Wikipedia‐ノート:良質な記事/良質な記事の選考/日本占領時期のインドネシア 20210911
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2021年9月19日の査読への対応
[編集]詳細な査読をいただいたので、その内容と対応を書きます。選考本文ページが長くなって可読性が下がるのを避けるため、こちらに書きます。
以下、ご指摘の引用です。
- 導入部2段落目の「この時期はインドネシア史における重要な時代のひとつである。」は、注が無いのなら、WP:NORですので、削除願います。
- 第5段落の「この占領はオランダにとっての深刻な課題となった。植民地支配の終結までの変化は非常に多彩で、インドネシア革命が3年前には実現不可能な方法で可能になった[14]。」が意味が取りづらいです。むしろ削除してしまった方が良いと考えます。
- 1.1 19世紀から1910年代の「欧米の侵略を受けずに近代化に成功したアジアの国家となった。この2国は」を消して、「19世紀の日本は、タイと並んで、大半のアジア諸国が欧米の支配下にあった時も独立を保ち続けた[注釈 6][19]。」にした方が良いです。「近代化に成功した」とは何かの定義が必要になりますので。
- 「インドネシアではムラユ語の教育が進み、」は無い方が分かり易いです。
- 1.3 1930年代の「日本では1930年代からの政策にそって国策会社のインドネシア進出が増えた[30]。」と「日本人のインドネシア居住者は1931年の6949人がピークで、その後は日本政府と蘭印政府との間の経済的緊張から漸減していった[35]。」は矛盾していませんか。
- 1.4 1940年代の「 同政府はこのインドネシア人団体を国民の代表とは見なさなかったため、覚書は拒否された。」に注がありませんが、その前の「1941年11月に戦争の脅威に直面してインドネシア国民の動員を求める覚書を蘭印政府に提出した[47]。」の注を引っ張って来ればよいのでしょうか?
- 3.2 行政の「陸海軍はインドネシアを3つの地域に分けた[77]。」は、可能でしたら、地図があると有難いです。
- 3.2 行政の「代替として、インドネシア語も公用語とした[82]」。ムラユ語はインドネシア語の下位概念(方言)ということで宜しいでしょうか。
- 「インドネシア人の官吏は日本人や華人の業者と協力して」。華人はインドネシア人ではないということでしょうか。インドネシア人の定義はインドネシア語(ムラユ語)を母語とすることなのか、ムスリムであることか、それ以外か、いづれでしょうか。
- 3.3 教育の「7年制のオランダ原住民学校」。先ほどの「インドネシア人」にも通じますが、「原住民」は、先住民項にて「日本では、原住民という言葉が差別的な意味を含む、とみなされるようになってからは、先住民という言葉が代替されるようになった。」とありますので(但し注釈が無い)、「先住民」と言い換えた方が望ましいと、私は考えます。
- 3.4 交通の「1平方キロメートルあたり5.6キロメートルで当時の日本につぐアジア第2位だった」。ここには注が必要ですが、倉沢(2002:44-45)に含まれるということでしょうか。
- 3.8 民族での「オランダはそれらを全て抑え込むことに成功していた」。全てという以上は、ここで注が必要です。
- 注72の、越田(1995)に引用ページが記されていません。1か所なら目をつぶりますが、4か所ありますし、3.10強制労働の「戦争の遂行に重要だと考えられる地域に住んでいた多くの人々は拷問、従軍慰安婦、恣意的な逮捕および処刑、などの戦争犯罪を経験したとされる[72]」と、議論が分かそうな記述がありますし、国会図書館オンラインで調べると、薄い資料ではなく、326ページの本と分かりますので[1]、WP:Vの点でも、ページ数記載が必要です。
- 4.1 ジャワ島「シャフリルに次いで著名な」。WP:APTですので、削除願います。そもそもシャフリルにリンクが付いていません。
- 4.2 カリマンタン島「一部の資料によると」。注が二つ付いているのだから、この表現は不要でしょう。
- 「カリマンタン島でマレーのスルタン全員を含むマレー人エリート」。現在の国境同様、島の北部を「マレー」とするのでしょうか。
- 4.3 スマトラ島の「バユ」が何処か分かりません。また3か所の村名がローマ字のままですが、不明なら、思い切って地名をコメントアウトしてしまってもよいかと思います。
- 5.3各地の武装蜂起での、日本軍の行動が、読んでもよく分かりません。戦闘を放棄したのか、戦ったのか。日本兵がインドネシア語で「インドネシア独立万歳」「インドネシアの独立に光栄あれ」と血で書いたのですか?
