Wikipedia:ビコリム戦争
ビコリム戦争(ビコリムせんそう、英: Bicholim conflict)は、ウィキペディア英語版に2007年から2012年まで、史実として掲載された虚構記事である。
「1640-41年、ポルトガル王国とマラーター王国の間で起きた戦争」という、一見もっともらしい虚偽の記載が、5年半もの間ウィキペディア上に放置されていたことは、ニュースにもなった[1]。
経緯
[編集]2007年7月に利用者"A-b-a-a-a-a-a-a-b-a"(en:User:A-b-a-a-a-a-a-a-b-a) が主執筆者として英語版ウィキペディアに作成した、約4500語[2]からなる歴史項目「ビコリム戦争」は、極めて詳細に書かれた記事であった[1]。おおまかな内容は次のとおりである。
しかし、これらは全て嘘だった[2]。この記事は作成から2か月後に英語版で「良質な記事」(全記事の 1% が該当)に選ばれた[2][3]。さらに「秀逸な記事」(全記事の 0.1% が該当)として自薦されたが[2][4]、記事が少数かつ信頼性の低い出典に依拠しているという理由で審査者らから却下された[2]。
5年後の2012年12月、利用者"ShelfSkewed" (en:User:ShelfSkewed)が何気なくこの記事の出典を検証してみたところ、参考にしたとする書籍が実在せず、出典として示されたネット上の情報源も、元をたどると結局この記事に戻ってくることに気付いた[2][3]。ShelfSkewed は入念な調査の末、この記事は「器用かつ手間のかかった悪ふざけ」だという結論に達し、削除依頼が提出されて、削除された[2][3][5][6]。
その後、記事作成者の A-b-a-a-a-a-a-a-b-a は、この一件でウィキペディアの規則に背き、同コミュニティの信憑性を貶めたとして、投稿ブロックの方針により無期限のブロックの対処となった。
教訓
[編集]これらの事例をもって「ウィキペディアは信用できない」と言うのは簡単である[7]。しかし実のところ、この種の悪ふざけはインターネット上の情報全般につきまとう問題であり[7]、ウィキペディアに対する取り組み方について企業などを対象にコンサルタントをつとめる William Beutler は、この「ビコリム戦争」について Yahoo! News のインタビューでこう述べている。
「 | それらしい情報源をでっち上げるくらい賢くて、もっともらしい記事を作るだけの時間と手間を惜しまないような人なら誰にでも、インターネット全体を欺くことは可能だ……少なくともしばらくの間は[8]。 | 」 |
全言語を合わせると、ウィキペディアには記事だけでも1000万を越えるページがあり、それらから「上手く書かれた嘘」を見つけるのは至難の業である[7]。そして、たとえ見つけてウィキペディア上から除去しても、コピーサイトによってそれらの嘘は長くネット上に残り続けてしまう[7]。なお、2010年8月時点の『ビコリム戦争』の記事は、インターネットアーカイブに保存されている[9]ほか、ウィキペディア英語版には元の記事が警告つきで保存されている。
関連項目
[編集]- ウィキアリティ
- Wikipedia:幽霊項目
- Wikipedia:削除された悪ふざけとナンセンス
- en:Wikipedia:List of hoaxes on Wikipedia/Bicholim conflict - 元の記事が警告つきで保存されている
- 民明書房
- 嘘の嘘の新年 - 2006年から2019年までウィキペディア日本語版に掲載された実在しない風習
- 央端社 - ウィキペディア日本語版において出典として使われたが実在しない可能性が高いことが判明した
- 有職読み - ウィキペディア日本語版において「人名音読の慣習」という俗語的用法が広まった形となった
- 涅槃寂静 - 小数の命数法として阿頼耶・阿摩羅とともに記載され[注 2]、NHKの教育番組の楽曲などにも用いられる形となった
脚注
[編集]注釈
[編集]- ^ 現在のゴア州。
- ^ 涅槃寂静 記載分割直前の版(分割後の記事は現在削除済み)
出典
[編集]- ^ a b “非実在のインドの戦争掲載=偽ページ5年間放置-ウィキペディア”. Yahoo!ニュース (時事通信社). (2013年1月8日). オリジナルの2015年8月4日時点におけるアーカイブ。 2015年7月26日閲覧。
- ^ a b c d e f g h Kevin Morris (2013年1月1日). “After a half-decade, massive Wikipedia hoax finally exposed” (英語). Daily Dot. 2013年1月9日閲覧。
- ^ a b c Ferenstein, Gregory (2013年1月8日). “Wikipediaが実在しない戦争を5年間載せ, 昨12月にやっと削除”. TechCrunch日本版. Verizon Media Japan. 2021年3月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年5月30日閲覧。
- ^ :en:Wikipedia:Featured_article_candidates/Bicholim_conflict/archive1 秀逸な記事の審査の議事録(ウィキペディア英語版)、2013年1月10日閲覧。
- ^ “Hoax article on Wikipedia for 5 years” (英語). UPI (2013年1月4日). 2013年1月9日閲覧。
- ^ :en:Wikipedia:Articles_for_deletion/Bicholim_conflict Bicholim conflictの削除審議記録(英語版ウィキペディア)、2013年1月10日閲覧。
- ^ a b c d Betsy Isaacson (2013年1月8日). “Wikipedia Hoax 'Bicholim Conflict' Deleted From Site” (英語). ハフィントン・ポスト. 2013年1月9日閲覧。
- ^ Eric Pfeiffer (2013年1月4日). “War is over: Imaginary 'Bicholim Conflict' page removed from Wikipedia after five years” (英語). Yahoo! News. 2013年1月9日閲覧。
- ^ Bicholim conflict - ウェイバックマシン(2010年8月22日アーカイブ分)