Wikipedia:投稿ブロック依頼/Ajita
このページは以下にある投稿ブロック依頼の議論を保存したものです。さらなる議論が必要な場合は当該ページのノートページで行ってください。このページは編集しないでください。
注意: あなたが投稿ブロック依頼を提出しようとしてこのページを見ている場合は、依頼へのリンクを {{Wikipedia:投稿ブロック依頼/利用者名 (日付または依頼回数)}} のように書き換え、新しい依頼ページを作ってください。新しい依頼ページでは、過去の議論を参考にできるよう、該当の古い依頼ページへのリンクを作成してください。
議論の結果、ブロック見送り に決定しました。
Ajita氏(以下、被依頼者)に対し、以下の理由に基づき投稿ブロックを提出するものとします。
- 依頼事由
ご本人は、宗教法人日本テーラワーダ協会[1]の事務局長もしくは、それの、なりすましだと思います。
- あれこれの記事を見ても、この教団に都合の良い話だけを、全く出典も付けずに記述してまわっています。
- また、対立的な意見は、ことごとく削除を繰り返す行為を、なさいます。
- ノートで合意しようにも、一方的な意見を押し付けるか無視なさいます。
教団の立場での記述も、ひとつの視点ですので、きちんとルールに従って記述すれば問題ないと思いますが、ルールは全く守らずに、教団に都合の悪い意見は、勝手に削除を繰り返すのは、荒らし行為では無いかと思っています。
また確認の為、ノートでの合意の提案を行い1週間放置しましたが、全く反応はありませんでした。[2]
現在、教団の僧侶の記事は編集保護に置かれています。[3]
職業的な宣伝活動などのスタンスでの編集活動と強く推認出来るので、今後姿勢が改まるとは思えませんが、とりあえず短期な投稿ブロックの判断をお願いします。——以上の署名の無いコメントは、Nozawa onsen potta(ノート・履歴)さんが 2012年6月17日 (月) 03:24 (UTC) に投稿したものです(Mee-san(会話) 2012年6月18日 (月) 03:48 (UTC)による付記)。[返信]
イデオロギーと紛争と言う視点を持つ人であれば、スリランカの仏教アパルトヘイト(シンハラ仏教ナショナリズム)は寧ろ常識的な話で、一方で上手にスリランカ仏教は旨く日本で営業している事も知っていました。ある日ウィキペディアを見るとスリランカ仏教の宣伝さながらな記述があり、百科辞典で、それはまずいだろうと言うのが、そもそもの編集の動機でした。しかし私は全く編集ルールも知らず、ルールを読んでも何の事か理解できないまま、クレームだけを付けていました。どうしたら良いのか判らない私は、そのうち誰か気がつくだろうと期待して、あばれていたわけです。ひとつには、宗教などのプロパガンダを直接許すような体質がウイキペディアにあるなら、正直に言うだけ無駄な話だろうし、むしろ他の教団なども、宣伝に活用するだけなら、直接言うと余計に胸糞が悪い話だと言う思いもありました。しかし、そのなことだから、あちらこちらに怒られて、なんどかルールを読み直し、結局こういう事が書いてあるのだろうと言うことで、編集のやり方を修正しながら今日に至っています。--Nozawa onsen potta(会話) 2012年6月20日 (水) 11:33 (UTC)[返信]
被依頼が指摘しておられますが、
・発表済みの合成にあたる箇所は、どこなのでしょうか?
・出典なき批判と言われていますが、どこに出典が無く、また批判としての意見はどこにあるのでしょうか?
