兵庫県立高砂高等学校
兵庫県立高砂高等学校 | |
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北緯34度45分19.6秒 東経134度48分9.9秒 / 北緯34.755444度 東経134.802750度座標: 北緯34度45分19.6秒 東経134度48分9.9秒 / 北緯34.755444度 東経134.802750度 | |
過去の名称 |
高砂町立高砂実科高等女学校 兵庫県高砂実科高等女学校 兵庫県高砂高等女学校 高砂町立高砂高等学校 |
国公私立の別 | 公立学校 |
設置者 | 兵庫県 |
学区 | 第3学区 |
校訓 | 敬愛・勤勉・奉仕 |
設立年月日 | 1923年5月22日 |
創立記念日 | 5月22日 |
共学・別学 | 男女共学 |
学校コード | D128210000308 |
高校コード | 28156F |
所在地 | 〒676-0021 |
兵庫県高砂市高砂町朝日町二丁目5番1号 | |
外部リンク | 公式ウェブサイト |
ウィキポータル 教育 ウィキプロジェクト 学校 |
兵庫県立高砂高等学校(ひょうごけんりつ たかさごこうとうがっこう)は、日本の近畿地方西部の、兵庫県高砂市高砂町朝日町二丁目(旧・加古郡高砂町)に所在する県立高等学校である。
映画『スウィングガールズ』(2004年公開)のモデルとなったジャズバンド部「ビッグフレンドリージャズオーケストラ」があることで知られている[1][2][3][4]。
沿革
[編集]- 1922年(大正11年)9月23日 - 高砂町立高砂実科高等女学校(修業年限4か年)の設置に認可が下りる[5]。高砂町助役・山本佐太郎が校長事務取扱を命ぜられる[5]。
- 1923年(大正12年)
- 1926年(大正15年)3月1日 - 「高砂町立高砂実科高等女学校」から「兵庫県高砂実科高等女学校」へと改称[5]。
- 1936年(昭和11年)9月7日 - 現在所在地にて、校舎・講堂などが完成する[5]。
- 1943年(昭和18年)4月1日 - 「兵庫県高砂実科高等女学校」から「兵庫県高砂高等女学校」へと改称[5]。
- 1948年(昭和23年)4月1日 - 新制高校に移行し、「高砂町立高砂高等学校」へと改称[5]。
- 1949年(昭和24年)4月1日 - 高砂町単一学区となり、第1学年から男女共学へ移行する[5]。
- 1950年(昭和25年)4月1日 - 兵庫県に移管され、「兵庫県立高砂高等学校」へと改称[5]。併せて学区を拡張する[5]。
- 1965年(昭和40年) - 吹奏楽部(現・ジャズバンド部の前身)が創部される[2]。しかしその後、十数人しか部員が集まらない時期が長く続いた[2]。
- 1969年(昭和44年)7月16日 - プール(初代)の完成[5]。
- 1975年(昭和50年) - 吹奏楽部が、OBから「10名程度でもできるビッグバンドをやろう」との提案を受けて全員がジャズに転向し[2]、後にジャズバンド部「ビッグフレンドリージャズオーケストラ (Big Friendly Jazz Orchestra)」へと進展する。
- 1990年(平成2年)4月1日 - 明石学区の分離に伴い、加印学区の所属となる[5]。
- 1995年(平成7年)1月17日 - 阪神・淡路大震災が発生し、当校も被災する。
- 1996年(平成8年)3月6日 - 阪神・淡路大震災の復旧工事が竣工する[5]。
- 1997年(平成9年)4月1日 - この年の頃、英語教師・米田忠雄が当校に赴任し、間もなくしてジャズバンド部の顧問にもなる[注 1]。
- 2001年(平成13年)某月某日(冬季) - 当校のジャズバンド部をモデルに製作される日本映画『スウィングガールズ』の企画が進捗し、製作スタッフ数名が取材のために当校を訪れる[6]。そのなかに脚本と監督を務める矢口史靖もおり、ジャズバンド部の顧問である米田忠雄と会合する[6]。
- 2002年(平成14年)8月18日 - 神戸市民文化振興財団等が主催する"夏を彩る、中学・高校生によるジャズの祭典"「ジャパンステューデントジャズフェスティバル (JAPAN STUDENT JAZZ FESTIVAL)」の第18回大会[7]が神戸文化ホールで開催され、当校のジャズバンド部が事実上のグランプリにあたる神戸市長賞[8](以下『グランプリ』と称す)を受賞し、以後、3年連続で受賞する[2][9]。それ以前も数回神戸市長賞を受賞。
- 2004年(平成16年)
- 2006年(平成18年)
