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郡上市立小川小学校

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
郡上市立小川小学校
地図北緯35度51分45.1秒 東経137度07分25.0秒 / 北緯35.862528度 東経137.123611度 / 35.862528; 137.123611座標: 北緯35度51分45.1秒 東経137度07分25.0秒 / 北緯35.862528度 東経137.123611度 / 35.862528; 137.123611
国公私立の別 公立学校
設置者 郡上市
設立年月日 1873年
閉校年月日 2022年
共学・別学 男女共学
学校コード B121221900209 ウィキデータを編集
所在地 501-4305
岐阜県郡上市明宝小川632
外部リンク 公式サイト
ウィキポータル 教育
ウィキプロジェクト 学校
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郡上市立小川小学校 (ぐじょうしりつ おがわしょうがっこう)は、岐阜県郡上市に存在した公立小学校

概要

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  • 通学区域は明宝小川であり、公立中学校の進学先は郡上市立明宝中学校であった[1]
  • 明宝小川のは弓掛川上流の過疎地域であり、2022年1月時点の児童数は4名[2]
  • 敷地内には野外スケートリンクがあり、毎年1月の1時間目はスケートの授業が行われている(氷の状態などで行われない場合もある)。このスケートリンクは夜間にPTAや保護者の手によって作られている。
  • 2021年(令和3年)10月に県道86号の「めいほうトンネル」が開通。明宝小川の児童が交通の難所の小川峠を迂回し、安全に通行できることになったため、2022年(令和4年)3月に郡上市立明宝小学校に統合され廃校。

沿革

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  • 1873年(明治6年)
    • 6月 - 小川村に、漆原小学校小川分校が開校する。
    • 11月 - 漆原小学校から独立し、小川学校となる。
  • 1886年(明治19年)11月 - 小川簡易小学校に改称する。
  • 1897年(明治30年)4月1日 - 大谷村寒水村気良村、小川村、畑佐村二間手村奥住村が合併し、奥明方村が発足。
  • 1900年(明治33年)3月 - 小川尋常小学校に改称する。
  • 1916年(大正5年)4月 - 奥明方第四尋常小学校に改称する。
  • 1933年(昭和8年)5月 - 日出雲分校を設置する。
  • 1935年(昭和10年)4月 - 日出雲分校を廃止する。
  • 1938年(昭和13年)4月 - 小川尋常高等小学校に改称する。
  • 1941年(昭和16年)4月1日 - 小川国民学校に改称する。
  • 1947年(昭和22年)4月1日 - 奥明方村立小川小学校に改称する。明方中学校小川分校を併設する。
  • 1951年(昭和26年)4月 - 併設の明方中学校小川分校が畑佐中学校に移管され、畑佐中学校小川分校となる。
  • 1955年(昭和30年) - 校舎(木造2階建)が完成。
  • 1961年(昭和36年)4月 - 併設の畑佐中学校小川分校が廃校。
  • 1970年(昭和45年)4月20日 - 奥明方村が明方村に改称する。同時に明方村立小川小学校に改称する。
  • 1980年(昭和55年)8月 - プールが完成。
  • 1985年(昭和60年)12月 - 体育館が完成。
  • 1985年(昭和62年)12月 - スケートリンクが完成する。
  • 1992年(平成4年)4月1日 - 明方村が明宝村に改称する。同時に明宝村立小川小学校に改称する。
  • 2004年(平成16年)3月1日 - 八幡町大和町白鳥町高鷲村美並村和良村、明宝村が合併し、郡上市が発足。同時に郡上市立小川小学校に改称する。
  • 2011年(平成23年)4月 - 郡上市立小川保育園が小川小学校校舎内に移転する。
  • 2016年(平成28年)3月 - 現在の校舎が完成。
  • 2022年(令和4年)
    • 3月26日 - 閉校式を行う[3]
    • 3月31日 - 廃校。

脚注

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  1. ^ 郡上市立小学校及び中学校の就学区域一覧
  2. ^ 最後のスケート学習、ずっと思い出。全校児童4人、3月閉校の小学校(岐阜新聞web)2022年1月13日
  3. ^ 閉校の郡上市立小川小学校最後の卒業式(NHK岐阜)2022年3月24日

関連項目

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外部リンク

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