該当部分を思い当たらないのでノートに書きましたが、ご指摘は頂けておりません。--Nozawa onsen potta(会話) 2012年6月23日 (土) 02:15 (UTC)[返信]
白紙化を繰り替えした実例としては、 [4][5][6][7]
などがあります。
次に被依頼者の記事には全く出典もありません。出典もなしに、生きている人の活動や思想を記述すれば、ウィキペディアは演説台ではありません、ウィキペディアは独自の考えを発表する場ではありません、自分の主張を書き込むこと、に抵触すると思います。
投稿ブロックの対象となる行為に、8.1 ノートページや各種依頼ページにおける議論の拒否や妨害、とありますが、私は期間を充分に定めて、返事を待ちましたが、返事も頂けませんでした。[8]
ブロック依頼を引き下げるとすれば、条件として以下を要求します。
・ 記事の保護を解除すること。
・ 被依頼者が、今後も出典のついた記事の白紙化を繰り返さない事を約束する。
・ 自分の記事も出典を付けるなど、ルールに沿ったものに修正する。--Nozawa onsen potta(会話) 2012年6月24日 (日) 00:38 (UTC)[返信]
貴方様のどの発言に対し、議論の拒否や妨害が行われたのかを差分で提示して下さい。>これにお答えします。
・ 被依頼者は、以下のように一方的に削除を告げてきました。[9]
・ これに対して私は削除した部分をノートに書き出しました。[10]
・ 削除理由が判らないので、質問しました。[11]
・ 一週間の猶予を設定し、記事を差し戻す要求をしました。[12]
・ 一週間たっても何の返答も無いので、ブロック依頼を出しました。[13]
・被依頼者が、質問とは違う事を答えてきました。[14]
・ 被依頼者は、私を荒らし呼ばわりして来ました。[15]
・期限を過ぎて見当違いな事を言われても困るので、ブロック依頼を出した事を伝えました。[16]
期限内では議論の拒否を行い、期限が切れてから論点をずらそうとして来ていると思います。--Nozawa onsen potta(会話) 2012年6月24日 (日) 07:35 (UTC)[返信]
2回目のブロックでは無いのでは無いかとのご質問がありましたので、一回目のブロックが行われたエビデンスを示します。[17]--Nozawa onsen potta(会話) 2012年6月29日 (金) 00:46 (UTC)[返信]
依頼者(私)が被依頼者に対して投稿ブロック依頼を出したのは1回目です。また被依頼者は、投稿ブロック依頼で1回目のブロックになったわけではなく、強制的(管理的に)ブロックされた事を付記します。--Nozawa onsen potta(会話) 2012年6月29日 (金) 03:20 (UTC)[返信]
賛成/反対にコメントする立場には、ありませんがデタラメなルール解釈は止めてください。
内容的には出典付きデータを組み合わせて行なう独自研究であり>
独自性と言うのは、出典に無いものを指すことはルールの構造上明らかです。また研究と言うのも出典を参照しているわけで研究には当たる筈もありません。どの出典を選び、それに沿うのかは、自由裁量であるからこそウイキペディアは百科事典になりうるわけで、こういう解釈だと根本的に編集は不能になります。またそういう解釈をすると、好みでの魔女裁判が行われるようになるでしょう。関係ある話を公平な出典で記述することが、ウイキペディアの基本そのものです。反対する理由の訂正してください。--Nozawa onsen potta(会話) 2012年7月8日 (日) 02:07 (UTC)[返信]
また、こういうのも、ルールを読んで、お止めになってください。
その目的は特定宗派・特定人物に対する攻撃です。>
公平な出典から得られる結果が、見る人によっては攻撃に見える場合があることも、何らウイキペディアでは問題ありません。ニューヨークタイムズにブッシュ大統領はゲイであると書いてあればゲイだとウイキペディアに書いて良いと言うのが明記してあります。これは普通に言えば特定人物に対する攻撃なのかも知れませんが、ここはウイキペディアですので、攻撃には当たらないわけです。逆に、こういう事を許さないのは、ウイキペディアは名鑑では無い、や、都合の良い話だけを掲載する宣伝メディアだと言われても仕方ないと思います。--Nozawa onsen potta(会話) 2012年7月8日 (日) 02:23 (UTC)[返信]
また、ここはajita氏の投稿ブロックの場所です。私を先にブロックしたいのであれば、私の投稿ブロック依頼を提出して頂きたいところです。もちろん正常にルールが機能しているのであれば、上記のような理由でのブロックは困難と思います。--Nozawa onsen potta(会話) 2012年7月8日 (日) 02:23 (UTC)[返信]
ajita氏が対話に応じる事を表明して来ました。[18]よってブロック依頼を解除します。ご協力ありがとうございます。--Nozawa onsen potta(会話) 2012年7月8日 (日) 03:24 (UTC)[返信]
