Wikipedia:井戸端/subj/要出典テンプレートの貼付けに対して出典情報が本文に記載されないときの対応方法は?
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要出典テンプレートの貼付けに対して出典情報が本文に記載されないときの対応方法は?
[編集]ikedat76さま, 又ほかの皆様、ご意見をお聞かせいただけますか?
質問出典情報のない一文に[[要出典]]の貼付けを行ったときに出典情報が本文に追加されるべきと考えるのは間違いですか? そのようなリアクションに対してはどのような対応がすればよいのでしょうか?
この質問の背景は次のようなものです。 一般の記事についてであって、HELP名前空間の記事についてではありません。 さて、私が執筆に深く係っているある記事で、[[要出典]]のテンプレートを貼りましたところ、いろいろ議論はしたにしても結局本文に期待した出典情報を書き加えられることなくこのテンプレートの取り除きが行われています。
これが「出典は明記」やcitationの訳語をめぐっての方針文書へのアプローチのきっかけとなりました。これと同等のタグ[[cite quote]]を英語のWikipediaで貼ったときには、数日後には本文にcitationが追加されました。この違いが生まれるのは、残念ながら英語の方針文書に比べ、日本語の方針文書の翻訳が正確でない、それだけでなく、曖昧で、一貫性がないことに原因があるのではと思い一連のアクションを取ったしだいです。
- 「本文に追加されるべき」だとして、追加をするのが誰なのかを考えてみてください。
- 出典情報のない一文があった時で、そこに出典が必要であると考えたならば、まずは自分で情報源を調べることからはじめましょう。
- 次いで、自分では探せないときに「要出典」のテンプレートを貼ることで、誰かが追加することを期待することができます。せいぜい「期待できる」という程度であって、自分で情報源を加えることができないにもかかわらず、誰かに対して「べき」と、言うべきではありません。
- 情報源が示されなかった場合、いくつかの対応が可能です。いくらかその内容に知識があり、即座に除去ほどではないが、記述内容に疑わしいところがあるのならば、しばらく情報源が示されなかったことを理由に、該当する記述を除去してもよいでしょう。
- 詳しくないのならば、情報源が示されないのですから、そのまま「要出典」のテンプレートを残しておく。どうしてもその部分に出典が必要だと考えるなら、詳しそうな編集者に尋ねてみたりしてもいいでしょう。
- 英語版と日本語版で、対応の早さが違うのは、全体の参加者の数、その記事に関心があったり、その記述の情報源を探すだけの知識や環境にあったりする編集者の数や編集機会のめぐり合わせのようなものだと思いますよ。--Ks aka 98(会話) 2012年10月15日 (月) 09:28 (UTC)
- そういう見方もできますね。それよりも「出典」を求めるテンプレートを貼ったり、ノートにそう書いたりしても出典が提示されないときはKs aka 98さんならどうされますか?--Kanehiro(会話) 2012年10月15日 (月) 09:40 (UTC)
- 「出典情報のない一文があった時で、そこに出典が必要であると考えたならば、まずは自分で情報源を調べることからはじめましょう。」というのはガイダンスについて書いてあることと全く違いますね。--Kanehiro(会話) 2012年10月15日 (月) 09:41 (UTC)
- ガイダンスとはどの文書ですか?
- 上にも書いていますが繰り返します。
- 情報源が示されなかった場合、いくつかの対応が可能です。いくらかその内容に知識があり、即座に除去ほどではないが、記述内容に疑わしいところがあるのならば、しばらく情報源が示されなかったことを理由に、該当する記述を除去してもよいでしょう。
- 詳しくないのならば、情報源が示されないのですから、そのまま「要出典」のテンプレートを残しておく。どうしてもその部分に出典が必要だと考えるなら、詳しそうな編集者に尋ねてみたりしてもいいでしょう。
- 自分で要出典のテンプレを使ったことはほとんどないですが、提示されなかったら、そのままにするか、ちょっと本腰を入れて自分で探すか、ですね。--Ks aka 98(会話) 2012年10月15日 (月) 09:57 (UTC)
- Ks aka 98さん Kanehiro(会話)です。 Wikipedia:検証可能性#出典を示す責任は掲載を希望する側にを御覧ください。
出典を示す責任は、ある編集を行った執筆者、またはその編集を残すことを希望する執筆者にあります。 このため、執筆者は出典を明記すべきです。定評のある情報源がない場合、その話題に関する記事はウィキペディアで立てるべきではありません。信頼できる情報源を欠く編集は、除去されるのもやむを得ません。しかし、もしも出典を示す機会を与えずに記述を除去すると、異議を唱える人がいるかもしれません。情報源を欠く記述について情報源の明示を求める場合、その記述をノートページに移動するとよいでしょう(移動の際は、Wikipedia:ページの分割と統合#一部転記の手順 に従って履歴の継承を行ってください)。または {{要出典}} 、{{要検証}} 、{{誰}} 、{{出典の明記}} 、{{未検証}}などのテンプレートを貼ることもできます。
