アカキア・ドレパノロビウム
アカキア・ドレパノロビウム | |||||||||||||||||||||||||||||||||
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アカキア・ドレパノロビウム(タンザニアにて)
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保全状況評価[1] | |||||||||||||||||||||||||||||||||
LEAST CONCERN (IUCN Red List Ver.3.1 (2001)) | |||||||||||||||||||||||||||||||||
分類(APG IV) | |||||||||||||||||||||||||||||||||
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学名 | |||||||||||||||||||||||||||||||||
Vachellia drepanolobium (Y.Sjöstedt) P.J.H.Hurter[2] | |||||||||||||||||||||||||||||||||
シノニム | |||||||||||||||||||||||||||||||||
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英名 | |||||||||||||||||||||||||||||||||
whistling thorn など(詳細は#諸言語における呼称を参照) |
アカキア・ドレパノロビウム[3](学名: Vachellia drepanolobium)とはマメ科(クロンキスト体系ではネムノキ科)の樹木の一種である。ケニア、タンザニアなどアフリカに分布する(参照: #分布)。
1908年に Acacia drepanolobium として記載されて以来この学名で知られていたが、近年一部の専門家によりアカシア属のうちオーストラリア産のもののみをアカシア属、それ以外のものを他属とする動きがあり[4]、本種は2008年になってバケリア属に移された[5][1]。
本種の特徴はアリが棲んで共生する虫こぶのようなものをいくつも持っていることであり、他の伝統的にアカシア属とされてきた木本と同様に刺も有する(参照: #特徴)。共生するアリは本種を好んで食べるキリンなどが1株ばかりに集中することを抑制する役割を持つ(参照: #アリとの共生関係)。なお、この「虫こぶ」はヒトが食べることも可能である(参照: #ヒトによる利用)。
フルートアカシアという和名をあてた資料が存在する[6]。また、アリ植物の一つとして紹介され、和名としてアリアカシアがあてられている例も存在する[7]が、これは別種 Vachellia sphaerocephala にも用いられている(参照: #関連項目)。
分布
[編集]スーダン、南スーダン、エチオピア、ソマリア、ケニア、タンザニア、ウガンダ、コンゴ民主共和国に分布する[1]。
ウガンダにおいてはカラモジャ地方やムバレ県で、ケニアにおいてはナイロビ国立公園で、タンザニアにおいてはモシやドドマ州、セレンゲティ国立公園にてよく見られる[8]。
生態
[編集]ケニアにおいては(木や藪の混じる)草原地帯、特にリフトバレーにおいては普通黒綿土[注 1]上に豊富に見られ[10]、標高1,300-2,400メートル地帯において最も普通に見られる[11]。ケニア中央部の半乾燥性の低木サバンナ地域であるライキピア地区では、アリと共生するアカシア類の樹木の95パーセントがこのアカキア・ドレパノロビウムであることが多い[12]。
アリとの共生などについては#他の生物との関係を参照。
特徴
[編集]高さ1-6メートルの低木あるいは高木で扁平あるいは広がった樹冠を持つ[10]。幹はほとんど分枝しないものの、通常細い小枝(長さ2-7センチメートル)が水平に密に生える[13]。樹皮は灰色あるいは黒色、粗く、最後は割れる[10]。刺はまっすぐで灰色あるいは白っぽい色、長さ(0.6)1.5-6(8[13])センチメートルで節で対になり、大きく紫色あるいは黒色の膨れた基部(径3.5センチメートル以下)を持つものがある[10]。この基部は虫こぶ(のようなもの。詳細は#他の生物との関係を参照)であり、数が多く後に硬化し、黒くなり[13]、主にシリアゲアリ属(Crematogaster)のアリの巣となる[注 2]。
葉は2-6センチメートル[13]、羽状葉で3-13対の羽片を持ち、小葉は11-22対、1.5-5.5×0.7-1.2ミリメートルである[10]。
花は頭状花となり、白色あるいはクリーム色で[10]芳香がある[13]。
果実は莢果で平滑あるいはほぼ平滑、狭披針形で[13]赤茶色あるいは黒色、鉤形または螺旋形で4-7×0.5-1センチメートル、裂開性である[10]。
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全体。
