金沢市庁舎前広場事件
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金沢市庁舎前広場事件(かなざわしちょうしゃまえひろばじけん)とは、金沢市が、金沢市庁舎に隣接する広場(金沢市庁舎前広場)において、政治的な集会の開催を不許可とした処分につき、集会の自由を保障する日本国憲法第21条第1項への違反を理由として、処分違憲及び国家賠償法上の違法が争われた事件[1][2][3]。
事件の経緯
[編集]金沢市庁舎前広場
[編集]金沢市庁舎建物の北側に隣接する、南北約60m、東西約50mの広場が、「金沢市庁舎前広場」である。
この広場は、壁や塀で囲われておらず、段差のないフラットな空間である。
市庁舎前広場では、行為許可申請に基づき、ステージでの音楽演奏やダンスなどを伴うイベント、国際交流団体の活動紹介を内容とする行事のほか、原水爆禁止を訴える趣旨の集会が開催されたこともあった[1][2][3]。
金沢市庁舎前広場に関する規則
[編集]金沢市庁舎前広場に関係する金沢市の行政規則として、「金沢市庁舎等管理規則」と「金沢市庁舎前広場管理要綱」が存在していた。
金沢市庁舎前広場管理要綱
[編集]金沢市庁舎前広場が完成した1983年に、金沢市は「金沢市庁舎前広場管理要綱」を制定した。
同規則においては、「庁舎前広場は、本市の事務または事業の執行に支障のない範囲で、原則として、午前8時から午後9時までの間、市民の利用に供させるものとする」(3条)と定めていた。
また、同規則は、金沢市庁舎前広場において、宗教的・政治的行為(6条4号)や「その他広場の管理に支障を及ぼしまたはそのおそれのある行為」(6条6号)を禁じていた[2]。
金沢市庁舎等管理規則
[編集]2011年に、金沢市は「金沢市庁舎等管理規則」(平成23年金沢市規則第55号)を制定した。
同規則では、「市の事務又は事業の用に供する建物及びその附属施設並びにこれらの敷地(直接公共の用に供するものを除く。)で、市長の管理に属するもの」を「庁舎等」と定義し(2条)、「庁舎等」において、「特定の政策、主義又は意見に賛成し、又は反対する目的で個人又は団体で威力又は気勢を他に示す等の示威行為」(5条12号)や「庁舎管理者が庁舎等の管理上支障があると認める行為」(5条14号)などを禁じている[注釈 1]。その一方で、一部の行為(5条1項~7号)については、庁舎管理者が「市の事務又は事業に密接に関連する等特別な理由があり、かつ、庁舎等の管理上特に支障がないと認めるとき」には許可できる、と定めている(6条1項)[4]。
また、管理規則の前身である「金沢市庁舎管理要綱」では、金沢市庁舎前広場は同要綱の適用外とされていたが、本規則には適用除外規定が定められなかった[3]。
原告に対する処分
[編集]2017年4月14日の不許可処分
[編集]2017年3月31日、「石川県憲法を守る会」[注釈 2](以下「守る会」とする。)は、5月3日(憲法記念日)に、市庁舎前広場にて、「憲法施行70周年集会」の開催を計画していた。そのため、金沢市長に対して、本条例に定める行為の許可を申請した。
金沢市の担当者は、「守る会」から、当該集会では下記の事項があることを聴取した。
2017年4月14日、金沢市長は、「守る会」の申請に対して、当該集会が、管理規則の「特定の政策、主義又は意見に賛成し、又は反対する目的で個人又は団体で威力又は気勢を他に示す等の示威行為」(5条12号)や「庁舎管理者が庁舎等の管理上支障があると認める行為」(5条14号)に当たることを理由に、不許可処分をした[2]。
前後の処分の状況
[編集]「守る会」は、2017年3月の申請に対する不許可処分の後に、2018年5月の申請にも護憲集会に係る行為許可申請を行っているが、不許可処分が下されている[1][2]。
一方で、「守る会」は、2019年11月と2022年5月の2回にわたり、以下の内容を書面で回答した上で、護憲集会に係る行為許可申請を行った。
- 規模を150人とすること
- 街宣車や拡声器は使用しないこと
