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Wikipedia‐ノート:削除依頼/西之島新島 (2013年)

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本件の考え方

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存続票投票者です。ウィキペディアはとても自由度の高い運用体制を執っており、それゆえ利用者間の意見が合わないのもしばしばで、私も長年やっていますがいまだ研究段階から離脱することは到底叶いません。ですから以下の考え方は強制でもアドバイスでもお願いでもなく、お読みになられた皆様方それぞれが価値があるものだと判断した場合に、ご自身の考え方に取り込んでいただければ幸いです。逆に反論がある場合などは書き足していただけると助かります。

今回目的となっているのは「記事の一本化(統合とは限らない)」そして「正しくない記事名の解消」であり、これは全員が一致しているところと思われます。問題はその実現方法ですが、選択された「継承された元の記事を削除してしまう方法」は確かに可能です。GFDLの最低要件は「最新版と投稿したすべての利用者の名前があればOK」であるため、投稿するたびに要約欄に過去の投稿者の名前を列挙していくことで過去版のすべてを消してしまうことも出来てしまいます。しかしこれでは集団編集ツールとしての機能が損なわれているのは明白です。

つまり法的と履歴不継承の避けられない削除以外は、極力損失のない方法で理想のページを構築することが求められます。損失とは、さまざまなものがありますが投票時に申し上げた「投稿者の投稿記録のリストを失うこと(平たく言うと他者投稿の削除)」が最も大きなものであり、その相手が有力者であればあるほど、対象者が多ければ多いほど、そのリスクは高まります。

今回背負うリスクは大きくないかもしれません。でも避けられるのであれば避けたほうがよいものです。それは「改名後リダイレクト化」で回避が可能です。--Triglav会話2014年1月19日 (日) 17:25 (UTC)[返信]

「これでは集団編集ツールとしての機能が損なわれているのは明白です。」とのことですが、私にとっては明白ではありません。ここでいう「機能」とは具体的には何でしょうか? これが第一の疑問です。GFDLの要件上は履歴の保存が必要ないことには合意いただけているようです。必要のないものを残しておかないことを「機能を損なう」とは普通は云わないはずですね。
Arterialmaterialさんがいうように「記事の内容自体は複数の執筆者が労力を割いて作成した」ものであることへのリスペクトということなら、主旨は理解できます。ところがTriglavさんは西之島での版指定削除を実施した上でなら当該記事の削除に反対しないとおっしゃる。この場合、履歴は私が提案した以上に徹底的に消えてなくなるわけで、そうなるとTriglavさんは一体何に重きをおいているのかということがさっぱりわからなくなるわけです。これが第二の疑問。
「投稿者の投稿記録のリストを失うこと」の「リスク」というのがまたわかりません。「リスク」とは具体的に何でしょうか。これが第三の疑問。さらに「有力者」とは何でしょうか? これが第四の疑問。ウィキペディアの執筆者に有力も無力もないでしょう。執筆者が「有力者」であることによって如何なる「リスク」が深まるのでしょうか? さっぱり見当がつきません。
というわけで、ご主張の主旨が私には全くつかめないわけです。どうやら「履歴」というものの捉え方に大きな隔たりがありそうだということだけはわかります。オモテの議論は大体で意見は出揃ったように思われるので、近いうちに裁定が出るだろうと期待しますし、それに従う所存ですが、それはそれとして後学のために上記の疑問にお答えいただければ幸いです。--Kojidoi会話2014年1月22日 (水) 11:52 (UTC)[返信]
お返事の前に1問お答えいただけますか?
この削除依頼が依頼内容どおり通ったとして、その後ある日突然「貴方が統合の際に要約欄に記載した利用者名は間違ってますよ」という言いがかりを付ける第三者が現れました。Kojidoi様は、どのように正しさを証明して問題を回避しますか? --Triglav会話2014年1月24日 (金) 12:21 (UTC)[返信]
既に述べている通り本件にはそのような「正しさを証明」して回避すべき問題はないのですから、意味のない反問でしょう。--Kojidoi会話2014年1月24日 (金) 13:35 (UTC)[返信]
前回、私が申し上げた「現行版のみを残して過去版のすべてを消す」提案を行っても、おそらく賛同してくださる方はいらっしゃらないでしょう。反対に「ばか、まぬけ」とかの投稿であれば(これも全員の一致で)逆に削除となります。つまり、GFDLのルールとは違うウィキペディアの都合による削除と存続の境界が、この間のどこかに存在しています。
では、なぜ過去版を残すのか? その理由は、集団編集において最初の人が書き込んだものに対して次の人がエラーを起こしてもさらに次の人が原因箇所を突き止め修正したり、元の状態に戻したりして、現行版を正常な表示にするためであり、これがエラーの内在や散発する悪戯攻勢に耐えられるウィキペディアの打たれ強さとなります。この強さを崩さないためにも、履歴のつながりは元の元まで大切にしたいと私は考えています。なので履歴を継承しないのであれば(削除しなければならない理由は私にはわかりませんが)今回の投票時に伝えたとおり削除議論には干渉しません。
私は執筆者ではないからこそ言える。法的・履歴不継承の絶対的なもの、および悪戯書き・超未熟な端書き・宣伝等の大勢からから否定されるようなものでなければ、(当該執筆者に対して)恐れ多くて削除の意思を示すことなど出来ない。--Triglav会話2014年1月25日 (土) 16:16 (UTC)[返信]
疑問の1から3までは何とか掴めたような気がします。一般論としては同感できる部分もあります。しかし、本件の事情をどう考えるかはまた別の話でしょう。一般論と個別案件の話がごっちゃになっています。本件では当初、履歴継承も視野に作業をした。やってみたら有意な情報は出典のURLしかなく、その他の遺すべき情報はすべて統合先の記事に既に包含されていた。これは統合に向けた作業をしてみて初めてわかったわけです。だから表面上「履歴継承の手順」を踏んだように見えるけど、別にそれは履歴継承を貫徹しなければならないことを意味しないのです。結局のところ、本件に限っては「エラーの内在や散発する悪戯攻勢に耐えられるウィキペディアの打たれ強さ」をことさら配慮すべき事情は見当たらない。一方、リダイレクトとしても不適切な記事名が残ることは確実にウィキペディアの品質を下げます。このデメリットは回避しなければなりません。これが削除の理由です。「私は執筆者ではないからこそ…」以降はその前と論理的に繋がっていないようですがリプライしておくと、私としては申し訳ないが当該記事は「超未熟な端書き」の範疇にあると考えています。--Kojidoi会話2014年1月26日 (日) 02:57 (UTC)[返信]
「超未熟な端書き」と判断されたのなら最初からそのように(継承なしで)対応なさっていれば、なにも問題はなかったのですが。継承後に気付かれたのなら、継承もキャンセルするべきでしょう。--Triglav会話2014年1月26日 (日) 23:58 (UTC)[返信]
継承が成立していなくても実質的な問題が起こりえないことは既に説明しました。要約欄にそれっぽいことを書いたからといって、継承成立としてそのような義務や義理をかせられる筋合いはないでしょう。形式主義的な議論に意味は無いと思います。--Kojidoi会話2014年1月27日 (月) 12:47 (UTC)[返信]
もともと「強制でもアドバイスでもお願いでもなく」としてますので、このへんにしておきます。作成物の生き残りと切り捨ての境界は、履歴が数珠でつながっているかどうかというところで判断するということを信じて、履歴統合なる作業を請け負っていますので、今後も投票やコメントで皆様にお伝えしていくことにします。--Triglav会話2014年1月28日 (火) 12:32 (UTC)[返信]