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2010年ベラルーシ大統領選挙

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
2010年ベラルーシ大統領選挙
Прэзыдэнцкія выбары ў Беларусі 2010 году
ベラルーシ
2006年英語版 ←
2010年12月19日
→ 2015年英語版

 
候補者 アレクサンドル・
ルカシェンコ
アンドレイ・
サンニコフ
政党 無所属 無所属
得票数 5,130,557 156,419
得票率 79.65% 2.43%

選挙前大統領

アレクサンドル・
ルカシェンコ

無所属

選出大統領

アレクサンドル・
ルカシェンコ

無所属

2010年ベラルーシ大統領選挙(2010ねんベラルーシだいとうりょうせんきょ、ベラルーシ語: Прэзыдэнцкія выбары ў Беларусі 2010 году)は、ベラルーシ2010年12月19日に行われた大統領を選出する選挙である。

概要

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ヨーロッパ最後の独裁者」との異名で長年ベラルーシに君臨している現職のアレクサンドル・ルカシェンコは、3期もの長きに渡って大統領を務めたことで精神的にも肉体的にも疲れており、選挙に負けることを恐れていないという意向をベルタ通信社(ベラルーシの通信社)に語っていた[1]

また、隣国のロシアは、ルカシェンコ大統領の当選を阻止し、政治の世界から排除し、ベラルーシを事実上吸収合併することを狙っているとされたが[2]、最終的にはルカシェンコの当選を認めた。

ルカシェンコは対立候補を「人民の敵」と罵り[3]、また、ロシアが反ルカシェンコ候補への不正な資金提供を行ったとも述べていた[4]

2010年10月3日、ロシアのドミートリー・メドヴェージェフ大統領がルカシェンコを「外交的儀礼どころか、人間としての基本的礼儀さえわきまえない」と厳しく批判、ロシアがルカシェンコの当選を望んでいないことが明白となり[5]、ルカシェンコは国際的孤立を深めていたが、大統領選直前になりルカシェンコとメドヴェージェフは和解した[6]

反ルカシェンコ勢力は統一候補の擁立に失敗し、多数の人物が出馬したことからかねてから共倒れが予想されており、結果としてその通りになった。

候補者

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選挙結果

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e • d  ベラルーシの旗 2010年ベラルーシ大統領選挙 2010年12月19日施行)
候補者 政党 得票数 得票率
アレクサンドル・ルカシェンコ 無所属 5,130,557 79.65%
アンドレイ・サンニコフ 無所属 156,419 2.43%
ヤロスラフ・ロマンチュク ベラルーシ統一市民党 127,281 1.98%
リゴール・カストゥセウ BPF党 126,999 1.97%
ウラジーミル・ネクリャエフ 無所属 114,581 1.78%
ヴィクトル・テレシチェンコ 無所属 76,764 1.19%
ヴィタリー・リマシェウスキ ベラルーシキリスト教民主主義 70,515 1.09%
ニコライ・スタトケヴィチ ベラルーシ社会民主党 67,583 1.05%
アレス・ミハイレヴィチ 無所属 65,748 1.02%
ドミトリー・ウス 無所属 25,117 0.39%
全候補に反対 416,925 6.47%
総計 6,382,234 100.0%
有効票数(有効率) 6,382,234 99.03%
無効票・白票数(無効率) 62,542 0.97%
投票総数(投票率) 6,444,776 90.70%
棄権者数(棄権率) 660,884 9.30%
有権者数 7,105,660 100.0%
出典:ベラルーシ選挙管理委員会 (ロシア語)

抗議行動

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ルカシェンコの当選確定後、多数の市民が選挙を「不正選挙」と訴え、数万人規模の抗議デモが発生した。しかし、政権側は治安部隊を動員し、武力で鎮圧した。候補者の一人であったウラジーミル・ネクリャエフは、集会中に治安部隊に頭部を殴られ負傷、病院へ搬送され手当てを受けた後に拘束される事態となった。また、治安部隊に拘束された市民は約600人に上った。ルカシェンコは、「ベラルーシでは役立たずの民主主義はいらない」「(民主化を訴える奴らは)民主主義者ではなく、ならず者だ」などと述べた。欧米諸国は非難声明を発表した[7][8]

脚注

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  1. ^ “'Weary' Lukashenko has no fear of losing presidency”. RIA NOVOSTI. (2011年4月27日). http://en.rian.ru/world/20100427/158776585.html 2010年5月24日閲覧。 
  2. ^ “露・ベラルーシ情報戦/欺瞞の「同盟」あらわに”. 産経新聞. (2010年7月18日). https://web.archive.org/web/20101008140813/http://sankei.jp.msn.com/world/europe/100718/erp1007181839006-n1.htm 2010年7月18日閲覧。 
  3. ^ “Opposition Leader In Belarus Says Won't Run For President”. Radio Free Europe/Radio Liberty. (2010年9月17日). http://www.rferl.org/content/Opposition_Leader_In_Belarus_Says_Wont_Run_For_President/2160764.html 2010年9月20日閲覧。 
  4. ^ “ロ大統領 ベラルーシ大統領を批判”. 東京新聞. (2010年10月5日). http://www.tokyo-np.co.jp/article/world/news/CK2010100502000032.html 2010年10月5日閲覧。 
  5. ^ “ロシア大統領、ベラルーシのルカシェンコ氏を非難 不支持明確に”. 産経新聞. (2010年10月4日). https://web.archive.org/web/20101006031807/http://sankei.jp.msn.com/world/europe/101004/erp1010040936001-n1.htm 2010年10月4日閲覧。 
  6. ^ “「欧州最後の独裁者」ルカシェンコ氏の4選確実 19日にベラルーシ大統領選”. 産経新聞. (2010年12月17日). https://web.archive.org/web/20160304212840/http://sankei.jp.msn.com/world/europe/101217/erp1012172048006-n2.htm 2010年12月21日閲覧。 
  7. ^ “ベラルーシ大統領、民主化拒否=欧米は野党集会の弾圧非難”. 時事通信. (2010年12月21日). http://www.jiji.com/jc/c?g=int&k=2010122000793 2010年12月21日閲覧。 
  8. ^ “ベラルーシ大統領、4選果たす 反体制デモに1万人”. 産経新聞. (2010年12月20日). http://sankei.jp.msn.com/world/europe/101220/erp1012201320010-n1.htm 2010年12月21日閲覧。 

関連項目

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