- 「特定の政策、主義又は意見に賛成し、又は反対する目的で個人又は団体で威力又は気勢を他に示す等の行為」も行わない
これらの申請に対して、金沢市長は許可処分を行った[2]。
訴訟の経過
[編集]「守る会」(原告)は、金沢市長が2017年3月の申請に対して管理規則5条12号を適用し行った不許可処分は、集会の自由を保障する憲法第21条第1項に違反して違憲であり、職務上の義務に反してなされた違法な行為であると主張して、国(被告)に対して、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償(国家賠償)の支払いを求める訴訟を、金沢地方裁判所に提起した[1][2][3]。
第一審(金沢地方裁判所)
[編集]2020年9月18日、第一審判決(金沢地判令和2年9月18日民集77巻2号320頁)において、金沢地方裁判所は、原告の請求を棄却した。
原告は、名古屋高等裁判所金沢支部に控訴した[2]。
控訴審(名古屋高等裁判所金沢支部)
[編集]2021年9月8日、控訴審判決(名古屋高金沢支判令和3年9月8日民集77巻2号377頁)において、名古屋高等裁判所金沢支部は、原告の控訴を棄却した。
このうち、上告受理申立てに対しては、2023年1月31日に、最高裁判所は、上告を受理しない旨の決定(最決令和5年1月31日令和3年(受)第2005号)をした[2]。
上告審(最高裁判所第三小法廷)
[編集]2023年2月21日、上告審判決において、最高裁判所第三小法廷(裁判長:長嶺安政)は、原告の上告を棄却した(原告敗訴)[1][2][3]。
上告審判決
[編集]最高裁判所判例 | |
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事件名 |
損害賠償請求事件 金沢市庁舎前広場事件 |
事件番号 | 令和3(オ)1617 |
令和5年(2023年)2月21日 | |
判例集 | 民集第77巻2号273頁 |
裁判要旨 | |
金沢市庁舎前広場における集会に係る行為に対し金沢市庁舎等管理規則(平成23年金沢市規則第55号)5条12号を適用することは、憲法21条1項に違反しない。 | |
第三小法廷 | |
裁判長 | 長嶺安政 |
陪席裁判官 | 宇賀克也、林道晴、渡邉惠理子、今崎幸彦 |
意見 | |
多数意見 | 長嶺安政、林道晴、渡邉惠理子、今崎幸彦 |
意見 | なし |
反対意見 | 宇賀克也 |
参照法条 | |
憲法21条1項、金沢市庁舎等管理規則(平成23年金沢市規則第55号)5条12号 |
最高裁判所第三小法廷(裁判長:長嶺安政)は、金沢市庁舎前広場における集会に係る行為に対し金沢市庁舎等管理規則5条12号を適用することは、憲法第21条第1項に違反しない、として、原告の上告を棄却した。
なお、本判決は4対1の多数決によるもので、宇賀克也裁判官の反対意見が付されている(後述)[1][2][3]。
判決(法廷意見)
[編集]根拠規定(金沢市庁舎等管理規則5条12号)の解釈
[編集]本判決は、市庁舎前広場が、「庁舎等」に該当して管理規則が適用されることを前提として[2]、管理規則5条12号が禁じる「示威行為」とは、金沢市の公務の用に供される庁舎等において当該行為が行われることで、金沢市の外見上の政治的中立性が損なわれ公務の円滑な遂行が確保されなくなる「管理上の支障」が生ずるものを指す、と解した。
違憲性の判断枠組みの提示
[編集]本判決は、集会の自由に対する制約の違憲性の判断枠組みとして、「成田新法事件」上告審判決の法理を引く。すなわち、「憲法21条1項の保障する集会の自由は、民主主義社会における重要な基本的人権の一つとして特に尊重されなければならないものであるが、公共の福祉による必要かつ合理的な制限を受けることがあるのはいうまでもない」とし、集会の自由に対する制約が「必要かつ合理的なものとして是認されるかどうかは、制限が必要とされる程度と、制限される自由の内容及び性質、これに加えられる具体的制限の態様及び程度等を較量して決めるのが相当である」と判示した[1]。
違憲性の判断
