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Wikipedia‐ノート:削除依頼/項順序

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長文失礼。

    • 即時削除できるか。
      • 個々の投稿の著作物性を考えるならスのGさんの解釈でいけるように思いますが、細かな編集が行われた改変版を共同著作物とするならすべての投稿者の許諾が必要だという解釈も成り立つように思います。即時削除すると、校正やカテゴリ付けなどの著作権上の扱いについての解釈を決定づけてしまうような気がします。この点については、数学の知識ではなく、GFDL、著作権、Mediawikiの観点からの意見を望みますが、議論は長期化しそうです。また、IPの投稿者とCropさんが同一とみなすということを前提にしていますが、これに異論が唱えられる可能性もあります。
    • 削除できるか
      • 削除理由としては、Fを持ち出す必要があるでしょう。初版投稿者が即時削除とし、Aによって削除依頼が出されたと考えれば、初版投稿者の削除意志があることをもって、F-1と捉えるなら、参加者の同意によって削除できるはずです。ログを見ると、これは原則として削除対象ではないものについて、合意があれば削除できるとするものですが、今のところ同意が得られていないので、使えないとしましょう。
      • F-2と考えるなら、数学記事においては、現在の記述が加筆する上で有用ではなく、かつ閲覧者にとっても誤解や混乱を導くということであれば、削除理由となると思われます。まず、執筆者にとって、現在の記述が加筆の役に立つのか立たないのか、そしてこの項目を執筆することはないが閲覧し内容を理解する上で有用かどうか、という判断が必要だと思います。今のところ閲覧者としての立場に立った意見が見られないように思います。閲覧者としては、たとえば「項順序」自体についての理解は不十分だが、関連する分野を勉強していて、何らかの必要性があるような人が想定されるでしょう。残念ながら、ぼくには判断ができませんが、そのような立場にある利用者、または数学系の執筆者の方々は、閲覧者の立場になってご意見を述べて頂ければと思います。加筆にも閲覧にも役立たないのであれば、削除すべきかと思います。
    • 白紙化を保持するか、記述を掲示するか
      • 加筆または閲覧に有用であるということであれば、記事としては存続することになるでしょう。閲覧には有用だが記述には有用ではないということであれば、記述を掲示して、後の執筆者が全面的に改稿することで対処、加筆には有用であるが記述の不十分さによって何らかの誤解や混乱を導く可能性があるのであれば、加筆する意志がある人が現れるまでは、積極的に白紙を保持するという選択がよいように思います。
  • というわけで、お手数ですが、それぞれのご意見を頂ければ幸いです。ある程度専門的な内容については、その内容を理解していないという自覚があるのであれば、判断の一部を理解している人に委ねることも必要です。もっともらしく相当量の情報がある記事があったとしても、その内容が対立する学説の一方に著しく偏っていたり、全面的に整理しなければいけないような状態ならば、多くの記述を除去することもあり得ますし、十分な知識がなければその判断ができないこともあるでしょう。他方、専門分野の執筆をしている方々は、困難ではあるでしょうがその分野における事情があるならば可能な範囲で説明していただけると助かります。Cropさんは「恥」という表現を使っていらっしゃいますが、既に指摘されている通り、どこが恥なのかはわかりにくいですし、初版投稿者の記事の私物化と受け取られてもしょうがない面もあるように思います。たとえば物理学と比べても、数学の場合は抽象的な概念を扱うために、正確さなどに問題はなくとも中途半端な記述のままでは読者の理解を誤った方向に導いてしまうことがあるというようなことは、なんとなくですが、想像できますから、そのような理由を挙げて頂ければ、削除に同意する意見も増えるのではないかと思います。--Ks aka 98 2007年1月5日 (金) 16:15 (UTC)[返信]
自然科学スタブカテゴリから数学スタブカテゴリへの貼りかえ(800以上の記事に使われているカテゴリであり決して荒らしとは思えません)など初版投稿者以外からの編集がある記事の即時削除をOKとすることは、極論した場合、初版投稿者はいつでも記事を削除できるといったことにもつながりかねないと考えます。
他の編集者の手が加わった場合、POVタグ、正確性タグなど、要出典など、初版投稿者から見たら不快に思い、荒らしではないかと思うような編集のみが加えられたとした場合でも、きちんと通常の削除依頼を行ない、そこで合意が得られれば削除もありだとは思います。専門外の人だけで記事の存続の是非が判定困難と思われる今回のケースのような場合は、事前にウィキプロジェクト数学などできちんと合意を取った上で、削除依頼を出せば通る可能性も多いと思います。ただし、記事の編集方針と異なり、出来上がったものを無に帰するものなので例えば3日程度といった短期ではなく、議論する時間は十分すぎるくらい長くとっても差し支えないと思います。Crop氏が恥をかいたといっている意味がわかりませんが、後ろめたいものがなければ即時削除以外の方法を取ってよかったと言えますし、要出典が貼られた部分が出典を明記できない、または出典を明記することで自分のプライバシーが明らかになるため出典を示したくないというのであれば、要出典が貼られた部分を削除して英語版により近い程度の分量に記事を編集することも可能な方法だったと思います。要出典が貼られた部分を削るのは、履歴に自分の敗北が残るから、ご破算にしたかった、と想像することもできてしまいます。私が想像していることは、事実と大きく異なる曲解したものである可能性ももちろんありますが、疑念を抱かれないようなやり方が取られていればという感想です。「李下に冠を正す」ようなものでした。-Tiyoringo 2007年1月5日 (金) 17:19 (UTC)[返信]

