金従会
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金 従会(キム・ジョンフェ、朝鮮語: 김종회/金從會、1923年 - 1953年5月27日)は、大韓民国の政治家。第2代韓国国会議員。
経歴
[編集]忠清南道大徳郡出身[1]。中央大学法科卒[2]。大韓青年団大徳郡団長のほか、東国大学(現・東国大学校)で講師を務めた。1950年の第2代総選挙に大徳選挙区から無所属で出馬して当選し[3]、国会においては1951年3月9日から同年12月19日まで、また1952年1月24日から同年12月19日まで国会国防委員会委員長を務めた[2]。
しかし、1953年5月27日に影島の自宅で急死した。5月26日に遊説を終えて自宅に戻り、就寝中に「手足が少し痛い」と言い、次に目を覚ました時にはすでに死去していたと妻は述べている。医師の推測では心臓麻痺とされる[4]。のちに異母兄は死因について、他殺疑惑があるとして司法解剖を依頼したが、胃液から毒性のある成分は発見されなかった[5]。
脚注
[編集]- ^ “金從會議員急逝(김종회의원급서)”. NAVER Newslibrary. 경향신문 (1953年5月29日). 2023年11月8日閲覧。
- ^ a b “자료일람 | 한국사데이터베이스”. 2023年11月8日閲覧。
- ^ “대한민국헌정회”. rokps.or.kr. 2023年11月8日閲覧。
- ^ “金從會議員(김종회의원) 廿七日影島自宅(입칠일영도자택)서”. NAVER Newslibrary. 동아일보 (1953年5月28日). 2023年11月8日閲覧。
- ^ “故金從會議具胃液(고김종회의구위액) 無毒(무독)임이判明(판명)”. NAVER Newslibrary. 조선일보 (1953年7月27日). 2023年11月8日閲覧。