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高嶋昌二

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
高嶋 昌二
生誕 (1955-05-10) 1955年5月10日(69歳)
出身地 日本の旗 日本高知県
学歴 香川県立高松高等学校
京都大学文学部
ジャンル クラシック合唱
職業 合唱指揮者

高嶋 昌二(たかしま しょうじ、1955年5月10日 - )は、日本合唱指揮者、元高校教諭(国語科)。大阪府合唱連盟理事長、関西合唱連盟副理事長。「合唱団ことのは」「混声合唱団うたうたい」など、6団体の常任指揮者。

人物

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香川県立高松高等学校を経て、1979年京都大学文学部卒。同年より大阪府立淀川工業高等学校(現 大阪府立淀川工科高等学校国語科教諭として着任。グリークラブを創立。

初心者ばかりの男子高校生を率いて、関西合唱コンクール24回金賞受賞。関西代表として全日本合唱コンクール全国大会に17回出場し、金賞11回、銀賞4回など。2001年文部科学大臣奨励賞をはじめ、特別賞7回。またNHK全国学校音楽コンクール全国大会においても近畿ブロック代表として全国大会出場5回、うち初出場の平成2年度に金賞受賞。

淀川工業高校以外での活動としては、同校の卒業生で編成される合唱団「メンズ・ウィード」を指揮し、1997年2014年に全国大会金賞・日本放送協会賞。2001年2002年同志社混声合唱団こまくさを指揮し、全国大会金賞・文部科学大臣奨励賞。

2006年度をもって淀川工科高等学校を退職、これを機に合唱指揮者として独立する。同校グリークラブの指導は2024年度現在も継続中である。近年は同校での指導のほか、各種講習会での講師や、演奏会での客演指揮、コンクールの審査員を務める。

エピソード

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音楽

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日本語を大切に歌う指導に定評がある[3]。自らを「合唱界の異端」[4]と称し、「淀工の演奏会には合唱界をリードする人、すなわち合唱指揮者、声楽家、作曲家、合唱連盟役員などの姿はあまり見かけない」「淀工の定演はクラシックの演奏会の対極に位置している」「演奏会のコンセプトを簡単に言ってしまえば、『笑いと涙(感動)』である」[5]としている。「楽譜も読めず、やる気も無かった工業高校の男子生徒が、音楽の授業もない学校で、努力の末やっとここまで歌えるようになった[6][7]」ところに感動を呼ぶ点が、高嶋の指導の本質なのである。

ディスコグラフィー

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  • 「ファイト!」(パルスミュージック)
  • 「ファイト!2」(パルスミュージック)

参考文献

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  • 「プログラム・ビルディング 演奏会のコンセプトとしての」『季刊合唱表現』10号(東京電化、2004年11月)
  • 「ポップスを歌う 合唱で楽しむコツ」『季刊合唱表現』24号 p.3~4(東京電化、2008年5月)
  • 「合唱団が映画になった「独立少年合唱団」」『ハーモニー』113号(全日本合唱連盟、2000年7月)
  • 「今こそ歌い継ぎたい名曲13「花に寄せて」」『ハーモニー』160号(全日本合唱連盟、2012年4月)

脚注

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  1. ^ 「合唱団が映画になった」p.74~75
  2. ^ 高嶋はプロジェクトに筆頭で関わった人物であるため、事実と異なる内容であることを当然知っているわけであるが、事実と異なる内容であることを出演中に明かすと番組の進行に水を差すことになるため、放送事故への発展を回避するために敢えて肯定的な発言をしたとされる。
  3. ^ 「今こそ歌い継ぎたい名曲13」p.63
  4. ^ 「合唱団が映画になった」p.75
  5. ^ 「プログラム・ビルディング」p.4~5
  6. ^ 「プログラム・ビルディング」P.5
  7. ^ この観念が『プロジェクトX ~挑戦者たち~』における行き過ぎた解釈と表現に繋がったものとみられる。