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金倉円照

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

金倉 円照(金倉 圓照、かなくら えんしょう、1896年11月27日 - 1987年1月24日)は、インド哲学者・仏教学者位階正三位学位は、文学博士東北大学名誉教授、宮城教育大学学長。龍厳寺住職(浄土真宗本願寺派)。特にジャイナ教と正当バラモン教の諸哲学体系の研究で知られる[1][2]

経歴

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鹿児島県川辺郡坊津町(現・南さつま市)出身[1]鹿児島県立第一鹿児島中学校 (旧制)を経て[3]1917年第七高等学校造士館 (旧制)卒業[4]1920年[2]東京帝国大学文学部印度哲学科卒業[1]。大学卒業後、ヨーロッパへ留学[2]1923年東北帝国大学助教授、1926年東北帝国大学教授(戦後学制改革により東北大学教授)[1]1931年に論文「ブリハダーラヌヤコーパニシヤツドバーシユヤの研究」により東京帝国大学より文学博士を授与される[5]1934年『西蔵(チベット)大蔵経総目録』を編纂、1939年『印度古代精神史』を刊行。1960年東北大学を退官し[1]名誉教授となる[2]立正大学教授を経て[2]1967年宮城教育大学学長に就任[1][2]1963年日本学士院会員。1972年講書始で「日本のインド哲学」を講ず。

『印度中世精神史』で1953年日本学士院賞受賞、共編著書『西蔵撰述仏典目録』で1955年日本学士院賞共同受賞[6]1967年勲二等旭日重光章[1]1984年日本翻訳文化賞受賞[1]1985年文化功労者となった[1][2]。叙正三位[7]

著書

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  • 『吠檀多(ヴェーダーンタ)哲学の研究』岩波書店, 1932
  • 『印度古代精神史』岩波書店, 1939
  • 『印度精神文化の研究 特にヂヤイナを中心として』培風館, 1944
  • 『釈迦』生活社, 1946
  • 『印度哲学史要』弘文堂, 1948
  • 『印度哲学の根本問題』光の書房, 1948
  • 『印度哲学の自我思想』大蔵出版, 1949
  • 『印度中世精神史 上』岩波書店, 1949
  • 『印度哲学史』昭和書房, 1952
  • 『印度哲学入門』百華苑「百華文庫」, 1952
  • 『印度中世精神史 中』岩波書店, 1962
  • 馬鳴(アシュヴァゴーシャ)の研究』平楽寺書店, 1966
  • 『インドの自然哲学』平楽寺書店, 1971
  • 『真理の月光』講談社「インド古典叢書」, 1984

編纂

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  • 法華経の成立と展開』平楽寺書店, 1970

翻訳

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論文

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記念論集

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  • 『金倉博士古稀記念印度学仏教学論集』同論文集刊行会編 平楽寺書店, 1966

評伝

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脚注

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  1. ^ a b c d e f g h i 『20世紀日本人名事典』(日外アソシエーツ、2004年)「金倉円照」
  2. ^ a b c d e f g コトバンク『日本大百科全書(ニッポニカ)』「金倉圓照」 2021年3月8日閲覧
  3. ^ 鹿児島県立鶴丸高等学校同窓会-一鶴文庫-一中 2021年3月8日閲覧
  4. ^ 七高史研究会『七高造士館で学んだ人々 改訂版』(2001年)
  5. ^ CiNii博士論文-金倉円照「ブリハダーラヌヤコーパニシヤツドバーシユヤの研究」 2021年3月8日閲覧
  6. ^ 日本学士院-恩賜賞・日本学士院賞・日本学士院エジンバラ公賞授賞一覧第41回 (昭和26年) ~ 第50回 (昭和35年) 2021年3月8日閲覧
  7. ^ 「叙位叙勲」『読売新聞』1987年2月7日朝刊