私の主張は「デタラメ」としてでなく伝わっていると思っています。>はい伝わったかも知れませんが、上記のような理解のままだと、ウイキペディアは編集不能になるか魔女裁判の場所になると思います。ウイキペディアはLGPLに準拠する記述である事が明記されており、ご主張はこれを不能にし、明らかに反旗を翻すものと考えられますので、伝わったとすれば悪影響が伝わったものと思っております。ここでは終わりにしますが、ノートでご説明致します。--Nozawa onsen potta(会話) 2012年7月9日 (月) 01:45 (UTC)[返信]
被依頼者コメント
投稿ブロック依頼をしたNozawa onsen pottaさんは、シャム派アルボムッレ・スマナサーラなどの項目において、現存人物の社会的信用を棄損することを目的とした荒らし行為を執拗に繰り返しています。投稿ブロック依頼は不当なので、却下して下さいますようにお願いします。--ajita(会話) 2012年6月18日 (月) 04:04 (UTC)[返信]
追伸:敵対勢力でも無い、行政や学術機関などの出典を付けても、教団運営に都合の悪そうな記事は全て、名誉毀損や誹謗中傷になり、即刻削除すると言うのが、この方の編集行動のようです。かと言って幾ら揉めても出典はご自分では付けないか、付けても「特定の観点を推進するような、発表済みの情報の合成」のような事を繰り替えされれいます。江戸時代(1753年)に起きたスリランカ仏教を初期仏教と吹聴し、実際のスリランカはヒンドゥー混じりの仏教で、カーストで入団も決まり、僧団は、その社会の中核にあり、マイノリティとの内戦まで起きていますが、こういった事は全くのご都合だけで隠蔽なさいます。またそうやって営業なさっている団体なのですが、勿論、教祖/信者あるいは作家/読者と言うスタンスでの記述が不要とは思いませんが、それだけなら教団の公報で行えば良い事で、社会的に多様な視点は記述出来ません。--Nozawa onsen potta(会話) 2012年6月18日 (月) 20:49 (UTC)[返信]
被依頼者コメントとありますが、依頼者の「追伸」が掲載されたので返答します。Nozawa onsen pottaさんは多様な視点と言いながら、当該人物の社会的信用を棄損することにしか興味がないようです。また上記の「追伸」にあるような見解が悪意と偏見に満ちたものであることは、これまで理を尽くして説明してきましたが、Nozawa onsen pottaさんの荒らし行為は一向に収まりません。当該人物に関する悪意を貫徹するためには手段を選ばないという方のようです。そのような方の視点が掲載されることは、様々なネット媒体にも転載されることが多く、公共性の高いWikipediaには相応しくないと思います。そこまで当該人物を糾弾したいと言うのなら、どうぞ個人で随意にブログでも開設されればいいのではないでしょうか?--ajita(会話) 2012年6月19日 (火) 04:07 (UTC)[返信]
社会的に中立な機関の発表と、ご本人の発言を並べると、社会的信用を棄損したり糾弾したりに該当すると言うのは、元々なにかを隠蔽して営業なさっているからでは無いでしょうか?また荒らし行為と言うのは、出典をきちんと付けて掲載された記事を、ご自分の都合が悪いからと言うことで削除なさるような行為を言います。私はそれでもノートでの合意を求めましたが、一切返事もなさっていません。なにか根本的な履き違えがあるように思います。--Nozawa onsen potta(会話) 2012年6月19日 (火) 06:48 (UTC)[返信]
該当箇所の記述はNozawa onsen potta氏による執拗な名誉毀損的書き込みと一体連動しており、百科事典にも相応しくない内容と考えますので、全削除しました。当該人物の社会的信用を棄損するための「特定の観点を推進するような、発表済みの情報の合成」です。また、当該人物に直接言及しているわけではないソースを引いてわざわざ当該人物を貶める加筆をしているので、Wikipedia:存命人物の伝記#出典無き批判は除去に相当するので、ノートによる合意を経ない削除は正当な編集行為と考えます。今回のブロック依頼は当該人物の社会的信用を棄損したいというNozawa onsen pottaさんの意図が貫徹されないことに対する腹いせ的な行為であり、撤回されるべきです。--ajita(会話) 2012年6月20日 (水) 06:26 (UTC)[返信]
依頼者は「根本的な履き違えがある」と仰っていますが、そもそもWikipediaの存命人物の伝記は「どこにも偏らない書き方で、信頼できる第三者情報源が当該人物に関して出版・公表したものを文章化すべき」[[19]]とされています。当該人物の狭義・広義の属性に関連する情報を引いて、現存人物の社会的信用を棄損することは認められていません。そのような情報を引いている時点で「特定の観点を推進するような、発表済みの情報の合成」です。繰り返しますが、当該人物に直接言及しているわけではないソースを引いてわざわざ当該人物を貶める加筆をしており、Wikipedia:存命人物の伝記#出典無き批判は除去に相当するので、ノートによる合意を経ない削除は正当な編集行為と考えます。それ以上、付け加える必要はないです。--ajita(会話) 2012年6月23日 (土) 09:14 (UTC)[返信]
