赤松時則
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時代 | 南北朝時代 - 室町時代前期 |
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生誕 | 不明 |
死没 | 不明 |
別名 | 性興 |
官位 | 三河守[1] |
主君 | 足利義満 |
氏族 | 赤松氏 |
父母 | 父:赤松則祐[1] |
兄弟 | 義則[2]、時則、満則[1]、持則、義房、有馬義祐[1]、祐秀[1]、妹(細川頼元室) |
赤松 時則(あかまつ ときのり)は、室町時代前期の武将。
赤松則祐の子で義則の次弟。明徳4年(1393年)6月に領地を寄進したとされているが、子孫の記録が無く彼自身の事跡も不明なため、早世して子孫も庶家として発展しなかったようである。
脚注
[編集]- ^ a b c d e 今井尭ほか編 1984, p. 293.
- ^ 今井尭ほか編 1984, p. 292.