飛騨総社
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飛騨総社 | |
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拝殿 | |
所在地 | 岐阜県高山市神田町2-114 |
位置 | 北緯36度8分53.4秒 東経137度15分15秒 / 北緯36.148167度 東経137.25417度座標: 北緯36度8分53.4秒 東経137度15分15秒 / 北緯36.148167度 東経137.25417度 |
主祭神 | 大八椅命 延喜式神名帳所載八座 国史記載社十座 |
社格等 | 旧県社・金幣社 |
例祭 | 5月4日・5日 |
地図 |
旧社格は県社。飛騨国の総社である。延喜式神名帳所載八座(大野郡三座、荒城郡五座)と国史記載社十座を祀る。
毎年5月4日、5日には例祭では、千人行列のほか、二人一組による親子獅子舞(22人による曲芸のような舞)が行われる。
祭神
[編集]正殿主神
[編集]脇殿(延喜式神名帳所載八座)
[編集]- 水無神 (飛騨一宮水無神社祭神 位山)
- 槻本神 (槻本神社祭神 大山津見神)
- 荏名神 (荏名神社祭神 高皇産靈神)
- 大津神 (大津神社祭神 大彦命、武渟河別命)
- 荒城神 (荒城神社祭神 大荒木之命)
- 高田神 (高田神社祭神 高魂命)
- 阿多由太神 (阿多由太神社祭神 大物主神)
- 栗原神 (栗原神社祭神 五十猛命)
脇殿(国史記載社十座)
[編集]- 大歳神
- 走淵神
- 四天王神
- 遊幡石神
- 渡瀬神
- 道後神
- 気多若宮神
- 本母国津神
- 剣緒神
- 加茂若宮神
合祀
[編集]沿革
[編集]平安時代の承平年間(931年~938年)の創建と伝えられる。1191年(文治2年)に最初の社殿が築かれる。しかし、室町時代になると衰退する。
江戸時代の寛永年間に金森重頼により社殿の大改修が行われたが、1781年(天明元年)の天明の大飢饉の頃から再び衰退し、境内も縮小される。
国学者である田中大秀(本居宣長門弟)は、その様子を嘆き、1808年(文化3年)に「飛騨総社考」を著して再興を願う。これをきっかけに1820年(文政3年)に再建され、境内も拡大する。
1887年(明治20年)より1890年にかけて大造営が行なわれ、南向きだった社殿を東向きにし、参道が整備される。
文化財
[編集]- 岐阜県指定重要有形民俗文化財
- 高山祭屋台[1]
所在地
[編集]- 岐阜県高山市神田町2-114
交通機関
[編集]脚注
[編集]外部リンク
[編集]- 飛騨総社 (@hidasousya) - Instagram
- 飛騨総社 (@hidasousya) - X(旧Twitter)