EFREI Paris
モットー | Ingénieurs en mouvement |
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種別 | グランゼコール |
設立年 | 1936年 |
所在地 | フランス、ヴィルジュイフ市 |
公式サイト | www.efrei.fr |
フランス電子工学・計算機科学校(フランス語:École Française d’électronique et d’Informatique、EFREI Paris)はフランスの理工系グランゼコール。フランス計算機科学・デジタル技術総合工学校(École d'ingénieur généraliste en informatique et technologies du numérique)と呼称される場合もある。
校史
[編集]1936年、無線技術の需要の高まりを背景にフランス無線学校(École Française de Radioélectricité、EFR)がパリ市で創設され、商船隊の運用に関わる技術者を多く育成した[1]。EFRは第二次世界大戦後の1945年にグランゼコールとしてフランス政府に認可された[1]。以降、より専門的な無線技術の研究・教育を担う様になり、やがて電気工学・通信工学全般にまで分野を広げた。
1972年、EFRを卒業したベトナム系フランス人の工学者アンドレ・チュオン・チョン・チーが「Micral N」を設計[1]、チュオンは現在も「フランスにおける計算機の父」と見做されている。教育における計算機科学の比重が増した事から、1973年にEFRはフランス電子工学・計算機科学校(EFREI)に改称された。1987年、学生数の増加に対応する為、キャンパスがパリ市内から同じイル=ド=フランス地域圏のヴァル=ド=マルヌ県にあるヴィルジュイフ市に移転された。
EFREIと専門分野が共通する高等計算機科学・通信工学大学(Esigetel)と協力協定を結び、2017年にEsigetelと統合してEFREI Parisに改称した[1]。
2017年、高等計算機科学・通信工学大学(École supérieure d'ingénieurs en informatique et génie des télécommunications、Esigetel)と統合してEFREI Parisに改称した。
出身者
[編集]- 前身であるEFR及びEFREI、統合されたEsigetelの卒業生・退校者を含む
- ポル・ポト(政治家、民主カンプチア首相)
- アンドレ・チュオン・チョン・チー(技術者、Micral Nの設計者)
- ダヴィド・ガーレ(技術者、Symphony Communicationの開発者)
関連項目
[編集]出典
[編集]外部リンク
[編集]- www.efrei.fr 公式サイト
- eng.efrei.fr(英語版)