コムソモーレツ・ウクライーヌィ (大型対潜艦)
SKR-25 コムソモーレツ・ウクライーヌィ | ||
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1983年11月30日にベイルート沖で撮影された コムソモーレツ・ウクライーヌィ | ||
艦歴 | ||
SKR-25 СКР-25 | ||
起工 | 1959年9月15日 第200造船工場 | |
進水 | 1960年12月31日 | |
コムソモーレツ・ウクライーヌィ Комсомолец Украины | ||
改称 | 1962年10月9日 | |
竣工 | 1962年12月31日 | |
所属 | ソ連海軍黒海艦隊 ロシア海軍黒海艦隊 | |
退役 | 1991年6月24日 | |
除籍 | 1992年12月31日 | |
解体 | 1995年5月3日 | |
要目 | ||
艦種 | 大型対潜艦 | |
艦型 | 61号計画型 | |
工場番号 | 1701 | |
排水量 | 基準排水量 | 3400 t |
満載排水量 | 4390 t | |
全長 | 144 m / 132 m(水線長) | |
全幅 | 15.8 m / 14 m(水線長) | |
喫水 | 4.6 m / 4.6 m(水線長) | |
機関 | COGAG機関M-3 | 2 基 |
ガスタービン機関M-8E | 4 基 | |
出力 | 72000 hp 52900 kWt | |
スクリュー | 2 基 | |
電源 | ディーゼル発電機GTU-6 | 2 基 |
供給電力 | 52900 kWt | |
速力 | 35.5 kn | |
航続距離 | 3500 nm/18 kn(巡航速度) 3000 nm/23 kn 2600 nm/34 kn | |
行動期間 | 10 日間 | |
乗員 | 士官 | 22 名 |
水兵 | 244 名 | |
武装 | 艦対空ミサイル連装発射機ZIF-101 M-1「ヴォルナー」 | 2 基 |
艦対空ミサイルV-600(M-1) | 32 発 | |
76.2 mm連装両用砲AK-726 | 2 基 | |
30 mm連装機関砲AK-230 | 4 基 | |
5連装魚雷発射管PTA-53-61 | 1 基 | |
12連装対潜ロケット弾発射機RBU-6000「スメールチ2」 | 2 基 | |
対潜ロケット弾RGB-60(RBU-6000) | 96 発 | |
6連装対潜ロケット弾発射機RBU-1000「スメールチ3」 | 2 基 | |
対潜ロケット弾RGB-10(RBU-1000) | 14 発 | |
機雷 | 20 発 | |
指揮機 | 戦闘情報統禦装置「モーレU」 | |
電探 | 汎用捜索電探MR-300「アンガラー」 | 2 基 |
水上捜索電探「ヴァイガーチ」 | 2 基 | |
射撃管制装置 | 射撃管制レーダー4R-90「ヤタガーン」(M-1用) | 2 基 |
射撃管制レーダーMR-105「トゥレーリ」(火砲用) | 2 基 | |
ソナー | 「チターン」 | |
「ヴィーチェグダ」 | ||
電子戦装備 | 電子戦対抗装置「ザリーフ」 | |
電子戦対抗装置「クラープ11」 | 2 基 | |
電子戦対抗装置「クラープ12」 | 2 基 | |
音響警備装置 | 2 基 | |
測距儀 | 光学電子測距儀MT-45 | 3 基 |
通信機 | 装備一式 | |
IFF | 装備一式 | |
搭載機 | Ka-25PLO | 1 機 |
コムソモーレツ・ウクライーヌィ(ロシア語:Комсомолец Украиныカムサモーリェツ・ウクライーヌィ)は、ソ連で建造された大型対潜艦(Большой противолодочный корабль)である。艦名は、ロシア語で「ウクライナのコムソモール員」という意味。建造地であり、母港も置かれたウクライナ共和国を記念し、またコムソモールの40年に亙る貢献を讃えた名称である。
概要
[編集]建造
[編集]コムソモーレツ・ウクライーヌィは、61号計画によって建造される最初の艦艇として起工された。工場番号は1701号艦で、当初は対空・対潜警備艦(Сторожевой корабль противовоздушной и противолодочной обороны)に分類された。当初は、艦名もまた「第25号警備艦」を意味するSKR-25(СКР-25)であった。
SKR-25は、1959年9月15日にニコラーエフの第200造船工場(現在の61コムナール記念造船工場)で起工、同年11月10日にソ連海軍へ登録、1960年12月31日には進水した。その後、1962年10月9日には艦種が大型対潜艦に変更され、艦名もコムソモーレツ・ウクライーヌィと改められた。その年の12月31日に竣工し、1964年11月23日付けで黒海艦隊に編入された。
活動
[編集]1964年6月18日から25日にかけて、セラフィム・チュルシン黒海艦隊司令官の指揮下、コムソモーレツ・ウクライーヌィは巡洋艦ミハイル・クトゥーゾフ、大型対潜艦ソオブラジーテリヌイと艦隊を組み、ユーゴスラヴィアのスプリトを訪問した。
1960年代後半には、中東戦争に関連する実戦任務に就いた。第三次中東戦争直後の1967年7月5日から30日の期間、エジプトに対する軍事支援任務を遂行した。
1970年5月8日から18日にかけては、アルジェリアのアルジェを訪問した。1977年5月23日から1979年8月7日にかけては、セヴァストーポリの「セヴモルザヴォート」にてオーバーホールを受けた。
1986年11月18日から21日にかけては、ギリシャのピレウスを訪問した。1987年11月17日から21日にかけては、チュニジアのチュニスを訪問した。1989年6月28日から7月2日にかけては、トルコのイスタンブールを訪問した。
最期
[編集]資金資産局への引渡しと解体・売却のため、1991年6月24日には退役となった。1992年11月9日には軍艦旗を降ろし、1992年12月31日付けで海軍を除籍された。
艦はトロツキー湾に繋留されていたが、1995年5月3日にはインケルマーンに曳航され、3週間の内に解体された。
外部リンク
[編集]- Большой противолодочный корабль "Комсомолец Украины" Черноморского Флота (黒海艦隊の公式ページ)
- Большой противолодочный корабль проекта 61 "Комсомолец Украины"
- Сайт «АТРИНА» • Большой противолодочный корабль пр.61 типа «Комсомолец Украины»
- Большие противолодочные корабли типа “Комсомолец Украины” (проект 61)
- «Поющие фрегаты». Большие противолодочные корабли проекта 61
- БПК проекта 61 "Комсомолец Украины" - Army.lv
- Тип «Комсомолец Украины» (проект 61) / Военный портал
- Энциклопедия кораблей /Фрегаты /61 Комсомолец Украины