長宗我部友親
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ちょうそがべ ともちか 長宗我部 友親 | |
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生誕 |
1942年(81 - 82歳) 日本・高知県高知市上町 |
現況 | 2020年(令和2年)現在、活動中 |
住居 | 日本 |
国籍 | 日本 |
教育 | 早稲田大学卒業 |
職業 |
ジャーナリスト 著述家 |
活動期間 | ? - |
時代 | 昭和時代 - |
活動拠点 | 日本 |
親 | 父:長宗我部友猪(第16代目当主) |
公式サイト | 長宗我部のサイト |
補足 | |
長宗我部 友親(ちょうそがべ ともちか、1942年〈昭和17年〉 - )は、日本のジャーナリスト、著述家。戦国大名・長宗我部元親の実弟である親房(島親益)から17代目の長宗我部家当主[1]。
来歴
[編集]早稲田大学を卒業後、1968年(昭和43年)共同通信社に入り、経済部長、そして2002年(平成14年)常務幹事を歴任した[3]。2004年(平成16年)に退任[3]。
高知で好きな場所は浦戸城のあった浦戸であると述べている[2]。また、武家の末裔ながら刀剣類を「恐ろしい存在」と述べ、「うちは先祖である盛親が六条河原で打ち首になったこともあり、私は刀を見ると寒気がします。そのときの恐怖がDNAに染み付いているのですかね」とコメントしている[4]。
NHK大河ドラマ『真田丸』で阿南健治が演じた長宗我部盛親については「(長宗我部家は)体毛が濃くない」「(大坂夏の陣で盛親は)もっと活躍している」と不満を述べている[1]。また、自身には実子がなく、養子を取って家を残すことにも否定的で、そうした観点から『絶家を思う』を著した[1]。
著書
[編集]脚注
[編集]- ^ a b c “『絶家を思う』長宗我部 友親さん|本を読んで、会いたくなって。”. 『クロワッサン』. マガジンハウス (2017年6月26日). 2019年4月2日閲覧。
- ^ a b “長宗我部家17代当主・長宗我部友親「水の流れに抗せざるが如く」”. AERAdot. 朝日新聞出版 (2015年11月20日). 2019年4月2日閲覧。
- ^ a b “長宗我部家17代当主・長宗我部友親「繋ぐこころの大切さ」”. AERAdot. 朝日新聞出版 (2015年11月30日). 2019年4月2日閲覧。
- ^ “子孫が語る刀剣と秘話 長宗我部家に伝わる歴史を刻む無銘の刀”. AERAdot. 朝日新聞出版 (2017年3月11日). 2019年4月2日閲覧。
外部リンク
[編集]- 長宗我部のサイト
- 長宗我部のサイト <Blog・雑録>(2010年6月17日 02:19 - 2017年4月11日 14:41)
- 長宗我部友親 (@chosogabe) - X(旧Twitter)(2015年2月17日 16:03:37 - 2015年3月25日 20:10)※ UTC表記。