[編集]まず、本判決は、「制限が必要とされる程度」、つまり、管理規則5条12号の規制の目的について、公務の中核を担う庁舎等において、示威行為が行われると、金沢市長が庁舎等をそうした示威行為のための利用に供したという外形的な状況を通じて、あたかも金沢市が特定の立場の者を利しているかのような外観が生じ、これにより外見上の政治的中立性に疑義が生じて行政に対する住民の信頼が損なわれ、ひいては公務の円滑な遂行が確保されなくなるという「管理上の支障」が生じ得る、として、その目的は合理的であり正当と判断した。
次に、本判決は、「制限される自由の内容及び性質、これに加えられる具体的制限の態様及び程度」につき、以下の点を指摘する[1][2]。
- 「管理上の支障」は、庁舎等において上記のような示威行為が行われるという状況それ自体により生じ得る以上、当該示威行為を前提とした何らかの条件の付加や被上告人による事後的な弁明等の手段によって「管理上の支障」が生じないようにすることは性質上困難である点
- 市庁舎前広場にて種々の集会の開催が許容されているという事情は、金沢市長が庁舎管理権の行使として、庁舎等の維持管理に支障がない範囲で住民等の利用を禁止していないということの結果であって、当該広場の庁舎等の一部としての性格が変容するものではない点
- 管理規則5条12号により禁止されるのは、あくまでも公務の用に供される庁舎等において所定の示威行為を行うことに限定されており、他の場所、特に、集会等の用に供することが本来の目的に含まれている公の施設等を利用することまで妨げられるものではない点[注釈 3]
- 管理規則5条12号の規定は、不明確なものとも、過度に広汎な規制であるともいえない点
そして、これらの点から、管理規則5条12号による集会の自由の制限は、必要かつ合理的な限度にとどまる、との判断がなされた[1][2]。
よって、本判決は、管理規則5条12号による集会の自由の規制は憲法21条1項に違反せず、国家賠償法上の違法も生じ得ないと判断した[1][2][3][注釈 4]。
個別意見
[編集]宇賀克也裁判官反対意見
[編集]敵意ある聴衆の法理
[編集]まず、本意見は、庁舎等の管理に関するルールが旧庁舎管理要綱から管理規則に移行した際に、広場管理要綱が廃止されていないことに着目し、市庁舎前広場には管理規則が適用されない、と解する。また、市庁舎前広場が、市民の憩いの場として利用されることを目的として整備されたものであり、また、壁や塀によって囲われていない平らな空間であることから、当該広場は公共用物としての性格を失っていないと指摘する。そして、これらのことから、市庁舎前広場は地方自治法244条[注釈 5]にいう「公の施設」に該当する、と判断する。
続いて、本意見は、不許可処分が地方自治法244条2項にいう「正当な理由」に基づいていたかを判断すべきとした上で、「泉佐野市民会館事件」上告審判決の示した「敵意ある聴衆の法理」[注釈 6]を採用しつつ、不許可処分には「正当な理由」は見当たらず違法と判断した[1][2]。
パブリック・フォーラム論
[編集]本意見は、予備的な見解として、いわゆるパブリック・フォーラム論[注釈 7]を展開する。
本意見は、市庁舎前広場がパブリック・フォーラム[注釈 8]としての実質を有するとし、パブリック・フォーラムにおける集会でなされるおそれのある発言内容を理由に不許可にすることは言論の自由の事前抑制になるので、集会の内容による規制を行う場合には、やむにやまれぬ利益が認められ、当該利益を達成するための手段が目的達成のために合理的に限定されていることを被告行政側が立証しなければならない、と論じた[1][2]。
影響
[編集]この節の加筆が望まれています。 |
学説における評価
[編集]違憲審査の枠組みの評価
[編集]本事件の上告審判決が提示した違憲審査の枠組み、すなわち、「制限が必要とされる程度と、制限される自由の内容及び性質、これに加えられる具体的制限の態様及び程度等を較量」するという手法は、「成田新法事件」(集会の自由)をはじめ、「よど号事件新聞記事抹消事件」(知る権利)や「堀越事件」(政治的表現)、「大阪市ヘイトスピーチ条例事件」(差別的表現)の各上告審判決で採用されてきたものであって、集会の自由を含む表現の自由への制約の違憲審査における基底的判断枠組みとしてほぼ定着したとされる[2]。
