Category‐ノート:三島家
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改名提案
[編集]「三島家」が一意でないことから、Category:三島家 (薩摩藩士の家系)への改名、残骸の削除を提案します。--常熊存翁(会話) 2023年9月21日 (木) 08:15 (UTC)
- 賛成 提案者票。--常熊存翁(会話) 2023年9月21日 (木) 08:15 (UTC)
- 提案 「三島家」が三島通庸の家系だけではないので改名、という点については同意です。ただ家の特定にあたって「〇〇藩士の家系」は基本的に止めた方がいいかと存じます。「〇〇藩士」は数多くいるため特定性に欠け、同姓の別の藩士とか、あるいは分家とか本家の系統が同じ藩内に存在するというケースもかなり多いです。特に薩摩藩は士分が多いので、その危険が大きいと思います。三島通庸の家系を指す表現なら「子爵家」や「華族」といった表記をつける方が完全に特定されるのでそちらの方がいいと思います(三島という苗字の華族は通庸の家系のみです)。またこの家は特筆性のある人物が通庸をはじめとして近代以降にしかおらず、分類されている記事も近代以降の人物記事ばかりですから、その意味でも近代における称号の方が適切と思います。Category:児玉伯爵家、Category:宍戸子爵家、Category:渋沢子爵家、Category:吉井子爵家、Category:大給子爵家などの前例があるので同じ表記方法で「Category:三島子爵家」を提案いたします。--mona(会話) 2023年9月21日 (木) 12:23 (UTC)
- 返信 (Omaemona1982さん宛) 反応していただきありがとうございます。「更新を通知」がオンになっていなかったため全く気付かず、提案に対応することが遅くなってしまいました。申し訳ありません。
まずは、一意でないことによる改名自体への賛成、そして、その上での改名先についての新たなご提案、重ねてありがとうございます。現状では、私はその提案内容につきまして 反対 の立場であることを示したいと思います。以下に私見、理由を掲げますので、改めてご意見などをいただけるとありがたいです。- 私は、家系を特定する最も有用な方法は本姓(ウヂ)であると考えており、その上でいくつか立項・改名してきました(藤波家など)。この三島という苗字を冠する家に於いては、同記事に書いたように共に越智宿禰を本姓としており、私の考える有用な特定方法が使えませんでした。そこで、本記事の立項に際しては「薩摩藩士の家系」を用いました。
- 「〇〇藩士の家系」を家系特定に用いるという点について、確かに例を挙げていただいた通り、独立した本家・分家の可能性、同苗字他姓・同苗字他系の可能性などから控えたほうがいいことは納得できますが、殊に薩摩藩内の三島姓に於いては、
とあるように、(特筆性を有する)「薩摩藩士」としてはこの三島家だけに限定することができると考えます。三島 みしま 南北朝期の文和三年の知色城攻味方交名注文に、三島儀平の名が見える。
■鹿児島衆に三島氏がある。寛永一三年山口の辺に三島主計助がいた(鹿児島市史Ⅲ)。
■薩摩藩士に、三島通庸がいた。通庸は、明治四年東京府に出仕し、のち各地の県令などを務め、警視総監に就任し、明治二〇年子爵を授与された。子の弥太郎は貴族院議員・日本銀行総裁となった。その子に義温がいる。家紋は折敷に縮み三文字。東京都渋谷区に住む。 — 『鹿児島県姓氏家系大辞典』 - 現状たしかに分類されている記事が近代以降の人物だけですが、特筆性ある人物が近代以降しかいないというご判断は、通庸以前の三島家の家系を精緻に文献調査されたうえでのご意見でしょうか。もしそうであるならば、どの資史料を確認されたのかお教えいただきたいです。さもなくば「三島子爵家」などは、今後通庸以前の特筆性を有する人物が立項された際にカテゴリ名にそぐわなくなると思います。
- したがって、薩摩藩士として代々藩に仕え(て、のちに通庸を輩出し華族になっ)たこの家系は「薩摩藩士の家系」とするのが妥当であると考え、本記事名にこれを用い、カテゴリも記事名に従うべきとして改名提案を行った次第です。重ねてになりますが、改めてご意見くだされば幸いです。--常熊存翁(会話) 2023年9月28日 (木) 03:12 (UTC)