投票欄の「次に被依頼者様へ質問します。「白紙化を繰り替えした実例」で、なぜ出典付きの記述を削除したのでしょうか?--JapaneseA(会話) 2012年6月24日 (日) 05:02 (UTC)」にお答えします。といっても、繰り返しになってしまいます。そもそもWikipediaの存命人物の伝記は「どこにも偏らない書き方で、信頼できる第三者情報源が当該人物に関して出版・公表したものを文章化すべき」[[20]]とされています。当該人物の狭義・広義の属性に関連する情報を引いて、現存人物の社会的信用を棄損することは認められていません。そのような情報を引いている時点で「特定の観点を推進するような、発表済みの情報の合成」です。繰り返しますが、当該人物に直接言及しているわけではないソースを引いてわざわざ当該人物を貶める加筆をしており、Wikipedia:存命人物の伝記#出典無き批判は除去に相当するので、ノートによる合意を経ない削除は正当な編集行為と考えます。以上です。上記のような原則が侵されているにも関わらず、なぜ依頼者のクレームに賛成する方がいるのか、正直判りかねます。--ajita(会話) 2012年6月25日 (月) 04:09 (UTC)[返信]
追伸です。投票欄にコメントされている皆様が、Wikipediaの存命人物の伝記は「どこにも偏らない書き方で、信頼できる第三者情報源が当該人物に関して出版・公表したものを文章化すべき」[[21]]という原則について言及していないのは何故でしょうか?--ajita(会話) 2012年6月25日 (月) 04:35 (UTC)[返信]
ブロック依頼の発端となった削除については、Wikipedia:存命人物の伝記#出典無き批判は除去に相当するもので正当だったと考えます。ただし当該人物の項目では依頼者と他の方との議論も進んでおり、状況は変化していると思います。つきましては私も「今後はノートでの議論に応じる意思がある」旨を表明いたします。--ajita(会話) 2012年7月5日 (木) 03:28 (UTC)[返信]
投票
- 報告 先行するコメント依頼として、Wikipedia:コメント依頼/Ajitaがある様です。以上、ご報告まで。--Hman(会話) 2012年6月18日 (月) 09:30 (UTC)[返信]
- とりあえずはコメントのみです。依頼者の Nozawa onsen potta さんにお訊きします。Hman さんもお書きのコメント依頼でコメントを寄せられた利用者四名中三名が、 Nozawa onsen potta さんの方により否定的なコメントを述べられています。 Nozawa onsen potta さんに寄せられたこれらのコメントをどのようにお考えなのかと、件のコメント依頼で被依頼者よりも依頼者に問題があるとされているこのタイミングでブロック依頼を提出された意図をお伺いできればと思います。--光舟(会話) 2012年6月19日 (火) 11:24 (UTC)[返信]
- 私は以前、両者の対話の場を提供した形になっているため、今回は判断を示しませんが、上記コメントに一点ご指摘申し上げます。光舟さんの疑念はもっともなのですが、3月に一旦停止した当該コメント依頼以降、両者はノート:シャム派、ノート:アルボムッレ・スマナサーラなどで対話を重ねてきています。それらを拝見すると、コメント依頼時点とは異なり、現在の両者の対立のステージはウィキペディア日本語版の方針の解釈に移っているように思えます。Nozawa onsen pottaさんの編集履歴を見ても、kinoriさんたちや私による指摘に応じ、第三者の出典を明記するように変わってきております。その行動を以てコメント依頼への返答と考えてもよいように思います。--ろう(Law soma) D C 2012年6月20日 (水) 00:32 (UTC)[返信]
- 依頼者・被依頼者とも主張というか宣言だけしていて具体的な根拠へのリンクや差分提示をしないので、それらが正しいかどうか判断するのが困難です。この依頼に限らずノートでの議論もそうですが、主張には必ず裏付けを伴うようにお願いいたします。とりあえず、関連するノートなどをよく読んでみます。--Calvero(会話) 2012年6月23日 (土) 12:19 (UTC)[返信]
反対今のところは、ですがブロックに反対です。ノート:シャム派、ノート:アルボムッレ・スマナサーラ、Wikipedia:コメント依頼/Ajitaを読みました。被依頼者が除去を繰り返したアルボムッレ・スマナサーラにおける当該の記述は、項目の主題である存命人物の行動などの矛盾などを示す内容であり、被依頼者はこれらを名誉毀損と主張しているようです。名誉毀損とは、日本では「公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者」(刑法230条)ですが、当該の記述は「名誉を毀損」するものかどうか議論の余地がありますし、罰されない条件として「公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあったと認める場合には、事実の真否を判断し、真実であることの証明があったとき」(刑法230条の2)もあるので、これについても議論の余地があり、誰の目にも明らかな名誉毀損とはいえません。しかるに被依頼者は、依頼者の説明要求[22][23] には応じず、単に「当該人物に直接言及しているわけではないソースを引いて当該人物を貶める加筆をしているので、削除が妥当と考えます」[24] と答えました。これはWP:BLP#批判・あら探しにおける「評価は確かな出典がなくてはなりませんし、項目についてのものでなければいけません」を意識してのものかもしれませんが、根拠がよくわかりません。わかるように書くべきです。