脚注
[編集]注釈
[編集]- ^ 金沢市庁舎等管理規則5条各号で列挙された禁止行為は下記の通り。
- 物品の販売、寄附の募集、署名を求める行為その他これらに類する行為(5条1号)
- 拡声器を使用する等けん騒な状態を作り出す行為(5条2号)
- 旗、のぼり、プラカード、立看板等を持ち込む行為(5条3号)
- ちらし、ポスターその他の文書又は図面の掲示又は配布(5条4号)
- テントその他の仮設工作物等の設置(5条5号)
- 立入りを禁止している区域に立ち入る行為(5条6号)
- 火薬類、発火性又は引火性の物、毒物及び劇物、銃砲及び刀剣類等の危険物の持込み又はたき火等火災発生の原因となるおそれのある行為(5条7号)
- 所定の場所以外の場所における喫煙及び爆発又は引火のおそれのある場所における火気の使用(5条8号)
- 清潔保持を妨げ、又は美観を損なう行為(5条9号)
- 職員に対する面会の強要又は押売(5条10号)
- 座込み、立ちふさがり、練り歩きその他通行を妨げ、又は妨げるおそれのある行為(5条11号)
- 特定の政策、主義又は意見に賛成し、又は反対する目的で個人又は団体で威力又は気勢を他に示す等の示威行為(5条12号)
- 泥酔、粗野若しくは乱暴な言動等により、他人に迷惑を及ぼし、若しくは著しい嫌悪の情を抱かせ、又は職員の職務を妨害する行為(5条13号)
- 前各号に掲げるもののほか、庁舎管理者が庁舎等の管理上支障があると認める行為(5条14号)[4]。
- ^ 連合系労働組合や社会民主党石川県連合などが参加する平和運動団体[5]
- ^ いわゆる、表現行為の時・場所・方法を指定する「内容中立規制」である。
- ^ なお、本事件の上告審判決の法廷意見は、本事件には泉佐野市民会館事件上告審判決の法理は、事案を異にするとして、採用していない。
- ^ 地方自治法244条は、普通地方公共団体は、住民の福祉を増進する目的をもつてその利用に供するための「公の施設」を設けるものとし(同条1項)、住民が公の施設を利用するにつき、正当な理由に基づかない拒否(同条2項)や、不当な差別的取扱い(同条3項)を禁じている。
- ^ 「正当な理由」が認められるためには、人の生命、身体又は財産が侵害され、公共の安全が損なわれるという危険があり、明らかに差し迫った危険の発生が具体的に予見されることが必要である、とする法理。
- ^ なお、本事件の上告審判決の法廷意見は、パブリック・フォーラム論を否定したと解する見解[6]もある。
- ^ パブリック・フォーラムとは、道路・公園・広場など伝統的に表現の自由に解放された空間を言う[6]。
出典
[編集]- ^ a b c d e f g h i j k l 最高裁判所第三小法廷判決 令和5年(2023年)2月21日 民集第77巻2号273頁、令和3(オ)1617、『損害賠償請求事件』。
- ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r 木下昌彦『精読憲法判例[人権編]Appendix.2(Web版):金沢市庁舎前広場事件』(PDF)弘文堂、2022年、1-11頁。ISBN 978-4-335-35725-1 。2024年7月30日閲覧。
- ^ a b c d e f g 稲葉実香 (2023-05-19). “市庁舎前広場の利用不許可と集会の自由”. 新・判例解説 Watch (TKCローライブラリー) 33 (憲法No.219): 1-4. LEX/DB 文献番号 25572633 2024年7月31日閲覧。.
- ^ a b “金沢市庁舎等管理規則”. www.city.kanazawa.ishikawa.jp. 2024年7月30日閲覧。
- ^ “石川県憲法を守る会 | 石川県平和運動センターHP”. 2024年7月30日閲覧。
- ^ a b 芦部, 信喜、高橋, 和之『憲法』(第8版)岩波書店、2023年9月。ISBN 9784000616072。