関西ゲートウェイ
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関西ゲートウェイ | |
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情報 | |
用途 | 物流施設 |
設計者 | 日建設計、フジタ一級建築士事務所[1] |
施工 | フジタ |
建築主 | 茨木松下開発特定目的会社[1] |
事業主体 | 大和ハウス工業 |
構造形式 | 鉄骨構造 |
敷地面積 | 61,841.25 m² [2] |
建築面積 | 23,594.08 m² [2] |
延床面積 | 90,486.24 m² [2] |
状態 | 完成 |
階数 | 地上6階 |
着工 | 2015年12月 |
開館開所 | 2017年10月5日 |
所在地 |
〒567-0026 大阪府茨木市松下町2番10号 |
座標 | 北緯34度49分45秒 東経135度34分3秒 / 北緯34.82917度 東経135.56750度座標: 北緯34度49分45秒 東経135度34分3秒 / 北緯34.82917度 東経135.56750度 |
関西ゲートウェイ(かんさいゲートウェイ)は、大阪府茨木市に所在する大規模物流施設。大和ハウス工業が所有し、ヤマトグループが一括賃借して物流ターミナルなどとして使用する。
立地
[編集]名神高速道路茨木インターチェンジに近接し、関西国際空港や大阪国際空港、大阪港、神戸港へも短時間で到達できる。かつてこの地には松下電器産業茨木工場があり、1958年に白黒テレビの生産を開始。ナショナルテレビの発祥の地となった[3]。プラズマディスプレイの生産を行ったが、2012年3月に稼働を終了[4]。工場跡地は2014年秋に大和ハウス工業に売却された[5]。工場建物は竹中工務店により解体され[6]、敷地の北側約半分に2015年12月11日にBTS型施設として関西ゲートウェイを着工。2017年10月5日に開所式が行われ、同年11月1日より本格稼働を開始した。
パナソニック茨木工場の跡地からは、弥生時代から平安時代にかけての遺跡である郡遺跡と倍賀遺跡が出土している[7]。
パナソニックとヤマトグループは、神奈川県藤沢市のスマートシティ「Fujisawa SST」でも次世代物流サービス事業で協業している[8]。
機能
[編集]神奈川県愛川町の厚木ゲートウェイ、愛知県豊田市の中部ゲートウェイとの間でフルトレーラーなどを使用した多頻度幹線輸送が行われ、三大都市圏間の当日配送が可能になる。このほか、ヤマトグループの企業により流通加工や医療機器の洗浄・滅菌、家電製品の修理など、物流ネットワークと組み合わせた付加価値機能を有する[9]。
一般向けの見学コースが設けられ、宅急便の歴史や物流の仕組みなどを知ることができる[10]。
脚注
[編集]- ^ a b 「関西ゲートウェイ」『月刊近代建築』2018年2月、2018年12月15日閲覧。
- ^ a b c 『ヤマトグループ関西圏最大の総合物流ターミナル「関西ゲートウェイ」着工』(プレスリリース)大和ハウス工業、2015年12月11日 。2018年12月15日閲覧。
- ^ “元テレビ工場、物流拠点へ再生 地元経済を潤す新拠点となるか”. 財経新聞. (2016年1月18日) 2018年12月15日閲覧。
- ^ 『プラズマディスプレイの生産終了について』(pdf)(プレスリリース)パナソニック、2013年10月31日 。2018年12月15日閲覧。
- ^ “パナソニック、大和ハウスに茨木工場敷地を売却 プラズマ撤退が影響”. Sankei Biz. (2014年10月1日) 2018年12月15日閲覧。
- ^ “パナソニック茨木工場の解体は竹中工務店が施工/跡地に延べ8・8万平方㍍の物流施設/大和ハウス工業”. 建設ニュース. (2015年4月28日) 2018年12月15日閲覧。
- ^ 「文化財めぐりVol.120 郡遺跡・倍賀遺跡」『広報いばらき』第796巻、茨木市役所、2017年4月、2018年12月15日閲覧。
- ^ “パナソニックが次世代物流でヤマトと新事業”. 日経xTECH. (2016年10月26日) 2018年12月15日閲覧。
- ^ “ヤマト、三大都市間当日配送の関西拠点がオープン”. Logistics Today. (2017年10月5日) 2018年12月15日閲覧。
- ^ “ヤマトグループ 関西ゲートウェイ見学コース”. 近畿経済産業局通商部 (2018年11月29日). 2018年12月15日閲覧。