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金沢飛行場

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

金沢飛行場(かなざわひこうじょう)は、1938年から1946年まで石川県金沢市に存在した飛行場である。

沿革

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  • 1933年3月5日 - 第64回帝国議会衆議院建議委員会で「金澤市外河北潟附近に飛行場設置に關する建議案」が第200號として提出される[1]
  • 1937年
    • 2月10日 - 河北郡川北村(現・金沢市)字東蚊爪地内12万5千坪を11万5千円で買収(買収費用は飛行場設置許可申請書によれば16万5千円であったが、川北村から買収費用として5万円が寄付されたものである)[1]
    • 5月20日 - 逓信省から飛行場設置許可が下りる[1]
    • 7月4日 - 着工[1]
  • 1938年
    • 10月12日 - 逓信省に飛行場使用許可を申請[1]
    • 10月15日 - 金沢飛行場として竣工[1]。同時に完成式と国営移管献納式が挙行[1]10月16日とする記述も[2]
    • 11月25日 - 航空局により愛國金澤飛行場の愛称が与えられる[1]
  • 1939年6月7日 - 定期航空に正式認可[2]
  • 終戦後 - 1946年までに廃止。跡地は水田に復された[2]

航路

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  • 1939年7月15日から同年11月に休航に至るまで大阪 - 金沢 - 富山 - 長野 - 東京の便が1日1往復就航していた[2]

脚注

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  1. ^ a b c d e f g h 金沢飛行場・富山飛行場の建設と戦前の民間航空事情について(金沢星稜大学、2024年1月21日閲覧)
  2. ^ a b c d 『愛蔵版 石川富山 昭和あのとき ストーリー編』(2014年8月5日、北國新聞社、富山新聞社発行)465頁。

関連項目

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