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Wikipedia‐ノート:削除依頼/特定アジア20070505

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Wikipedia:削除依頼/特定アジア20070505から、コメントを移動しました。可読性を著しく損ねるので、賛否に対するコメントないしコメントに対するコメントは、削除依頼項目のノートで行うようにお願いします。--Lonicera 2007年5月5日 (土) 15:02 (UTC)[返信]


  • (コメント)別冊宝島は、いわゆるサブカルチャー雑誌であり「信頼できる資料」としては不適切でしょう。社説については存じておりませんでした。何新聞の何月何日の社説でしょうか?--H.Nakasugi 2007年5月5日 (土) 11:31 (UTC)[返信]
  • (コメント)正論は社説ではなくオピニオン・コンテンツという位置づけでしたね。サブカル雑誌がダメということは、オピニオン誌である諸君!で用いられている言葉なら問題なしということで終了です。向日葵三十郎 2007年5月5日 (土) 11:50 (UTC)[返信]
  • (コメント)何年何月号ですか?言葉が使われているかどうかではなく、「独自研究」かどうかを問題としているのですが、なぜ出典として表記されていないのでしょうか?--H.Nakasugi 2007年5月5日 (土) 12:02 (UTC)[返信]
  • (コメント)ありがとうございます。で、これは「使用例」ですよね。一般的に使用されているかどうかは問題としていませんよ。「独自研究」かどうかを問題としています。--H.Nakasugi 2007年5月5日 (土) 13:00 (UTC)[返信]

(インデント戻し)

  • (コメント)ノートに移されてしまいましたが、「何が独自研究か?」という問いがありましたので、お答えしたいと思います。まず、『これに対して、本記事において「特定アジア」と定義する中国と韓国の2ヶ国のみが』とありますが、これは、特定アジアの定義がWikipedia独自のものであり「信頼できる資料」に基づくものではないことを示しています。この表現からは、特定アジアの定義が複数あるように読み取れますが、本項目では対象国として『一般的には以下の3ヶ国のみを指す』とされています。ここで「一般的」の根拠は何も示されていません。出典を示さずに、「一般的に」などとして定義を行うことは、Wikipedia:言葉を濁さないでも言及されているように、中立性を損なう表現です。また、『インターネット上等で利用されてきた』『侮蔑的表現と考えられ』『使用が拡大しつつある』といった表現も、出典・調査が無く編集者の主観に基づくものです。誰が考えたのか不明です。さらに「識者によるアジアの捉え方」についても、特定の議論において議論の範囲を限定するものであり、本項目の「特定アジア」とは直接関係無く、語源についても『このセクションはこじつけもいいところです』(NiKe 2007年3月10日 (土) 10:57 (UTC))と指摘されたまま、なんら改善が見られません。客観的な出典のある記述は、せいぜい「国際世論調査にあらわれた特定アジアの対日本観」のセクションのみですが、これを根拠として「『アジア』の縮小解釈の必要性」を論じているのですから、独自研究以外の何者でもありません。そもそも世論調査は、特定アジアに関するものではありません。特定アジアと結び付けていることが独自研究です。また、どの文献に『特定アジア(とくていあじあ)は、アジアの中で声明など特定の条件により区分された国の総称』などと言う研究成果等が発表されているのでしょうか?部分的に出典を挙げて中立的な観点を装っていますが、最初の定義からして根拠の無い独自研究です。そして「ノートで出典は示されている」と言う方もいらっしゃいますが、それならば、その出典を本項目に書けば良いだけです。出典として数ヶ月も示されていないのであれば、何らかの原因で「書くのは不適切」と言う判断があると推測されても仕方がないでしょう。Wikipedia:独自研究は載せないが公式な方針となった今、再度、出典がない曖昧な表現の多い本項目の削除を検討すべきです。--H.Nakasugi 2007年5月5日 (土) 15:42 (UTC)[返信]
  • 移動していただいたのに恐縮ですが、上記コメントは削除依頼の中核となる説明ですので依頼の方に記述してください。ご返答などは、こちらで結構です。あちらでも、構いません。--H.Nakasugi 2007年5月5日 (土) 16:18 (UTC)[返信]
  • 「何が除外されるか」ですが、「ウィキペディアで公開されるいかなる事実、意見、解釈、定義、論証も、信頼できる媒体において、その記事の主題に関連する形で、既に発表されていなければなりません」とあります。特定アジアの定義、拡大しつつあるといった論証、縮小解釈の必要性といった意見又は解釈などが、信頼できる情報源において未発表です。少なくとも、どれにも出典が示されていません。これまで示された出典は、「単語が使用されている」という出典のみであり、定義等の出典は皆無です。--H.Nakasugi 2007年5月5日 (土) 16:24 (UTC)[返信]

コメントの頻度をどのぐらいにすべきか

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という話なのですが、自分は「削除依頼は賛否を投じる場、枝葉の議論はノートで」という考えであり、以前からそれを表明してきました(単純に「依頼の場でコメントが連なると読みにくくなる」という意味合いもありますが)。依頼の側で無言雀師さんがおっしゃっているように、長文の説明をするならノートに書いた上で「(コメント)詳細はノートに書きました」という方法で十分だと思います。--Lonicera 2007年5月6日 (日) 14:54 (UTC)[返信]