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高橋 孫兵衛(たかはし まごべえ、? - 宝暦4年11月21日(1755年1月3日)[1])は、江戸時代中期の一揆指導者。
伊予新居郡宇高村(現:愛媛県新居浜市宇高)の農民[2]。
宝暦3年(1753年)西条藩の年貢増徴に反対し、12月10日、領内の農民らは孫兵衛ら3人を頭取として蜂起し、強訴を行った[2][3]。翌宝暦4年(1754年)11月21日、首謀者3人は西条椰木の刑場で死罪となったが、年貢の増徴は取りやめとなった[1][2][3]。