他国の問題を提起すべきである。」との考えを述べている[12][13]。
慰安婦についての定義
2013年6月13日に行われた秦郁彦との対談では「借金を返すまで慰安所に拘束されることが性奴隷制度。借金を返せば解放されるというのであれば、それは人身売買を認めてることになる。」と主張した。[14]
著作
単著
共著
- (新美彰)『フィリピン戦逃避行――証言昭和史の断面』(岩波書店[岩波ブックレット], 1993年)
- (伊香俊哉)『七三一部隊と天皇・陸軍中央』(岩波書店[岩波ブックレット], 1995年)
- (林博史)『共同研究 日本軍慰安婦』(大月書店, 1995年)
- (川田文子)『「従軍慰安婦」をめぐる30のウソと真実』(大月書店, 1997年)
- 笠原十九司・吉田裕編『現代歴史学と南京事件』(柏書房, 2006年)
編纂史料
- 『資料日本現代史(4)翼賛選挙1』(大月書店, 1981年)
- 『資料日本現代史(5)翼賛選挙2』(大月書店, 1981年)
- 『資料日本現代史(10)日中戦争期の国民動員1』(大月書店, 1984年)
- 『資料日本現代史(11)日中戦争期の国民動員2』(大月書店, 1984年)
- 『十五年戦争極秘資料集 第18集 毒ガス戦関係資料』(不二出版, 1989年)
- 『従軍慰安婦資料集』(大月書店, 1992年)
- 『十五年戦争極秘資料集 補巻2 毒ガス戦関係資料2』(不二出版, 1997年)
脚注
- ^ 中央大学 研究者情報データベース
- ^ 1992年、1月11日、朝日新聞第一面
- ^ 『「従軍慰安婦」をめぐる30のウソと真実』、大月書店、1997年
- ^ 日本軍「慰安婦」問題の立法解決を求める緊急120万人署名 「155,651筆を集約! 国際的に取り組まれた署名とあわせ、総数610,832筆を政府に提出」
- ^ 上野輝将「『ポスト構造主義』と歴史学――『従軍慰安婦』問題をめぐる上野千鶴子・吉見義明の論争を素材に」『日本史研究』509号(2005年1月)。この論争に関するより平易なまとめとしては、小田中直樹『歴史学ってなんだ?』(PHP研究所[PHP新書]、2004年)の第2章がある。
- ^ 日本の心臓部で広がった「慰安婦」問題糾弾の声
- ^ 「戦争と女性の人権博物館」日本建設委員会/WHR日本建設委呼びかけ人 [1]
- ^ 池田信夫 吉見義明氏の偽造する歴史 [2]
- ^ 吉見が共同代表を務めている日本の戦争責任資料センター 「日本軍「慰安婦」問題に関する声明」2013年6月9日 http://space.geocities.jp/japanwarres/
- ^ Fight For Justice http://fightforjustice.info/?page_id=166 Q&A 0-8 占領軍は慰安所を要求した?
- ^ 吉見義明『従軍慰安婦』岩波新書、1995年など
- ^ 吉見が共同代表を務めている日本の戦争責任資料センター 「日本軍「慰安婦」問題に関する声明」2013年6月9日 http://space.geocities.jp/japanwarres/
- ^ Fight For Justice http://fightforjustice.info/?page_id=166 Q&A 0-9 特殊慰安施設協会は米軍の国営だった?
- ^ 「歴史学の第一人者と考える『慰安婦問題』」秦郁彦 vs 吉見義明:「荻上チキ・Session-22」(TBSラジオ、2013年6月13日(木)22:00-23:55)
関連項目
外部リンク
- 中央大学研究者情報データベース[3]