- 5.5 捕虜の「西側の被収容者」とは地理上の事なのか、非共産圏のことか、どちらでしょう。日本軍人なら、この記述は不要では。またTNIが何の略か、記されていません。
- 5.6 インドネシア独立戦争「インディエがなくなると災難が生まれる」。日本語版なのですから、多少不正確でも「インドネシアがなくなると」と言い換えるべきでは。
- 6.2 政治的影響の「いずれ日本が敗北すると予想しており、このため日本軍政監部に協力をした[272]。」は、おかしくないですか。日本の敗北を予想したから、日本軍と対立して一日も早く潰そうと考えるものではないのでしょうか。
- 6.3 社会的影響の「字常会」とは何でしょうか。
- 6.4 軍事的影響の「アンボン島では…オランダに移住した[281]」は、日本軍統治とは繋がりが乏しい、この記事では不要な情報ではないでしょうか。
- 6.5 経済的影響「平和条約(1951年)発行」。「発効」のミスですね。
- 6.7 慰安婦問題「政治犯の1人としてブム島に送られた作家」。「ブル島」の入力ミスでしょうか。
- 「広報されなかったため」。「元従軍慰安婦の為の施設と広報されなかったため」との言葉が必要なのでは。
- 6.8 文化的影響「1970年代初版の教科書」。日本で言うなら、どの学校(小学校・中学校・高等学校)にあたる教科書でしょうか。
以下、対応です。
- 削除しました。
- 削除しました。
- 編集しました。
- 削除しました。
- 現地の従業員や関係者が日本人である必要はないと考えたので、出典をもとにこのように書きましたが、他の文献にはもっとうまい説明があるかもしれません。
- 出典をつけました。原文の英語版を確認したところ、「覚書は拒否された」の出典も同じ出典(旧[47]、現[48])でした。
- 見つかりましたら加筆します。他の記事に使われている地図があるかもしれません。
- ムラユ語の状況については、「19世紀から1910年代」の「蘭印政府はオランダ語の普及には努めず」以下の説明がご参考になるでしょうか。
- 華人の状況については、注釈9や注釈25の「華人の国籍は複雑な状況となっていた」以下の説明がご参考になるでしょうか。なお、華人については関連文献の貞好 (2016)が詳しいので、今後機会があればこれを出典に加筆します。
- 独自研究は避けたく思います。
- 含まれます。
- 編集しました。
- 越田(1995)の出典位置が不明なので、記述を削除して越田(1995)を関連文献に移しました。この記事全体にいえることですが、他の出典と重複する記述もあるので、情報を伝える上で大きな問題はないと考えました。
- 削除しました。なお、シャフリルは他の節にリンクがあるので、ここでは付けませんでした。つけた方がよければ編集歓迎です。
- 削除しました。
- 「カリマンタン島の」と編集しました。
- 不明瞭な記述を削除しました。
- 不明瞭な記述を削除しました。
- 不明瞭な記述を削除しました。
- 独自研究は避けたく思います。
- 独自研究は避けたく思います。
- 字常会について加筆しました。
- アンボン島をめぐる事情について加筆しました。
- 編集しました。
- 編集しました。
- 編集しました。
- 編集しました。--Moke(会話) 2021年9月19日 (日) 23:38 (UTC)
- 返信 (会話:Mokeさん宛) :素早い対応、誠に有難うございました。お疲れさまでした。--Falcated(会話) 2021年9月20日 (月) 13:06 (UTC)