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Wikipedia‐ノート:削除依頼/貨幣進化論

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特筆性のジャンル別ガイドラインの必要性

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特筆性ってそんなに厳格なものなの?映画の記事だと、さほどヒットした映画じゃなくても、製作されて公開されたってだけで、ほとんどの映画タイトルがとくに物言いも付かないで記事として存続してますよ。新潮社って言ったら、おそらくgoogle検索件数何千万件かそれ以上の有名出版社で、そこが本を出すってのは、内容に特筆性があるからでしょ?「特筆性」のないことを本にするワケないんだから。まあ、さすがに「週刊新潮何月何日号」なんてタイトルの記事はやりすぎでしょうけど、単行本のタイトルだったら、アリじゃないんですか?どうも、特筆性というものの意味がよく分からない。特筆性が無いってのは「書くほどのことじゃない」ってのは分かるんですけど、音楽でいえば、(『港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ』のような特殊なケースを除いて)レコードのB面の曲で記事を立てちゃいけないというのは分かりますが、書籍でそれに相当するのは、短編小説とか短編エッセイでしょ?単行本一冊というのは、自費出版とかはともかく、メジャーな出版社だったら出ただけで特筆性があると思うのですが。映画、CD、書籍などジャンル別での特筆性の標準を示したガイドラインのようなものは存在するのですか?在るなら、どなたか出してみてください。--Monavino 2011年7月8日 (金) 08:52 (UTC)[返信]
まず、新潮社の出す本には全部特筆性があるというのは乱暴だと思います。星の数ほどある書籍の中で、特に特筆に値するものが、私の言っている特筆性のある本です。
私が、少なくとも時期尚早である、と書いたのは、例えば1950年代に出版されたランダウ、リフシッツの『理論物理学教程』や1924年に出版されたクーラン、ヒルベルトの『数理物理学の方法』(英語版)のような教科書を念頭においています。これらがいまだに物理の教科書として定評があるといわれていることを考えれば、時間を超えた何らかの価値があるという意味で、特筆に値するといえるのだろうと思います。
あるいは、10年も20年もたって、なお、その分野を代表する本であり続ければ、もちろん特筆に価すると思います。例えば、『菊と刀』や『タテ社会の人間関係』がいまだに日本人論の書籍の代表と考えられているような場合です。これらような場合は、しばらくたたないと評価できません。
ただ、私自身の結論として、特筆性はない、と書いたのは、NEONさんのおっしゃるような、社会的な反響があるわけでもないし、また本の内容が頻繁に引用されている様子が全くないからです。今日日の出版物は今話題にならなけれは、きっと将来も話題にならないでしょう。お書きになった記事を拝見する限りでは、通常の経済学の教科書にあるような内容に見えます。今後、改めて反響が起こるような書籍なのでしょうか。社会的な反響という意味で私が特筆性のある書籍をあげるとすれば、それは例えば『資本論』や『種の起源』です。要するに歴史の教科書に出てくるような本は、文字通り歴史的書籍といってよく、歴史を変えたあるいは時代を代表しているという意味で特筆に価するといって構わないと私は思います。
もちろん、目新しい内容でなければ特筆性がないといっているわけではありません。『不思議の国のトムキンス』は、その内容の新しさではなく、その表現の方法で話題になったといえる本で、今なお、科学啓蒙書の傑作として売られ続けています。
また、はっきり言って、誰が出版したかは、私は関係ないと思います。権威ある出版社が出版したものでなくても『腹腹時計』のような書籍は、その社会的な反響や影響を考えれば、十分特筆性があると私は考えます。要するに、私の言う特筆性は、マークシートで何点以上、というような性質のものではありません。
最後に、特筆性があるから、自動的に百科事典の記事としてふさわしいといっているわけでもありません。Tiyoringoさんのおっしゃるような捕らえ方もあるからです。「(ガイドラインのようなものが)在るなら、どなたか出してみてください。」と挑戦的に書かれていますが、私は、個別にみんなで判断する以外にないと考えています。まさに、ここで今やっているように。 --Bo-ci-an 2011年7月8日 (金) 20:18 (UTC)[返信]

他の書物での他者からの言及の度合いが高い、というのが、特筆性の一つの目安だというのは、なんとなく分かりました。--Monavino 2011年7月9日 (土) 01:02 (UTC)[返信]

やっぱり、ちょっと厳しすぎると思いますぜ。いま、福島と熊本の県立図書館(県の選定は無作為)で、本書のタイトルを検索したら、両館ともこの本が蔵書されてましたよ。大手出版社から出てて、かつ税金で成り立ってる県立図書館の幾つかに所有されるくらい公益性の認められた書物に、特筆性うんぬんを言うのはおかしい。「その程度で記事として立項してたらキリが無い」というトーンのご発言が幾つかあったけど、ウェブ百科事典でしょ?紙の本と違って容量を気にする必要も無いわけだし、一般の百科事典が載せないようなことも載せられるからウェブ事典の価値があるはずだし。「そんなこと言ったら、日本語の本が全部載っちゃうじゃないか」「新潮社の単行本が全部載っちゃうじゃないか」って、仮にそうなったとして何か問題あるの?「グローバル・ブレイン」が充実するだけの話じゃないですか。--Monavino 2011年7月12日 (火) 22:40 (UTC)[返信]
問題として、ウィキペディアが悪い意味で百貨事典ではなくなってしまう事が推定されています。--117.53.16.3 2011年7月12日 (火) 23:23 (UTC)[返信]

あらら、削除されちゃった。今回は必ずしも特筆性の有無が決め手になったわけではないのかもしれないけど、今後の話として、特筆性テンプレを濫用したら、ウェブ百科事典ならではの良さを失って、悪い意味での百科事典になってしまうと思いますが、それについては「ノート」でやりましょう。[1]--Monavino 2011年7月14日 (木) 07:45 (UTC)[返信]