閩侯県
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中華人民共和国 福建省 閩侯県 | |
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雪峰山・崇聖寺 | |
旧称:林森 | |
閩侯県の位置 | |
簡体字 | 闽侯 |
繁体字 | 閩侯 |
拼音 | Mĭnhòu |
カタカナ転写 | ミンホウ |
閩東語 | Mìng-âu |
国家 | 中華人民共和国 |
省 | 福建 |
地級市 | 福州市 |
行政級別 | 県 |
県長 | 王建生 |
面積 | |
総面積 | 2,136 km² |
人口 | |
総人口(2021) | 101.5 万人 |
経済 | |
GDP() | 881.2万元 |
電話番号 | 0591 |
郵便番号 | 350100 |
ナンバープレート | 閩A |
行政区画代碼 | 350123 |
公式ウェブサイト: http://www.minhou.gov.cn/ |
閩侯県(びんこうけん)は中華人民共和国福建省福州市に位置する県。
歴史
[編集]196年(建安元年)に侯官県が設置されたのが行政区の始まりである。282年(太康3年)に侯官県より原豊県・温麻県が分離、南朝梁の天監年間(502年-519年)に侯官・原豊両県が合併し東侯県が成立した。隋代になると改称が続き589年(開皇9年)には原豊県、592年(開皇12年)には閩県と改称された。
623年(武徳6年)、閩県が分割され侯官・長渓・新寧(長楽)・温麻(連江)が設置された。766年(永泰2年)、侯官県西部に永泰県が、785年(貞元元年)には北部に梅渓県(後の閩清県)が新設された。981年(太平興国6年)、閩県が懐安・侯官・閩県に分割されたが、1580年(万暦8年)に懐安県が侯官県に編入された。
1912年(民国元年)、閩県と侯官県が統合され、それぞれの文字を取った閩侯県が成立し現在まで沿襲されている。
行政区画
[編集]下部に1街道、8鎮、6郷を管轄する
- 街道
- 甘蔗街道
- 鎮
- 白沙鎮、南嶼鎮、尚干鎮、祥謙鎮、青口鎮、南通鎮、上街鎮、荊渓鎮
- 郷
- 竹岐郷、鴻尾郷、洋里郷、大湖郷、廷坪郷、小箬郷
交通
[編集]鉄道
[編集]道路
[編集]出身者
[編集]政治家・官僚
[編集]- 陳籙 - 清・中華民国の政治家・外交官。北京政府で外交部次長(総長代理)をつとめる。後に中華民国維新政府に参加。
- 林森 - 中華民国の政治家。中国国民党の元老で、国民政府主席となる。
- 陳群 - 中華民国の政治家。中華民国維新政府・南京国民政府(汪兆銘政権)の要人。
- 林棨 - 中華民国・満洲国の司法官・官僚。満洲国初代最高法院院長。
- 沈覲鼎 - 中華民国(台湾)の外交官。沈葆楨の曾孫。駐日大使など各国大使を歴任。
軍人
[編集]- 劉冠雄 - 清末民初の海軍軍人。北京政府で海軍総長などをつとめる。
- 李鼎新 - 清末民初の海軍軍人。直隷派。北京政府で海軍総長をつとめる。
- 杜錫珪 - 清末民初の海軍軍人。直隷派。北京政府で海軍総司令、国務総理をつとめた。
- 楊樹荘 - 中華民国の海軍軍人。北京政府の海軍総司令、国民政府の初代海軍部部長。