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雄弁は銀、沈黙は金

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
トーマス・カーライルが1836年に出版した『衣装哲学』(1901年版)から、このことわざを引用している頁。このことわざが英語で使用された最古の例のひとつである。

雄弁は銀、沈黙は金』(ゆうべんはぎん、ちんもくはきん、: Speech is silver, silence is golden)は、トーマス・カーライルが広めた英語である。発話よりも沈黙の方が価値があるとの意。9世紀アラブ文化英語版に由来すると考えられている。

意味

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『雄弁は銀、沈黙は金』は「おそらく沈黙に関することわざの中で最もよく知られているもの」と評されている[1]:239英語での同様のことわざには "Still waters run deep英語版"(静かに流れる川は深い)や "Empty vessels make the most sound"(空の入れ物は大きな音を立てる)[2]がある。

英語以外の言語でも似たようなことわざがあり、例えばタルムード[1]:241アラム語のことわざ「言葉が1シェケルの価値があるなら、沈黙は2シェケルの価値がある」は17世紀に英語に翻訳されている。沈黙を称賛する言葉は、聖書をはじめとする古い書物にも見られ、例えば、「言葉が多ければ、とがを免れない、自分のくちびるを制する者は知恵がある。」(箴言 10:19)などがある[1]:239–240

起源と広がり

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1932年、Richard Jenteはこの「銀」と「金」のことわざを「東洋起源」と記した[3]。1999年、David J. Wassersteinは、多くの先行研究者が言及した「東洋起源」とは、アラム語の「シェケル」のことわざである可能性が高いと指摘した[1]:241。しかし、ジョン・レイによって1678年に出版された『イギリスの諺集』の中で既に英語で発表されておりこのアラム語の諺は、関連性があり、おそらく同じ古代の起源を共有しているが、「銀」や「金」という用語を使用する欧州文化のことわざとは異なっている、とWassersteinは主張した[1]:240–241。Wassersteinは後者がアラビア文化起源であることを突き止めた。11世紀のイスラム学者であるアル=ラギブ・アル=イスファハニ英語版や9世紀の作家であるアル・ジャーヒズ(後者は「もし言葉が銀ならば、沈黙は金であろう」と書いている)の文章に記録されており、何世紀にもわたってアラビア語で広く使われてきたことが明らかにされた[1]:244–247。「銀」と「金」のことわざは、イスラム時代のスペインでも知られており、11世紀にコルドバイブン・ハイヤーン英語版が記録している[1]:254

アラビア語の著作では、このことわざはソロモン王のものとされているが、Wassersteinは、「銀」と「金」という言葉を使った古代ユダヤ人のことわざは見つかっていないため、そのような起源を証明する証拠はないと書いている。また、他のアラビア語の著作では、「銀」と「金」のことわざを賢者ルクマーンのものとしているものがあるが、これも検証可能な証拠はないとし、Wassersteinは、本当の起源は歴史上失われている可能性が高いと結論付けている[1]:247–248。現存する最も古い資料では、このことわざは単に「古の賢者」に由来するとされている。

Wassersteinによれば、このことわざの「銀」と「金」版は、14世紀のスペイン系ユダヤ人英語版シェム・トブ・ベン・イサク・アルドゥティエル英語版とも呼ばれるSantob de Carrion(ヘブライ語作家であり、アラビア語の文章を翻訳していた)の著作を通して西洋文化に入ってきた可能性が高く、その後、何世紀にもわたって、スペイン語で使われるようになり、やがて他のヨーロッパの言語でも使用されるようになった[1]:257–258

Jenteによれば、このことわざは19世紀初頭にドイツで流行し、その後、アメリカのドイツ系移民を通じて英語に広まった[3]。Wassersteinは、このことわざが英語で初めて使われた記録は、スコットランドの作家トーマス・カーライルが1836年に発表した小説『衣装哲学』の中にあるとしている。カーライルは理由は不明であるが、この諺を「スイスの碑文」(ドイツ語 "Sprechen ist silber, schweigen ist gold")に由来するとしている[1]:239。しかし、「談話は銀、沈黙は金(discourse is silver, silence is gold)」という似たようなことわざが「ギリシャのことわざ」とされ、1818年にはウィリアム・マーティン・リーク英語版の「Researches in Greece」(1814年)の資料を転載した蔵書の中で英語で印刷されている[4]

19世紀後半には、このことわざの起源と英語での登場の歴史は、すでにイギリス大衆の関心を集めていた。文学雑誌『Notes and Queries英語版』における一連のやりとりの中で、何人かの寄稿者がカーライルの本の文脈でこの疑問について言及していた[1]:242

出典

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  1. ^ a b c d e f g h i j k David J. Wasserstein (1999). “A West-East Puzzle: On the History of the Proverb 'Speech in Silver, Silence in Golden'”. In Albert Arazi; Joseph Sadan; David J. Wasserstein. Compilation and Creation in Adab and Luġa: Studies in Memory of Naphtali Kinberg (1948–1997). Eisenbrauns. ISBN 978-1-57506-045-3. https://books.google.com/books?id=hNNHi_RdJ1MC&pg=PA239 
  2. ^ Charteris-Black, Jonathan (1995). “Still Waters Run Deep' Proverbs about Speech and Silence A Cross-Linguistic Perspective”. De Proverbio 1 (2). https://deproverbio.com/proverbs-about-speech-and-silence-still-waters-run-deep/. 
  3. ^ a b Jente, Richard (1932). “The American Proverb”. American Speech 7 (5): 342–348. doi:10.2307/452956. ISSN 0003-1283. JSTOR 452956. 
  4. ^ (英語) The Classical Journal. A. J. Valpy.. (1818). pp. 40. https://books.google.com/books?id=43g_AAAAYAAJ&q=%22silence+is+gold%22&pg=PA40