もっとも、そこには「項目本人の著名性に関連が深いものであることを証明するよう求めてください」ともあるので、こちらの点では除去に妥当性があることを確認できるかもしれません。なお上記被依頼者コメントにある「~棄損することにしか興味がないようです」というのは一方的な決め付けであって、依頼者のこれまでの態度を注意深く見れば、ウィキペディアの品質向上に伴ってある人物について不利な点をたまたま記述しようとしているのかもしれず、Wikipedia:善意にとる からみて不適切なコメントです。いずれにしても、被依頼者はウィキペディアの各種方針への理解が十分でない気がします。上記被依頼者コメントも何か、111.232.107.45さんが言っていたことをあまり理解しないまま書き写しているような感じがします。ウィキペディアに参加するのであれば、方針はよく読んで、他者に説明できる程度に理解していただきたいです。今のままでは、行動がたまたま方針に沿っていたりいなかったりしているだけで、遵守していただけるという確信が持てません。ですが依頼理由に挙げられている事象だけでは議論が互いに不十分という段階にあるようでもあり、ブロックに賛成することができません。今後明らかに方針に従う意思がないと認められれば、私は賛成するでしょう。--Calvero(会話) 2012年6月23日 (土) 14:39 (UTC)[返信]- コメント 依頼者様へ。以前も会話ページやコメント依頼で申し上げましたが、一般人には、シャム派とかアルボなんとかと言われても、それが料理なのかタレントなのかもわかりません。被依頼者様に問題があると仰るのであれば、差分を提示し、それがWikipedia:投稿ブロックの方針のどれにどのように該当するのかを書いて下さい。また、「宗教などのプロパガンダを直接許すような体質がウイキペディアにあるなら」との御発言に回答しておきます。少なくとも当ブロック依頼で御発言された第3者の方全員、そのような事を許しておくような方ではないと、私は断言できます。なお私も目的外利用の主張や宣伝を微力ながら駆逐してきたつもりです。--JapaneseA(会話) 2012年6月23日 (土) 15:19 (UTC)(主アカウント:利用者:Sutepen angel momo(会話 / 投稿記録 / 記録))[返信]
- コメント2 依頼者様へ。ノート:アルボムッレ・スマナサーラでは被依頼者様の発言もあるように思えます。貴方様のどの発言に対し、議論の拒否や妨害が行われたのかを差分で提示して下さい。次に被依頼者様へ質問します。「白紙化を繰り替えした実例」で、なぜ出典付きの記述を削除したのでしょうか?--JapaneseA(会話) 2012年6月24日 (日) 05:02 (UTC)[返信]
- コメント3 依頼者様、被依頼者様、御二方とも御返事ありがとうございます。被依頼者様が仰る名誉毀損は「全く明確でない」と言えます。また、依頼者様の質問への返答が正しくされているとは思えません。あくまで対話に応じないのであれば、ブロック賛成票を入れざるを得なくなります。一方、依頼者様の「宗教団体の○○」のような決め付ける発言が、対話を遠のかせているのではないのかという懸念もあります。よって今回は賛成票も反対票も入れません。--JapaneseA(会話) 2012年6月28日 (木) 16:21 (UTC)[返信]
賛成ノート:シャム派、ノート:アルボムッレ・スマナサーラ、Wikipedia:コメント依頼/Ajitaにて111.232.107.45を名乗るIP利用者です。私は記事の当該人物に直接言及しない情報源を用いて当該人物の言動の矛盾を摘示し当該人物に批判的な観点を推進する記載を行う事はWikipedia:存命人物の伝記#出典無き批判は除去に該当すると考える立場です。この方針の解釈に関しては私と依頼者さんの間で見解の相違がありますが、それはさておき、そういう立場であるため、今回議論となっている除去[25]や、それに先行する除去[26]は、部分的には妥当であると考えます。- しかしながらWikipedia:存命人物の伝記#出典無き批判は除去は対処として「その際の除去は議論無しで行なっても構いません」とするルールですが、その除去が妥当であったか否かに関して議論をする必要が無いというルールではありません。除去を行った当事者である被依頼者さんは依頼者さんのクレームに対し応答するのは当然であると考えますが、その点、被依頼者さんの対応は全く不十分だと考えます。特に被依頼者さんが除去した内容には、当該記事の人物に直接関係した出典に基づく記述も同時に除去しており、その正当な出典に基づく記述の是非に関しては、当然にノートで議論すべき内容です。
- 上のろう(Law soma)さんのコメントで「両者はノート:シャム派、ノート:アルボムッレ・スマナサーラなどで対話を重ねてきています[27]」とありますが、
