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飯塚朋子

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
飯塚 朋子
Tomoko Iizuka
基本情報
本名 飯塚 朋子
いいづか ともこ
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1979-05-22) 1979年5月22日(45歳)
身長 154.4cm
体重 54.4kg
選手情報
期別 102期
登録地
2012年 - 2021年
2021年 - 2022年
日本競輪選手会大阪支部
日本競輪選手会奈良支部
■最終更新日:2022年7月27日  テンプレートを表示

飯塚 朋子(いいづか ともこ、1979年5月22日 - )は、元女子競輪選手、元マウンテンバイクレース(以下、MTB)のダウンヒル(以下、DHI)、フォークロス(以下、4X)選手。大阪市出身。現役時代は日本競輪選手会奈良支部所属(当初は大阪支部所属)、ホームバンクは関西サイクルスポーツセンター日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第102期生。師匠は吉川浩士(80期)。

来歴

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関西鍼灸短期大学出身。

2003年よりMTB活動を開始。国内大会におけるDHI、4Xの両種目では日本トップクラスを維持し続けたが、一方で、日本人選手として初めて世界選手権自転車競技大会のDHIで銀メダルを獲得した末政実緒の存在が大きく立ちはだかり[1]全日本マウンテンバイク選手権大会では『万年2位』に甘んじた。

2012年に女子競輪が復活する話を受け、DHI、4X選手としては引退することを決意。2011年2月25日、競輪学校第102回生(女子第1回生)試験に合格した[2]。同校在校競走成績は0勝で第30位[3]

2012年5月1日、日本競輪選手会大阪支部所属の競輪選手として登録された。同年7月24日、松戸競輪場でデビューし5着。

初勝利は2014年5月11日奈良FII最終日第5レース。

2021年4月21日、日本競輪選手会奈良支部に移籍。

ガールズケイリン1期生として長く現役を続けており、2021年10月11日時点でガールズケイリン選手としては最多となる848走をこなした[4]

晩年は競走成績不良による代謝制度の対象となり、2022年6月25日別府FII(モーニング)第5レース一般戦を最後に引退することとなった。引退後は、ビジネスの世界に携わる意向を示しており[5]、ハウスクリーニング事業を行っている。

2022年7月12日、選手登録消除[6]。通算戦績は903戦21勝。

主な実績

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以下はいずれもマウンテンバイクでのもの。

2005年

  • ナショナルランキング 3位

2006年

  • ナショナルランキング 1位

2007年

  • ナショナルランキング 3位

2008年

  • アジアMTB選手権・DHI 2位
  • ナショナルランキング 1位
  • ジャパンシリーズランキング 1位

2009年

  • ナショナルランキング 1位
  • ジャパンシリーズランキング 1位

2010年

  • ナショナルランキング 2位
  • ジャパンシリーズランキング 2位

脚注

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外部リンク

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