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賀茂 石角(かも の いわつの)は奈良時代の貴族。氏は鴨とも記される。姓は朝臣。正五位下・賀茂堅麻呂の子[1]。官位は主殿頭・従五位下。
聖武朝後期の天平17年(745年)路野上・太徳足・田辺高額・楢原東人らとともに、正六位上より外従五位下に叙せられる。同年4月に主殿助として同寮解に署名している。翌天平18年(746年)4月に従五位下(内位)・主殿頭に叙任された。
注記のないものは『続日本紀』による。
- ^ 宝賀[1986: 1373]
- ^ 『大日本古文書』巻2-404