Template:戦闘車両/testcases
ここは、Template:戦闘車両のサンドボックス・サブページに対応したテンプレート・テストケースです。 右のボタンをクリックするとテストケースが更新されます。 更なる情報とオプション このページに複雑なテンプレートの使用例を多く記述した場合、MediaWikiの制限によりページの終端部周辺で誤動作を起こす可能性があります。この誤動作が発生した場合、発生したページのソースに追加された「NewPP limit report」というコメントを参照してください。
また、特別:テンプレートを展開でテンプレートの使用結果を実験することも出来ます。 このページを表示する外装を変更する: |
沖縄に上陸するLVT。戦艦テネシーが火力支援。 | |
基礎データ | |
---|---|
全長 | 7.95m |
全幅 | 3.25m |
全高 | 2.49m |
重量 | 16.5t |
乗員数 | 3名(最大33名) |
乗員配置 |
操縦1名、射手2名 搭載30名 |
装甲・武装 | |
装甲 | 6-13mm |
主武装 | 50口径12.7mm M2HB機関銃 |
副武装 | 30口径7.62mm M1919A4機関銃 |
機動力 | |
速度 |
32km/h 12km/h(水上) |
エンジン |
ライト製 W670 7気筒エンジン 250hp |
懸架・駆動 | トーシラティック |
行動距離 |
240 km 80 km(水上) |
出力重量比 | 15.2 hp/t |
データの出典は不明です。 |
LVT(Landing Vehicle Tracked, ランディング・ヴィークル・トラック)とは第二次世界大戦中にアメリカ海軍と同海軍海兵隊が運用した水陸両用トラクター(Amphibious Tractor)。略称としてアンプトラック(AMPHTRACK)、アムトラック(AMTRAK)、アムトラク(AMTRAC)などがある。直訳で軌道式上陸車両になるが、日本でいう水陸両用装軌車にあたる。
開発
[編集]LVTは一般的に知られていた救出車に由来してアリゲーターと呼ばれた。1935年に湿地に阻害された地域の行動を目的としてドナルド・ローブリングによって元のアリゲーターを発展、機械化したアリゲーターが開発され、車両と船舶がより一体化した。その2年後、ローブリングは再設計を行って水上速度を改善したアリゲーターを完成させた。アメリカ海軍海兵隊はペート中佐らが研究していた戦争における水陸両用作戦のドクトリンとライフ誌の記事を通じてそういった車両に興味を持ち、軍事利用のための水上行動に向いた車種の開発をローブリングにもちかけた。海軍の要望を満たすため、多くの改修が行われた後、車両はLVTと名づけられた。フード・マシーナリー・コーポレーション(FMC)に200台が発注され、殺虫剤、スプレー、ポンプや農業具の生産がアリゲーターに置きかえられた。結果、同社の主要取引相手はアメリカ軍になった。現在、その部門はBAE システムズのBAE システムズ・ランド・アンド・アーマメント (BAE Systems Land and Armaments) となっている。
最初のLVTは24名の乗員と2,000kg(4,500ポンド)の重量物を輸送することができた。当初、船から海岸へ補給物資の輸送を目的としていたため、装甲など防御力が欠如し、地質の堅い地形の場合はLVTとそのサスペッションは頼りにならなかった。間もなく海兵隊はLVTを攻撃性を備えた車両としての可能性を認めた。装甲は火力と共に改良され、スチュアート戦車シリーズ(M3軽戦車)の砲塔を搭載したLVT(A)-1、M8 自走榴弾砲(スコット)の砲塔を搭載したLVT(A)-4などが採用された。これらは水陸両用戦車はアムタンク(AMTANKS)と呼ばれ、スチュアートの新型エンジンを搭載してサスペッションを改良することで陸上における機動力も改善された。
生産は終戦まで続けられ、18,621台のLVTが製造された。1940年代の終わりには一通りの試作車が作成、テストされたが、資金不足のため生産には至らなかった。海兵隊は新型が登場しないことが判明するとLVT-3とLVT(A)-5を近代化改修をほどこし、1950年代後半まで運用した。
戦歴
[編集]LVTはガダルカナル戦において後方支援に使用されたが、初めて上陸作戦に使用されたのはタラワ攻撃であった。タラワにおいて、LVTは珊瑚礁や浅瀬だらけの浜辺を乗り越え、輸送を成功することでその価値が証明された。LCVPヒギンズ・ボート(上陸用舟艇)に乗船して上陸した部隊が日本軍の強固な防御によって珊瑚礁の突破ができず、胸まで深さのある浅瀬かそれより深い海辺を徒歩で進まなければならなかったのと対照的な結果である。上陸用舟艇組は多数の犠牲者を出し、海岸にたどり着いたほとんどの者がライフルを始めとする装備を失っていた。もっとも有用性が明らかになった一方で、投入された125台のLVTのうち80台以上が防御砲火により損傷し、作戦終了時には稼動できるLVTはわずか35台という防御力の低さも露呈した。アリゲーターは的確な構想に基いて働いたものの、より効果的にするために装甲の添加や強化など改善が必要であった。
タラワの経験を元に上陸用のLVTには標準化した増加装甲が用意された。そして、火力支援を提供するためにLVT(A)-1、AVT(A)-4などのアムタンクが開発された。後部機関銃を取り外してより大きい砲塔リングを採用し、75mm榴弾砲をオープントップ式に装備した。そのため、日本軍の歩兵からの攻撃に脆弱になったが火力支援には効果的だった。マリアナ諸島攻略に投入されたアムタンクは本来の上陸だけでなく、内陸でも使用された。
LVTが多数用意されたレイテ島上陸で9つのアムトラック部隊と2つのアムタンク部隊が配置された。上陸にあたって戦闘が起きなかったため、最も少ない活動の作戦だった。その後、1000台以上のLVTが沖縄戦に投入された。
LVTのほとんどが太平洋における作戦で使用されたが、終戦間際にヨーロッパでも使用された。イギリス軍はバッファロー(Buffalo)と名づけ、スヘルデ川の戦いで連合軍が使用した。プランダー作戦においてポー川などいくつかの渡河に使用された。また、戦後もLVT-3Cと改良されたLVT(A)-5は朝鮮戦争でも使用され、フランス軍がアメリカから供与されたLVT-4とLVT(A)-4をベトナム戦争や第二次中東戦争で使用した。