論点の整理ありがとうございますl。僕は白紙化せずに存続を主張していますが、理由は:

  • 即時削除の対象ではない:Ks aka 98さんが指摘されているように、校正やカテゴリ分類の編集をGFDL適用の成立条件から外すという判断はコミュニティによる議論を待つべきことであり、この件に対して今即時削除の方針1.2.3を適用するのは拙速にすぎます。
  • 削除の対象ではない:Cropさんによるコメントからはこの記事がスタブであるという以上の問題点は読み取れません。他の記事への統合以外にも、加筆依頼やグレブナー基底の執筆・翻訳依頼などCropさんの当初の構想に近い形で現在の記事内容を生かすためにできることはまだ残っているようにみえます。
  • 現在の記述に誤解を招く表現は含まれていない:要出典タグが貼られている部分については132人目さんが指摘されたコックス、リトル、オシー『グレブナ基底と代数多様体入門』やそこで引用されているBayes, Stillman "A criterion for detecting m-regularity" Invent. Math. 87 (1987) があるので特に問題はないようです。

などです。僕自身もグレブナー基底についてはよく知らないのですが、上に挙げた『グレブナ基底〜』やen:Gröbner basisをざっと見た限りでは現在の項順序の記述がグレブナー基底に何らかの形で生かされる余地があるように思います。--Makotoy 2007年1月6日 (土) 01:17 (UTC)[返信]


スタブカテゴリが、たったの800項目というのは半分も行ってないですよね。あまり使われていないのですね。専門外の人だけで記事の存続の是非を判定するような状態にして、滅茶苦茶にしてしまったのは、何も知らないTiyoringoさん本人であり、ウィキプロジェクト数学に振りたいのであれば、Tiyoringoさん本人がそうすれば良かっただけのことです。何も知らないTiyoringoさんが、追求するようなことでは無いですけどね。先に即時削除が通ったとしても、必要であれば、議論した後で復帰することもできるわけですから。そして、この分野の人があたかも沢山いるように、想像されているようですが、ほとんど人なんていません。さらにこういった場に出てくる人となると、私と、Lemさんと、Makotoyさんくらいなものです。私が削除、Lemさん…つまりCropさんが削除で、ほとんど削除という事で決まったようなものです。その他、何も知らないTiyoringoさんみたいな方が、乱入して、引っかき回すことがあるくらいです。今書かれている単項式順序や全順序などの、定義の部分については、記号の違いはあれ、どなたでも見なくても自分なりに書けるものでしょう。書けない段階なのであれば、新規であれ、翻訳であれ、この周辺に触れるのは、かなり怖いかと思います。書きたいときは、履歴を背負ったものを無理にひっぱる必要は無く、自分で書けばいいわけで、それができない人に、何かを教えてもらおうというのはかなり危険な事でしょう。本人も嫌がる履歴を無理に残すといったような、陰険な嫌がらせにも同意できません。項順序という項目が、グレブナー基底に寄っていたから、こういう話になりましたが、こういったものは、前史的な部分も含んでいて、例えば、対称式#ウェアリングによる方法では、辞書式の単項式順序を用いています。ですから、グレブナー基底の話に偏っていていいのかどうかも、また、考えさせられる所で、そういった意味で、現状が閲覧者にとっていいのかどうかは、難しい所です。この項目をどういった方向で書くかは、かなり自由度があります。既にある構想に引き摺られる必要は、ありません。--132人目 2007年1月6日 (土) 02:23 (UTC)[返信]


Lemさんがウィキペディアを離れてしまった今では遅きに失しました。私の前のコメント自体がすでに時期を逸しており、なんとも残念です。さて、一般論として今後どこかで議論すべき論点としては、上でみなさんがおっしゃる (1) 校正やカテゴリ分類の編集に著作性を認めるか、GFDL上の取り扱いを(日本語版では)どうするか、そしてもうひとつ、(2) 価値がある記事の唯一の著作者と認められたユーザーに、白紙化や削除などを含め、どの程度の裁量を認めるか、という 2点があるかと思います。私ごとを申し添えますと、私自身が著した化学記事について削除を要求することはございませんので念のため。--スのG 2007年1月6日 (土) 02:36 (UTC) 下線部挿入。用語を間違えてはいけませんでした。訂正いたします。--スのG 2007年1月8日 (月) 00:11 (UTC)[返信]

余談気味ですが、CropさんとIPアドレスが同一人物であるという前提に立って、GFDLから考えるならば、即時削除は可能だという理屈は成り立ちますし、出版会の慣習としては編集者による校正やキャプション付けなどは著作権の保護の対象とは考えません。ただし、Mediawikiの表示からは、共同著作物と判断すべきという解釈も成立すると思われ、これらについては、明確にどちらかを採ることは困難なように思います。完成前の著作物の扱いについては、ごく最近でも異なる視座からの論文があったりします。
著作物性に踏み込まないで、(2)を制度化するのは、可能性がありそうな気がします。--Ks aka 98 2007年1月6日 (土) 17:24 (UTC)[返信]
(2)ぼんやりと、公表権で議論できないだろうかと考えていたのですが、そのためには著作物性に踏み込む必要が生じてしまうのですね。単なる制度として立ち上げるためには、もっと単純な事例が積み重なるまで待ったほうがよいような気がします。--スのG 2007年1月8日 (月) 00:11 (UTC)[返信]