被依頼者さんが「対話を重ね」たとするのは何らかの誤認であると考えます私はその点に関し意見があります。コメント依頼停止後の被依頼者さんのノートでの発言は3回であり、1回目は私に対するクレーム[28](私の行動の萎縮を目的とした不当なクレームだと考えます)であり、2回目は私の提案に対する意見表明[29]であり、依頼者さんに対しては、全くの無視を貫かれており、むしろ私への対応に乗じて依頼者さんを侮辱・挑発していると感じます。そして3回目が今回議論になっている除去に対する理由説明[30]ですが、それに対する依頼者さんのクレーム[31]は、結局無視して、依頼者さんが投稿ブロック依頼をするに至っています。私は、この最後の高々1回の理由説明の対話は、いわば「対話をしたというアリバイ作り」程度の対話であって、これらの一連のコメント依頼以降の行為は被依頼者さんの依頼者さんに対する議論の拒否と言って良いのではないかと考えます。 - コメント依頼以前から、被依頼者さんはアルボムッレ・スマナサーラの記事等において、出典無きネガティブな記述を精力的に除去しており、それは良いことでありますが、一方、出典無きポジティブな記述を加筆・維持してきました(コメント依頼以前に、1件、自発的に出典を付加した例[32]がありますが、これはそもそもWikipedia:独自研究は載せない#特定の観点を推進するような、発表済みの情報の合成であり無効な出典と考えます。もしこれが有効な出典であるとの立場であれば、そもそも今回の被依頼者の除去行為[33]は、Wikipedia:存命人物の伝記#出典無き批判は除去には該当せず、単なる白紙化だと考えます)。その間、基本的にノートで合意する(妥協点をさぐる)努力を行っていないと考えます。ノート:アルボムッレ・スマナサーラではコメント依頼以前にも依頼者さんと被依頼者さんの対話は行われていますが、対話を呼びかけるのは決まって依頼者さんの方ですし、両者ともに出典の有無や、具体的な方針・ガイドラインを示すことなく、ただ自身の主観的意見な主張をするばかりです。結果として意見を押し通しているは被依頼者さんの方ですが、これは被依頼者さんの主張が理にかなっていたというよりは、出典無きネガティブな記述はWikipedia:存命人物の伝記#出典無き批判は除去により「除去は議論無しで行なって」良い一方、出典無きポジティブな記述を除去するのには議論なしで行うことが困難であることを最大限利用しているからであると考えます。
- 出典に基づいたノートでの議論をする旨のアドバイスは依頼者さんだけではなく被依頼者さんに対しても、コメント依頼以前にも[34]、コメント依頼においても[35]行われてきました。しかしながら被依頼者さんが、出典やガイドラインに添った主張を行うのはコメント依頼が行われた場合や[36]や、投稿ブロック依頼[37]に至った場合に限られており、すなわち大事になり、第三者が関与した場合に第三者に対して弁明としての主張・行動を行うというものです。しかしながら本来このような主張・行動が日常的にノートにおいてなされるべきだというのが各編集者さん達のご意見ではないかと考えます。
- 私は依頼者さんの編集・対話の態度はコメント依頼を通じても未だ改善されない問題が残るものだと考えますが、編集前にノートで提案を行い他者に反駁の機会を用意したり[38]、コメント依頼後は編集合戦を自ら止めノートに議論を移したり[39]、(私は見解の相違により一部有効な出典とは思いませんが)記載内容に出典を明記したり[40]するなど改善も見られます。
- 一方、被依頼者さんは、コメント依頼や投稿ブロック依頼においては比較的善良な態度も見られますが、それは第三者に対する態度であって、依頼者さんに対する態度に関してはコメント依頼後においても全く変化が無く、現在においてもWikipedia:存命人物の伝記#出典無き批判は除去を最大限利用し、依頼者さんと何らかの合意の努力を行うことなく、自己の編集を推し進めようとしていると考えます。
- 私は依頼者さんと被依頼者さんを比べるならば、方針・ガイドラインからの逸脱の度合いは、質・量ともに依頼者さんのほうがひどいと考えます。しかし依頼者さんの履歴をたどると最初から問題点が大きかったわけではなく、主に被依頼者さんとの編集上の衝突や、対話上の決裂を通じてエスカレートしてきたものを考えます。被依頼者さんの方針・ガイドラインからの逸脱は許されるべきものではないとは考えますが、そのように至った根本原因は、被依頼者さんの合意によらない自己の編集の強行であり、依頼者さんの態度がエスカレートしてきたのは、その不合理を周囲にアピールしたいがためであると考えます。
- もちろん不合理を周囲にアピールしたいがために混乱を起こす、すなわち「そのうち誰か気がつくだろうと期待して、あばれていた[41]」というようなやりかたは全く許容されるべきではなく、また「宗教などのプロパガンダを直接許すような体質がウイキペディアにあるなら[42]」といった偏見に基づく自己正当化を続ける限り、依頼者さんがWikipediaにおいて他の編集者さんと協調して活動していくことは困難であり、私は依頼者さんはアルボムッレ・スマナサーラの記事に関与すべきではないと考えてはいますし、そのために必要であれば、何らかのアクションを起こそうとも考えています。
- しかしアルボムッレ・スマナサーラの履歴の通り、アルボムッレ・スマナサーラの記事に対し、ネガティブな観点に基づき編集に参加された編集者さんは依頼者さんが最初ではなく、仮に依頼者さんがアルボムッレ・スマナサーラの記事に関与しなくなっても、被依頼内容的には出典付きデータを組み合わせて行なう独自研究であり内容的には出典付きデータを組み合わせて行なう独自研究であり者さんがその態度を改めない限り、また別の編集者さんが現れて同じことが繰り返され、コメント依頼なり投稿ブロック依頼なりにおいて第三者が介入しない限り、当事者同士では出典やノートでの合意に基づかない強行な対応しか期待できず、結局のところ被依頼者さんや編集上の論争相手以外の第三者が定期的に介入する必要に迫られWikipediaの人的コストが浪費されつづけるものと予想します。