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枝先。
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「虫こぶ」と葉。
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花。白っぽい頭状花である。ナニュキ近郊にて。
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花。ナニュキ近郊にて。
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莢果。ナニュキ近郊にて。
他の生物との関係
[編集]アリとの共生関係
[編集]伝統的にアカシア属とされてきた種で刺を有するもののうち約10パーセントは刺の基部が大きく膨張して虫こぶのようなものとなるが、これはアリによって誘導されたわけではないので真正の虫こぶとは言えないものである[12]。アリたちは新しくて軟らかく緑色の「虫こぶ」の穴を噛んで内側を空洞にして小規模なコロニーを形成するが、この「虫こぶ」は時が経つにつれて暗い色となり、硬化して防御性も上がる[12]。樹上のアリのコロニーは他の草食性昆虫を捕食をはじめとする攻撃的な手段で追い払い、キリンなど草食性哺乳類すらも攻撃する[12]。
#特徴節でも触れたようにアカキア・ドレパノロビウムの場合は主にシリアゲアリ属のアリを樹上に棲まわせているが、これはアリにとってはシェルターが提供されている上に葉茎から蜜を分泌してコロニーを潤して貰っている状態である[14]。アカキア・ドレパノロビウムはキリンに好まれるが、アリがキリンの顔や首にたかって刺すことでキリンは長時間1つの木ばかりを狙うことができず、食べ過ぎが抑制されている[14]。こうした仕組みに関して生物学者たちは、蜜がアリにとっての「みかじめ料」の役割を担っているのでは、と考えている[14]。なお、アカキア・ドレパノロビウムを防御するアリの種類に着目した研究も行われ、それによるとケニアでマサイキリンとアミメキリンがアカキア・ドレパノロビウムに近接している時間と食事の時間を計測したところ、Crematogaster mimosae が最も攻撃的で C. nigriceps がこれに次ぎ、別属(ナガフシアリ属)の Tetraponera penzigi は全くキリンたちを遠ざけた様子が見られなかった(Martins 2010)[15]。
アリと共生する植物は本種の他にも何種類も存在する(参照: #関連項目)。
ヒトによる利用
[編集]ケニアでは新鮮な虫こぶは食用となり[10]、甘味のほかしばしばかすかな苦みがあり牧人に好まれるが、あまりに若く(暗)緑色のものは苦い上に分泌液が多く、熟して赤紫色となり中が空洞化してからが食べ頃である[11]。また内樹皮の繊維は甘みを帯びた苦味を持ち、マチャコスにおいては噛んで味わわれる[11]。また枝は柵作りに用いられ、成木は薪としてうってつけであり、葉・若枝・新鮮で軟らかい「虫こぶ」は家畜のヤギやラクダ、それにウシやロバの飼料として優れている[11]。他には木炭作り、薬用(樹皮)、蜜源といった使い道もある[16]。
諸言語における呼称
[編集]- 英語: whistling thorn[10][17]、black galled acacia[10] - 空洞な「虫こぶ」にあいた穴に風が当たると口笛のような音が鳴る場合があり、「口笛を吹く刺」と呼ばれる[18]。
ケニア:
- カンバ語: kiunga[10](複数: iunga)[11]
- キクユ語: ruai[17](ルアイ)、muruai[11]
- キプシギス語(Kipsigis): mugurit[10]、muguruit、mukuruit[11]
- サンブル語: luai[10][11]、rangau[10]、rankau[16]
- スワヒリ語: mbalibali[11]
- トゥゲン語(Tugen): ngowo[10]
- トゥルカナ語(Turkana): eiyellel[10]、eyelel[11]
- マサイ語: eluai[10]、eluaai(複数: iluaa)[11]
- ルオ語: adugo[10][11]、dugna、dunga[19][11]、nduga[19]
- レンディーレ語: fulai[10]、fulaay[11]
脚注
[編集]注釈
[編集]- ^ 英: black cotton soil(s)。vertisols とも呼び、深く粘土質に富むことが特徴で、インド中央部および南部には黒綿土の平原が見られる[9]。
- ^ このアリは Acacia drepanolobium としての原記載文献である Schwed. Zool. Exped. Kilimandjaro 8 において Cremastogaster admota Mayr[ママ]などとされている。
出典
[編集]- ^ a b c BGCI & IUCN SSC Global Tree Specialist Group (2018).
- ^ Maslin (2019).