- 2007年(平成19年)12月17日 - 耐震補強その他工事の竣工[5]。
- 2011年(平成23年)8月21日 - 「2011年度 ジャパンステューデントジャズフェスティバル」(第29回大会)で当校のジャズバンド部がグランプリを受賞し、以後、5年連続で受賞する[7][9][8][10][注 2][7][9]。
- 2012年(平成24年)
制服
[編集]制服は、男子は標準型学生服(詰襟学生服)、女子はセーラー服を着用する。冬季の女子に限っては、カーディガンや黒タイツなどの防寒着の着用が認められている。
クラブ活動
[編集]当校で活動しているクラブ(部)を列記し、特筆性の高いものはセクションを特設して解説する。なお、当校のクラブ活動では、内外の情報量においてジャズバンド部が例外的に充実しており、本項での記述内容の比重はそれを反映したものとなっている。
運動部
[編集]文化部
[編集]ジャズバンド部
[編集]1965年(昭和40年)に創部された吹奏楽部を前身とする。しかしその後、十数人しか部員が集まらない時期が長く続いた。
1975年(昭和50年)にOBが「少ない人数でもできるビッグバンドをやろう」と提案し、これを受けて全員がジャズに転向。部名は吹奏楽部のまま数年続く。ビッグバンドに提案したOB4名が、入れ替わり立ち替わり指導や運営に関わる。当時顧問は居たが指導等にはノータッチで部管理や責任のみであった。
実力と奔放さを併せ持った同クラブの魅力はクリエイターの目にも留まり、同クラブをモデルに製作される日本映画『スウィングガールズ』の企画が進捗する。2001年(平成13年)には監督・矢口史靖らが取材などのために来校した。人気女優・上野樹里を主演とした映画は2004年(平成16年)9月11日に全国公開され、大いにヒットした。この時分の前後数年は同クラブにとって最初の黄金期と言える。
同クラブは、神戸文化ホールを舞台に神戸市民文化振興財団等が主催する"夏を彩る、中学・高校生によるジャズの祭典"「ジャパンステューデントジャズフェスティバル (JAPAN STUDENT JAZZ FESTIVAL)」に以前から参加し、事実上のグランプリにあたる神戸市長賞を何回も受賞し、ライバル校である甲南中学校・高等学校らとしのぎを削りながらも3年連続でグランプリにも輝いている。
2011年(平成23年)にも「ジャパンステューデントジャズフェスティバル」第29回大会でグランプリを受賞。以後、5年連続で受賞している。この時代には伊丹市立伊丹高等学校が最大のライバルとなっていた。2017年度(平成29年度)と2018年度(平成30年度)は伊丹高校がグランプリを受賞。2019年度(令和元年度)は高砂高校が受賞。2020年度(令和2年度)はコロナ禍で大会が中止されている[7]。 2021年度は、動画審査としてJSJFは開催され、高砂高校が神戸市長賞を受賞する。
ゆかりのある著名人
[編集]卒業生
[編集]- 小山正明 - 元・野球選手、現・野球指導者。1934年(昭和9年)生まれ。
- 神部年男 - 元・野球選手、現・野球指導者。1943年(昭和18年)生まれ。
- つりたくにこ - 漫画家。1947年(昭和22年)生まれ。1985年(昭和60年)没。
- 沼田昭二 - 実業家(神戸物産創業者・初代社長)[12]。1954年(昭和29年)生まれ[12]。1973年(昭和48年)卒業。
- 花房健 - 元・野球選手。1957年(昭和32年)生まれ。
- 大西順子 (競泳選手) - 元・水泳選手(競泳)。1974年(昭和49年)生まれ。
- 浅見重紀 - 柔道家。1975年(昭和50年)生まれ。
- おのまきこ - 歌手(花*花のメンバー)。1976年(昭和51年)生まれ。ジャズバンド部に所属した。
- 村田智穂 - 将棋棋士(女流棋士)。1984年(昭和59年)生まれ。2年生の時にプロ入りしている。
- 坂本友梨 - 元・野球選手(女子プロ野球)。1994年(平成6年)生まれ。ソフトボール部に所属した。
- 川西拓実
卒業生以外
[編集]- 米田忠雄(よねだ ただお[1])
- 兵庫県神戸市出身[1]。当校の英語教諭[1]。当校への赴任は1997年(平成9年)頃か(※1997)。赴任した年からジャズバンド部「ビッグフレンドリージャズオーケストラ (BFJO)」の顧問も務めている[1]。教師になって最初に赴任した兵庫県立香住高等学校(美方郡香美町)では吹奏楽部の顧問を務めていた[2]が、香美町は「吹奏楽の町」と言うべき町ぐるみで吹奏楽に取り組む地域であった[2]。そこでの感動的体験が、次の赴任先であった当校のジャズバンド部に大きな影響を与えていると、米田は語る[1]。中学生時代には折からのSFブームに乗って筒井康隆のSF小説に嵌っていたが[2]、その内容から山下洋輔とジャズを知ることになり、中学の3年間は音楽と言えばそればかり聴いていたという[2]。大学時代に買った楽器はアルトサックスであった[2]。