- 返信 (Omaemona1982さん宛) 反応していただきありがとうございます。「更新を通知」がオンになっていなかったため全く気付かず、提案に対応することが遅くなってしまいました。申し訳ありません。
- 丁寧なご返信ありがとうございました。まず通庸に特筆性のある先祖はいないと断言したのは言い過ぎでしたね。申し訳ありませんでした。いる可能性もあるが、現状ではいることが立証されておらず、実際記事もないといった方が正確だったかもしれません(引用していただいた辞典の三島儀平や三島主計助というのは先祖でしょうか。引用部分だけだと関係性が明らかではありませんが)。「Category:三島子爵家」だと「通庸以前の特筆性を有する人物が立項された際にカテゴリ名にそぐわなくなる」というお話の件ですが、そのお考えでいけば逆にCategory:三島家 (薩摩藩士の家系)だと、薩摩藩士だったことが一時もない三島通陽の記事などがそぐわなくなるのではないかと思います。また南北朝時代の三島儀平という人がもし先祖で、この人の記事ができたとしたら、やはりそぐわなくなるのではないでしょうか。この件は私が「近代以降の人ばっかりだから三島子爵家でいいだろう」みたいなことを言いだしたためにこういう話になってしまったと思います。申し訳ありません。改めて仕切りなおしまして、私の考えを述べますと、カテゴリ内で「三島通庸の家系」という定義がされているため、基本的には「:Category:三島子爵家」であろうと「:Category:三島家 (薩摩藩士の家系)」であろうと別に厳密にその時代の範囲だけに限定する必要はなくて、先祖だろうが、子孫だろうが通庸の家系ならカテゴリ内に入れればいいのだと思います。あとは「:Category:三島子爵家」と「:Category:三島家 (薩摩藩士の家系)」ではどっちがより特定できているかというだけの話であって、私としては該当するのが一家しかない前者の方がより特定されていると考えるわけです。それに比べて辞典に記載されていたのが通庸だけだったから特筆性がある三島姓の薩摩藩士は通庸だけであろうという推測を挟む形になる「:Category:三島家 (薩摩藩士の家系)」の方は若干危険度が高いように思えます。wikipediaでは普通の網羅的な辞典類には乗らないようなレベルのマイナー人物まで結構記事にされてますし。以上から私としては「:Category:三島子爵家」の方でいいと思うのですが、いかが思われますでしょうか。--mona(会話) 2023年9月28日 (木) 14:57 (UTC)
- 返信 (Omaemona1982さん宛) monaさん(私もこう略させてください)、こちらも丁寧な返信ありがとうございます。また、再び遅くなり申し訳ございません。
まず、ご返信を戴く前の私の意図していたところをお伝えしたいと思います。辞典内に載る三島家の諸系統は、史料に一度出るような儀平でさえ解説されているのに、薩摩藩士と説明されているのは通庸の家系のみであるため、これは家系を特定するのに充分有効であると考えました。また、カテゴリの解説部分は、記事名に従い{{Catmore}}を用いようと思っていました。
次に、ご返信を戴いて考えたことです。子爵家とすればそれ以前の人物にそぐわないが薩摩藩士の家系とすると薩摩藩士ではなくなって以降に生まれた通陽などが逆にそぐわなくなってしまうと言われ、確かにそうかもしれないと思いました。また、辞典に記載されていた「薩摩藩士」が通庸だけ、というのは若干危険度が高いという点、これは認めざるを得ないですね。単一の辞典でなく、もっと複数の辞典および資史料を確かめて、その上で判断した方が良いと思いました。そこで、もう少し家系を特定するための調査の時間をいただけないでしょうか。調査の過程で家系について記載されている資料がある旨を知ったためその資料調査をし、その他の辞典類の確認等も行い、その上で「:Category:三島家 (薩摩藩士の家系)」が適切か不適切かを判断したいと思います。不適切と判断した場合は、monaさんが提案してくださった三島子爵家か、第三案が見つかれば改めて提案しようと思います。(現在新型コロナウイルス罹患中のため自由に動くことができず……。すみません。)--常熊存翁(会話) 2023年10月5日 (木) 10:47 (UTC)
- 返信 (Omaemona1982さん宛) monaさん(私もこう略させてください)、こちらも丁寧な返信ありがとうございます。また、再び遅くなり申し訳ございません。