- ^ 冨山 (2003).
- ^ ポレ (2013).
- ^ Vachellia drepanolobium (Y.Sjöstedt) P.J.H.Hurter. 2019年3月3日閲覧。
- ^ Folch (2012).
- ^ 湯浅 (2012:57,60).
- ^ Richards (2013).
- ^ Krishna (2014:223).
- ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s Beentje (1994).
- ^ a b c d e f g h i j k l m n Maundu, Ngugi & Kabuye (1999).
- ^ a b c d Shorrocks (2016:121).
- ^ a b c d e f Kokwaro & Johns (1998:9).
- ^ a b c Benyus (1998).
- ^ Shorrocks (2016:121f).
- ^ a b Maundu & Tengnäs (2005).
- ^ a b Benson (1964).
- ^ 湯浅 (2012:60).
- ^ a b Kokwaro & Johns (1998).
参考文献
[編集]英語:
- Beentje, H.J. (1994). Kenya Trees, Shrubs and Lianas. Nairobi, Kenya: National Museum of Kenya. ISBN 9966-9861-0-3
- "ruai" In Benson, T.G. (1964). Kikuyu-English dictionary. Oxford: Clarendon Press. p. 407. NCID BA19787203
- Benyus, Janine M. (1998). The Secret Language of Animals: A Guide to Remarkable Behavior. ISBN 1-57912-036-9(日本語訳: 『動物言語の秘密 暮らしと行動がわかる』嶋田香、上田恵介 共訳、西村書店、2016年。ISBN 978-4-89013-757-2)
- Botanic Gardens Conservation International (BGCI) & IUCN SSC Global Tree Specialist Group (2018). Acacia drepanolobium. The IUCN Red List of Threatened Species 2018: e.T49277271A135815962. doi:10.2305/IUCN.UK.2018-2.RLTS.T49277271A135815962.en Downloaded on 16 November 2021.
- Contu, S. (2012). Acacia bussei. The IUCN Red List of Threatened Species 2012: e.T19892420A19997688. doi:10.2305/IUCN.UK.2012.RLTS.T19892420A19997688.en Downloaded on 26 February 2019.
- Kokwaro, John O.; Johns, Timothy (1998). Luo Biological Dictionary. East African Educational Publishers. pp. 9, 36, 63, 129. ISBN 9966-46-841-2
- Krishna, K. R. (2014). Agroecosystems: Soils, Climate, Crops, Nutrient Dynamics, and Productivity. Toronto and New Jersey: Apple Academic Press. ISBN 978-1-4822-0342-4
- Maslin, B. (2019). WWW: World Wide Wattle (version 2, Jan 2018). In: Species 2000 & ITIS Catalogue of Life, 20th February 2019 (Roskov Y., Ower G., Orrell T., Nicolson D., Bailly N., Kirk P.M., Bourgoin T., DeWalt R.E., Decock W., Nieukerken E. van, Zarucchi J., Penev L., eds.). Digital resource at www.catalogueoflife.org/col. Species 2000: Naturalis, Leiden, the Netherlands. ISSN 2405-8858.
- Maundu, Patrick and Bo Tengnäs (eds.) (2005). Useful Trees and Shrubs for Kenya, p. 61. Nairobi, Kenya: World Agroforestry Centre—Eastern and Central Africa Regional Programme (ICRAF-ECA). ISBN 9966-896-70-8 Accessed online 20 April 2019 via http://www.worldagroforestry.org/usefultrees
- Maundu, Patrick M., Grace W. Ngugi and Christine H. S. Kabuye (1999). Traditional Food Plants of Kenya. KENRIK, National Museum of Kenya, Nairobi.