交通アクセス
[編集]周辺
[編集]- 高砂市文化会館・高砂市福祉保健センター
- 高砂市勤労会館
- 加古川
脚注
[編集]注釈
[編集]出典
[編集]- ^ a b c d e f “米田忠雄(兵庫県立高砂高等学校 教諭)< 特集「神戸ジャズを彩る人々の魅力」”. ジャズ探訪記. 株式会社デンソーテン. 2020年11月29日閲覧。
- ^ a b c d e f g h i j k “兵庫県立高砂高校ジャズバンド部と米田先生レポート”. 株式会社フェリシモ (2005年11月). 2020年11月29日閲覧。
- ^ 「高砂を「JAZZの町」に 高砂駅の発着メロディーを映画モデル高砂高校の演奏へ」『高砂経済新聞』みんなの経済新聞ネットワーク、2019年8月29日。2021年11月4日閲覧。
- ^ “映画のモデル、実力健在!高砂高校Big Friendly Jazz Orchestra”. 株式会社ラジオ関西 (2018年11月13日). 2020年11月29日閲覧。 “映画『スウィングガールズ』(2004年)のモデルになったとして全国的に名を馳せた高砂高校BFJO、実力は健在です。”
- ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v his.
- ^ a b “兵庫県立高砂高校ジャズバンド部と米田先生レポート”. 株式会社フェリシモ (2005年11月). 2020年11月29日閲覧。 “(略...)監督が3年前に取材に来られたときに、失礼だとは思ったんですけれど、「映画にはならないですよ」なんて言っていたんですよね。(...略...)監督が初めていらっしゃったとき、僕は『ウォーターボーイズ』もまだ見てなかったんです。しかも4,5人いらっしゃった中のどの方が監督かもわからなかったです。いちばん後ろにいた、お兄ちゃんって感じだったんで、ずっとお付きの人だと思っていたんです。(...略...)いつもどおりの練習を見てもらったんですが、寒い時期だったので(...略...)”
- ^ a b c d SJF 史.
- ^ a b HaitinHitoshiチャンネル (17 February 2017). BFJO 2016 Team Ishida on Kumenan Jazz Live ~11music (動画共有サービス). YouTube. 該当時間: 19m44s~20m14s. 2020年11月30日閲覧。♪音楽動画。※動画に収録されている演奏会は、件の大会(2016年大会 = 第32回大会)の後に開催されたものである。生徒たちの挨拶の言葉を典拠としている。
- ^ a b c SJF 過去受賞校.
- ^ “JAPAN STUDENT JAZZ FESTIVAL 2016 開催のお知らせ!”. 公益財団法人 神戸市民文化振興財団 (2016年上半期). 2020年11月30日閲覧。
- ^ “高砂高等学校創立90周年記念事業”. 兵庫県教育委員会 (2013年10月27日). 2020年11月29日閲覧。
- ^ a b 沼田昭二(話し手)「「年収200万以下市場」をどう攻略するべきか―沼田昭二 - 『PRESIDENT 2009年1月12日号』」『プレジデントオンライン』株式会社プレジデント社、2009年4月7日。2020年11月29日閲覧。
- ^ ☆Men's 情報局☆ [@mm_tokyo_info] (2015年3月2日). "Boys Award Audition 2次審査が2月22日に終了 書類審査に合格した人が2次審査に進出(...略...)". X(旧Twitter)より2020年11月29日閲覧。
- ^ official, 交通アクセス.
関連項目
[編集]外部リンク
[編集]- 兵庫県立高砂高等学校(公式ウェブサイト)
- HaitinHitoshi (動画共有サービス). YouTube. 2020年11月30日閲覧。※チャンネルのテーマは当校のジャズバンド部「Big Friendly Jazz Orchestra (BFJO)」。撮影者はアマチュア写真家。
- 日本学校ジャズ教育協会 (JAJE)