- ご存知のように検証可能性はWikipediaでは極めて重要です。それを保証する義務はその記述を行った者に第一にあるのです。 そもそも、なんの根拠もなくWikipediaの記事は書けないはずです。 小中学生の遠足の作文を披露するような場でも、昆虫観察日記を書くような場でもないのです。自分の記憶と感情を思い起こして書くなんてことはあってはならないのです。 記憶にあっても出典情報を確認して書く。 新聞記事でもないのです。 新聞記事なら情報源を秘匿することが許される場合がありますが、Wikipediaではそのようなことは認めていないはずです。 出典情報が書けないのならWikipediaでは記事は書けないはずです。 もし、その他人の記述が残したいのであれば、自分が情報源を調べて補ってあげても良いわけですが、そんなことより多くの場合は、それを削除して、自分の言葉で、調べた情報源にもとづいて書いたほうが良い場合があるでしょう。--Kanehiro(会話) 2012年10月15日 (月) 16:36 (UTC)
- コメント[[要出典]]の貼付けを行った理由によりけりだと思います。私の場合、その情報が疑わしい、もしくは特に重要だと思った時に[[要出典]]を貼ります。疑わしいとも重要だとも思わない場合は貼りません。貼ったにもかかわらず出典が示されなかった場合、(1)その情報が疑わしいと思って貼りつけた場合、その情報を除去します。(2)その情報は正しそうだけど重要なので検証できるように出典が必要だと思って貼りつけた場合、自分でも探しますし、出典が示されなくても除去しないでしょう。--miya(会話) 2012年10月15日 (月) 11:07 (UTC)
- (追記)ただし、(3)疑わしいと思いつつ、確証が無い場合で、当該部分の加筆者が現在もアクティブで応答可能であれば、いきなり除去するのではなく、ノートで議論提起する、それでも合意が得られなければコメント依頼に出す、等、なるべく穏当な方法をとるほうが良いでしょう。--miya(会話) 2012年10月15日 (月) 14:11 (UTC)
- ガイダンスに書いてあることと違いますね。--Kanehiro(会話) 2012年10月15日 (月) 14:50 (UTC)
- miyaさん、お優しい。 しかし、その議論はある危惧があります。 他人が「要出典」テンプレートを貼っているのを見た時、それは他人が「疑わしい」
と思うこと思っていると考えるにつながりませんか?(一部 2012年10月15日 (月) 17:48 (UTC)に訂正) Template:要検証#解説を見てください。 内容が疑わしくない場合には、{{要出典}}などを使って、記事を完全なものとするために出典を要求します。
- となっています。 その優しさは、Wikipedianを甘やかし、Wikipediaが完全なものとなるのは阻むのではないでしょうか? やはりこのルールの厳格な運用が必要と思います。 簡単に、「要出典」テンプレートを引き剥がし、自分で調べろというのは記事を書いた者の甘えに過ぎません。--Kanehiro(会話) 2012年10月15日 (月) 16:36 (UTC)
- コメント具体的にどの記事のなんという記述のことか分からないとコメントしづらいところはあるのですが、出典が必要な記述に適切なタグをKanehiroさんが貼り付けたという前提でコメントすると、メンテナンスタグを記事を改善することなく(出典を追加することなく)剥がすのはウィキペディアのもっとも重要な方針である検証可能性の重大な違反です。これに関してはそのような編集は許容できないという強い同意と実践はすでにあると思います。私だったらまずWikipedia:ウィキペディアでやってはいけないこと#独断でメンテナンス用テンプレートを剥がそうとすることを案内しつつもう一度貼ります。ガイドラインをよく読まずにしている場合が多いので、それ以上揉めることはまずないですね。それで、ノートで何度か方針の案内をしても埒が明かない場合は、とっとと諦めてWP:RFCに出してください。先に説明したとおり、これに関しては強い同意があるので他の編集者も説得に加わってくれるはずです。
- 私の見立てでは英語版と日本語版の一番大きな違いは規模(参加者の数)です。10年くらいほとんど手が入れられてない日本語版の不人気なガイドラインでも、英語版だとものすごい数の推敲を経てたりします。自然とよい文章になりますよね。Kanehiroさんが遭遇したようねケースだと、英語版にはさっさと立ち去れ、みたいなアドバイスもあります。要するに、あなたの主張が正しければ他の人が何とかするはずです、ということです。日本語版だとこうはいかないですよね。上手に他の編集者を巻き込む方法を探してみてください。
- Miyaさんが言っているのはガイドラインには書いてないけど編集がうまくいくコツのようなことです。ウィキペディアは共同作業なのであって、成功するかどうかの秘訣はそれが上手にできるかどうかにかかっています。不要な揉め事は可能な限り避けるのが賢明でしょう。WP:CIVILやノートで誤字の指摘や訂正をしないというのはそういう観点から理解するとよいと思います。出典がないからといきなり削除したら相手が気分を害して延々と揉めるというのはよくあります。理不尽ですけど、ウィキペディアは別に正義を実現する場でもなく、百科事典を作るプロジェクトですから、どうでもいいようなことで延々と揉めるのは時間の無駄でしょう。その代わりに、メンテナンスタグを貼り付けて、相手にも記事を改善するチャンスを与えた上で、その一週間後に除去する、というふうにすれば、こういう感情的なしこりを大きく減らすことができます。--Bugandhoney(会話) 2012年10月16日 (火) 03:27 (UTC)
- コメント コメントありがとうございます。 英語版では実はすぐに出典が記載されていました。記載されたのに気が付いたのが遅かった。それはどうでもよいとして、参考にそのテンプレートを貼ったページと出典の差分へのリンクを貼っておきます。en:Wikipedia:concentration --Kanehiro(会話) 2012年10月16日 (火) 07:15 (UTC)