- 上記のような考えを踏まえ、私は仮に依頼者さんに改めるべき点があるにしても、それは被依頼者さんが態度を改めないでよい理由にはならないと考えます。
- 私は自身が当該記事における変更を提案している立場[43]であり、まさに当事者であるため、本投稿ブロック依頼に賛否を投ずることには躊躇がありましたが、被依頼者さんの「これまで理を尽くして説明してきました[44]」との言説は、全く許容できない認識であり見過ごせませんでした。またこの言説により過去に他の編集者さんからアドバイスされてきたことに対する改善が全く望めない状態にあると判断しました。
- ゆえに被依頼者さんの投稿ブロックに賛成します。理由は「依頼者さん個人に対する」議論の拒否であり、それがコメント依頼を通じた現状において、改善の見込みが無いためです。--Pemo(会話) 2012年6月24日 (日) 13:03 (UTC) 表現修正--Pemo(会話) 2012年6月28日 (木) 21:51 (UTC) 賛成票撤回--Pemo(会話) 2012年7月5日 (木) 20:43 (UTC)[返信]
- 私の発言に言及されておられるので一言付け加えますと、「重ねた」が「誤認」かどうかは個々人の受け止め方によるとは思いますが、今回の一連の経緯に対する評価はPemoさんと私との間に大きな差がございません。概ね同様の認識です。--ろう(Law soma) D C 2012年6月27日 (水) 23:43 (UTC)[返信]
- 「誤認」という表現は不穏当であったかもしれません。表現を改めます。--Pemo(会話) 2012年6月28日 (木) 21:51 (UTC)[返信]
- 私の発言に言及されておられるので一言付け加えますと、「重ねた」が「誤認」かどうかは個々人の受け止め方によるとは思いますが、今回の一連の経緯に対する評価はPemoさんと私との間に大きな差がございません。概ね同様の認識です。--ろう(Law soma) D C 2012年6月27日 (水) 23:43 (UTC)[返信]
- 反対 問題となっている一連の記事における編集合戦の責任の一端は、依頼者の側に相当部分あると思います。当ブロック依頼の対象者であるAjitaさんの実名と思しきものを記載して避難したり、ルールを無視するような編集を繰り返すなど、依頼者による度を越した編集行為などが、むしろ当該記事の編集合戦を長引かせている原因であり、そのような感情的な対立の延長線上で出されたブロック依頼は認めるべきではないと思います。問題を複雑化させるだけです。--Kogane(会話) 2012年6月24日 (日) 17:47 (UTC)[返信]
賛成Pemoさんのご意見を読み、状況についての理解が深まるとともに、被依頼者の問題点は改善の見込みがないと確信に至りましたので、賛成に転じます。上記に摘示されている依頼者の問題点はすでに改善を見ているか、または被依頼者の行動に正当性を与える根拠になりません。編集合戦の責任は、依頼者の呼びかけに応じず議論に参加しようとしない被依頼者に主に帰すべきものです。依頼者が「度を越した」という表現は正しくなく、ルールを確認しながら適切な内容を模索している姿勢はノートを見れば明らかです。「感情的な対立」ではなく、議論ができないためやむを得ず投稿ブロックを依頼したのですから、この依頼は正当なものです。記事の問題点は111.232.107.45さんなど他の利用者が逐次明らかにしつつ議論を展開しているので、根拠の提示なく差し戻しを繰り返す利用者が除外されればむしろ記事の発展は促進されます。以上の理由により、私は反対意見を判断に参酌することはできません。--Calvero(会話) 2012年6月24日 (日) 18:30 (UTC)[返信]- 被依頼者からのコメントを受け、票を撤回します。--Calvero(会話) 2012年7月7日 (土) 23:11 (UTC)[返信]
- 反対 依頼者と被依頼者の対立のもとになった記事アルボムッレ・スマナサーラが、Wikipedia:存命人物の伝記である点にもっと留意すべきです。この点、依頼者側の編集態度の方が、ネガティブな記述に固執し、ノートでの議論でも相手に対して挑発的な項目立てや、長文、冗長で分かりにくい説明を繰り返すなど、むしろ問題が多いように思います。ということで一方をブロックすれば済むとは思えないし、アンフェアーだと思います。依頼者に対して今一度冷静になるよう注意し、当該記事の保護を継続して話し合いを続けるよう求めます。--水田(会話) 2012年6月25日 (月) 05:27 (UTC)[返信]