- Richards, Dave (2013). Wildlife of East Africa: A Photographic Guide. Cape Town, South Africa: Struik Nature
- Shorrocks, Bryan (2016). The Giraffe: Biology, Ecology, Evolution and Behaviour. Chichester, West Sussex, UK: Wiley Blackwell. ISBN 9781118587478. NCID BB27224156. LCCN 2016-25833
日本語:
- 冨山稔『世界のワイルドフラワーI 地中海ヨーロッパ/アフリカ;マダガスカル編』学習研究社、2003年。ISBN 4-05-201912-1
- 熱帯植物研究会 編『熱帯植物要覧』(第4版)養賢堂、1996年、148頁。ISBN 4-924395-03-X。
- Folch, Ramon 編、大澤雅彦 総監訳『サバンナ』(世界自然環境大百科 3)朝倉書店、2012年。
- セドリック・ポレ 著、國府方吾郎 監修、南條郁子 訳『世界で一番美しい樹皮図鑑』創元社、2013年。ISBN 978-4-422-43010-2(原書: Pollet, Cédric (2008). ÉCORCES: Voyage dans l’intimité des arbres du monde. Ulmer. ISBN 9782841383566)
- 湯浅, 浩史『世界の葉と根の不思議 環境に適した進化のかたち』誠文堂新光社、2012年。ISBN 978-4-416-21211-0。
ドイツ語:
- Sjöstedt, Yngve, Wissenschaftliche Ergebnisse der Schwedischen zoologischen Expedition nach dem Kilimandjaro, dem Meru und den umgebenden Massaisteppen Deutsch-Ostafrika 1905–1906 8: 116, t. 6 fig. 7-8, t. 7 fig. 2-a (1908) - Acacia drepanolobium としての原記載文献。書名は『キリマンジャロ、メル、ならびに周辺のマサイステップへのスウェーデン動物学学術調査の学術的成果』と訳し得るが、この書で個別の項目を設けて解説されている対象の大半は昆虫である。本種について最初に命名を行った人物はヘルマン・ハルムス(Hermann Harms)という植物学者・分類学者であったが、彼による学名を有効な状態としたのは本来昆虫学を専門とするシェーステットであった。
関連文献
[編集]英語:
- Mabberley's Plant-book ed. 3 1021 (2008) NCID BA85923337 - Vachellia drepanolobium という組み替え名が発表された文献。
- Martins, Dino (2010). “Not all ants are equal: Obligate acacia ants provide different levels of protection against mega-herbivores”. African Journal of Ecology 48 (4): 1115–1122. doi:10.1111/j.1365-2028.2010.01226.x.
関連項目
[編集]- Vachellia bussei - エチオピア、ソマリア、ケニア、タンザニアに分布(Contu 2012)。シノニムの Acacia bussei として本種と同じ文献が原記載となっている(pp. 117–118)。刺つきで膨らんだ「虫こぶ」を持つが、こちらは基部がくびれて膨らみ方が細長くなり、色も白っぽい(Beentje 1994)。
- Vachellia collinsii(シノニム: Acacia collinsii)- 湯浅 (2012:62) で「アリノスアカシア」として紹介されている種。同書によるとこちらはコスタリカに生育し、葉先に蛋白質などを含むベルティアン体というものが見られ、これを幼虫に食べさせ、成虫は葉柄の蜜腺から出る蜜や幹に棲ませたカイガラムシの尻の汁を餌とするクシフタフシアリ属(Pseudomyrmex)のアリが巣を作る。
- Vachellia cornigera(Acacia cornigera)- 中米原産。
- Vachellia horrida(シノニム: Acacia horrida)- ケニアには亜種 benadirensis が見られアリと共生するが、こちらは倒円錐形か複数の幹を持つ樹形で刺は膨れても基部は球状にならず、小葉は5-11対、莢果は2.2-6×1.5-2.5センチメートルである(Beentje 1994)。
- シッティム(Vachellia seyal; シノニム: Acacia seyal)- ケニアに見られ、変種 fistula は基部が球状に膨れた刺を持つが、こちらは樹皮が平滑で黄緑色もしくは橙赤色、花が黄色である(Beentje 1994)。
- Vachellia sphaerocephala (Cham. & Schltdl.) Seigler & Ebinger(シノニム: Acacia sphaerocephala Cham. & Schltdl.)- 熱帯植物研究会 (1996) で「アリアカシア」として掲載されている種。別名: アリノスアカシア。同書によるとこちらはメキシコ原産で花は黄色、葉の一種としてベルト氏小体というものが見られ、これに含まれる蛋白質を食べるプソイドミルマ(Pseudomyrma、あるいは Pseudomyrmex)というアリが棲む。
- Vachellia zanzibarica(シノニム: Acacia zanzibarica)- ケニアに見られ、刺つきで球状に膨れた基部を持つが、こちらは小葉が3-10対で花が明黄色である(Beentje 1994)。