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Category‐ノート:英語版から翻訳

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ウィキペディア記事のソースとして、英語版からの翻訳文章を主な情報源として立てられた記事につけるカテゴリ-。--Northface 2010年5月15日 (土) 04:52 (UTC)[返信]

ウィキペディアのソース内にあるカテゴリは外部サイトからの移入につかうもので、ウィキメディア内部の記事からの移入にはカテゴリは付与しません。要約欄を持って代用します。--hyolee2/H.L.LEE 2010年5月15日 (土) 05:00 (UTC)[返信]

それは公式ルールですか、それとも貴殿の考えですか?--Northface 2010年5月15日 (土) 05:04 (UTC)[返信]

対話も無しに、いきなり削除申請とは驚いた。最近は色んな参加者がいるものだ。--Northface 2010年5月15日 (土) 05:19 (UTC)[返信]

翻訳依頼翻訳中途の関連カテゴリとしてなら許容されるでしょうが、出典カテゴリとしては検証可能性信頼できる情報源を満たさない自己出典となり不適でしょう。英語版の自己言及はしないには一文あるんですけどね。johncapistrano 2010年5月15日 (土) 05:22 (UTC)[返信]
もう少し詳しく解説願えますか?
私としては「英語版翻訳の記事だからといって信頼性が担保されているわけではない」という認識をもっています。従い、翻訳により立てられた記事にはそれなりのフラグを付ける必要があると考えています。
英語版の元記事自体がwikipedia英語版の参加者により、記事が改訂され変化しつつあるときに、翻訳記事は翻訳時点の誤謬を内包した状態で続くこともありえます。
翻訳記事をたてるということはそのような副作用があることはあまり認識されていない。
したがいフラグをつけておけば、心ある人が元の英語版を参照して、誤謬が正された場合には日本語版の翻訳記事にも反映させることは容易でしょう。
これがフラグがない場合には、記事が翻訳を元にしているのか、オリジナルなのかは履歴をたどらないと不可能です。--Northface 2010年5月15日 (土) 05:34 (UTC)[返信]
それならなおさらメンテナンス用カテゴリにすべきですね。出典カテゴリの子カテゴリとしてはあり得ません。johncapistrano 2010年5月15日 (土) 05:38 (UTC)[返信]

それは、翻訳記事は脱稿したあとも、メンテナンスカテゴリ(?)を付け続けるべきという意見でしょうか?--Northface 2010年5月15日 (土) 05:40 (UTC)[返信]

2010年5月15日 (土) 05:34 (UTC)のご意見も同様でしょう。この場合検証可能性を満たさない記述がなければ外してもいいと思いますが。johncapistrano 2010年5月15日 (土) 05:45 (UTC)[返信]

よくわからないのでもう一度質問します。「本カテゴリには反対だが、翻訳記事にはメンテナンスカテゴリを継続して付け続けるべきだ」という意見でしょうか?--Northface 2010年5月15日 (土) 05:48 (UTC)[返信]

作成したのはあなたでしょう…。出典カテゴリとしてはあり得ないが、メンテナンス用カテゴリであれば許容される可能性がある。johncapistrano 2010年5月15日 (土) 05:54 (UTC)[返信]

>「英語版翻訳の記事だからといって信頼性が担保されているわけではない」

それは全ての言語版の記事全てに言えることでしょう。誰も端っから翻訳記事だから信頼性に劣るとか初稿から日本語版にあるから信頼性が高い記事だとは思っていないと思いますよ。日本語版にある記事の精度を高めるのはそれを利用する者でしょう。常に翻訳元の記事に追随して修正、追記ができるわけがない。 逆にそんな先入観を持って「レッテル貼り」をしようという方がどうかしていると思われる。--210.132.173.134 2010年5月15日 (土) 05:59 (UTC) johncapistranoさんへ、私の質問への回答は「本カテゴリは不同意だが、翻訳記事にはメンテナンスカテゴリをつけるべきである」という意見でよろしいですね。 210.132.173.134さんへ、もう一度私の意見をお読みください。問題のポイントはメンテナンスです。[返信]

翻訳記事を不用意に移入すること(移入した後のメンテナンスを考慮せずに)に関する懸念は、私とjohncapistranoさんは問題意識共有しています。ただ、その解決手段に関しては現時点意見の相違がありますが。--Northface 2010年5月15日 (土) 06:08 (UTC)[返信]

>「記事が改訂され変化しつつあるときに、翻訳記事は翻訳時点の誤謬を内包した状態で続くこともありえます。」
うーん、だから初稿から日本語の記事と英語から翻訳された記事ではどのように違うのでしょうか?これで完成という記事がありえない(誤謬の無い状態が後から別の利用者により破壊される可能性もある)システム上で何がどのように違うと考えておられるのかが分かりません。どちらにしろ誤謬が含まれている可能性に違いは無いように思えるし、その記事のメンテナンスをする意識にも違いは無いように思います。メンテナンスをしようという意識の芽生えに「これは英語版からの翻訳記事だから誤謬が含まれている可能性が高い。」という思い込みが強い人のみには役立つレッテルだとは思いますがね。
私にはjohncapistranoさんがあなたの提案をむげに却下しないで落としどころを見つけてくれているようにしか見えません。--210.132.173.134 2010年5月15日 (土) 06:28 (UTC)[返信]

>「これは英語版からの翻訳記事だから誤謬が含まれている可能性が高い。」という思い込みが強い人 これは誰の発言ですか? 私の発言はこうです。「英語版翻訳の記事だからといって信頼性が担保されているわけではない」 真意をねじ曲げて引用されると議論になりません。 実際のところ、日本語ではじめから書かれた記事は玉石というか石の割合が多いのは誰でも認めることでしょう。それは私も否定はしません。しかしここでの議論は翻訳記事のメンテナンスに関してです。--Northface 2010年5月15日 (土) 06:36 (UTC)[返信]

頭に>が付いていない「」は引用のつもりはありません。ですからそれは私の発言です。
翻訳記事であろうともそうでなくとも「常に誤謬を含んでいる可能性がある。」という認識は同じくしていると理解しています。つまり「どのような記事でも常にメンテナンスが必要とされる状態にある(かも)しれない。」と、ここまではよろしいでしょうか?
読者が日本語の記事を読んで内容に疑問を感じたらどうするでしょうか?wikipedia以外の情報源を調べて確認するのではないでしょうか。もしそれが翻訳記事だと気付いて元の言語版を見に行ってそこで日本語版の内容との違いを発見することもあるかもしれません。そこでこの記事はメンテナンスがされていないと思いその時自分が見ているものをそのまま翻訳して日本語版に反映させても大丈夫でしょうか?その状態に誤謬が混ざっていないといえるでしょうか?
そう考えると「どういう視点」で外国語版から翻訳された記事のメンテナンスを初稿から日本語で書かれた記事と区別する必要性があるとお考えなのかが理解できていません。--210.132.173.134 2010年5月15日 (土) 07:01 (UTC)[返信]