コメント 投票の賛否に関しては、異議する立場にありませんが、後段の提案に関して疑問があります。まず「依頼者に対して今一度冷静になるよう注意」することを求められていますが、これは誰に対する要求でしょうか?もし本投票で賛成を投じた論者に、その責任があるとする要求であるなら、私は拒否します。それは「被依頼者の非を指摘する者は、それ以前に依頼者の非を是正する義務を負う」という主張です。私は過去に被依頼者より同様の要求[45]をされましたが、今でも全く持って理不尽な要求だと考えています。また「話し合いを続けるよう求めます」とありますが、これも誰に要求しているのか明確にしてください。依頼者は「被依頼者の編集行為の疑義に対し被依頼者が話し合いに応じない」事をもって依頼を行いました。被依頼者は既に応答の終了(「それ以上、付け加える必要はない[46]」旨)を宣言しました。依頼者には話し合いを継続する方法が存在せず、被依頼者には話し合いを継続する意思がありません。いったい誰が依頼者の話し相手をする義務があると想定しているのでしょうか?それが私を含めた過去の依頼者との討論者や、今回賛成を投じた論者を想定しているのであれば、私は拒否します。「被依頼者の編集行為の疑義」は被依頼者に説明の義務があります。被依頼者に説明の義務を他者が肩代わりする必要は無いと考えます。--Pemo(会話) 2012年6月25日 (月) 17:56 (UTC)[返信]- コメント 上の質問は、私の誤読と思い込みによる一部不当な質問でありました。お詫びの上、質問を取り下げさせていただきます。申し訳ありませんでした。--Pemo(会話) 2012年6月28日 (木) 13:34 (UTC)[返信]
- コメント (依頼者さんへ)この節のタイトルが「利用者:Ajita(会話 / 投稿記録 / 記録) 2回目」になっていますが、被依頼者に対する投稿ブロック依頼は、これが始めてのものではないかと思います。その場合タイトルは「利用者:Ajita(会話 / 投稿記録 / 記録)」であるべきです。修正願います。--Pemo(会話) 2012年6月28日 (木) 21:34 (UTC)[返信]
- (依頼者さんへ)回答[47]ありがとございます。単純ミスかと思い指摘しましたが、考えがあってそうしているという事であれば、その点を争う気はありません。お手数おかけしました。--Pemo(会話) 2012年6月29日 (金) 16:20 (UTC)[返信]
- 賛成 これは依頼者、被依頼者ともに問題だと思う。やたらに持ち上げる被依頼者とやたらに貶めたい依頼者。中立的な観点に立てるまでお二方とも遠ざかっていただくのがいいだろう。Nozawa onsen potta氏も相手がブロックになったからと好きにしていると同じくブロック、あるいは当事者から訴えられるかもしれないということを念頭におかれたい--Naitou1980(会話) 2012年7月4日 (水) 09:22 (UTC)[返信]
- コメント 被依頼者さんより「今後はノートでの議論に応じる意思がある[48]」旨の表明がありましたので賛成票を撤回します。--Pemo(会話) 2012年7月5日 (木) 20:43 (UTC)[返信]
- 反対 コメント依頼を拝見したところでは、どちらもどちらという感じですね。話し合いでの解決を望みますましょう--高幡不働(会話) 2012年7月6日 (金) 15:40 (UTC)[返信]
- 反対 ノートの議論から途中で手を引いており、このブロック依頼も昨日になってようやく気づき、改めて経緯を読み返しました。Ajitaさんの対話への消極姿勢はよくないことで、期間はともかくブロックされても仕方がない振る舞いではあります。が、Nozawa onsen pottaさんを残してAjitaさんだけをブロックしてはならない、というのが私の考えです。Nozawa onsen pottaさんの加筆は、内容的には出典付きデータを組み合わせて行なう独自研究であり、その目的は特定宗派・特定人物に対する攻撃です。巧妙な文言で行えば掲載可能になるというものではありません。このようにこじれた原因背景はともかく、問題の記事におけるNozawa onsen pottaさんの加筆部分はウィキペディアの信用を損なう有害無益なものですから、Wikipedia:存命人物の伝記にもとづいてそれを除去するのは正しいのです。除去を咎める形でおさめてはいけません。Nozawa onsen pottaさんを先にブロックした上で、その後も問題行動が続くのであれば、Ajitaさんのブロックにも賛成します。--Kinori(会話) 2012年7月6日 (金) 16:50 (UTC)[返信]
- 利用者‐会話:Kinoriで依頼者のNozawa onsen pottaさんに回答を求められました[49]。ここはAjitaさんに対するブロック依頼ですので、素っ気ない回答になりますが最小限度で応接します。Nozawa onsen pottaさんの編集姿勢については他の複数のユーザーも指摘しており、依頼者以外の人には、(賛成するかどうかは別として)私の主張は「デタラメ」としてでなく伝わっていると思っています。私の考えが依頼者に容れられる可能性はほとんどないでしょうが、ブロック依頼は依頼者や被依頼者との対決の場ではないのですから、ここで私が依頼者の説得を試みる必要はないものと思います。また、Nozawa onsen pottaさんのブロックを先行させるならと論じたのは、それがAjitaさんに対するブロックの結果の良否を分ける重要事項だからです。Nozawa onsen pottaさんに対するブロックが必要だと考えたときには、ご当人が言うように、他の依頼に便乗することなく、素直にご当人に対するブロック依頼を出します。--Kinori(会話) 2012年7月8日 (日) 14:45 (UTC)[返信]
- (終了)ブロックは見送ります。アイザール(会話) 2012年7月10日 (火) 02:33 (UTC)[返信]
上の議論は保存されたものです。編集しないでください。新たな議論は新しく依頼ページを別名で作って行ってください。