謝肉祭 (シューマン)
『謝肉祭』(しゃにくさい、Carnaval )作品9は、ドイツの作曲家ロベルト・シューマンが1834年から1835年にかけて作曲した[1]ピアノ曲集。シューマン初期の傑作として知られ[2]、『子供の情景』作品15や『クライスレリアーナ』作品16と並ぶ代表的なピアノ曲である。全部で20曲からなる。
作品
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「4つの音符による面白い情景」(Scènes mignonnes sur quatre notes )の副題がある。実らなかった恋の相手エルネスティーネ・フォン・フリッケン (Ernestine von Fricken) の出身地アッシュ(Aš)のドイツ語表記「ASCH」を音名で表記した、《 As - C - H 》、《 A - Es - C - H 》(「ラ♭ - ド - シ」 、「ラ - ミ♭ - ド - シ」)の音列に基づいており、「前口上」、「ショパン」を除く全ての曲に、これらの音列のいずれかが使用されている。なお、偶然であるが、シューマンの名前にも"ASCH"の文字が含まれている(SCHumAnn)。のちに『色とりどりの小品』作品99や『アルバムの綴り』作品124に収められた作品には同じ動機を含む作品がみられ、この曲集のために作曲されたものと推測される[1]。これらの音名による「暗号」の謎解きは、演奏されない「スフィンクス」で示される。
各々の曲のタイトルはフランス語に拠っており、シューマンの評論に出てくる架空の団体「ダヴィッド同盟」の構成員(フロレスタンとオイゼビウス)や、実在の音楽家(ショパン、パガニーニ)、後に妻となるクララなどが登場する。
クララはこの作品を繰り返し取り上げたが、多くは私的な場での演奏で、「大衆の前で演奏するには向かない」と見なしていた[3]。同じくこの作品を高く評価したフランツ・リストは1840年にシューマンの了解を得て、短縮した形で公開演奏を行った[1]。
多彩な響きをはらむことから、複数の管弦楽編曲が行われている[2]。1902年のアントン・ルビンシテイン記念演奏会のためアレクサンドル・グラズノフたちロシアの作曲家が編曲したバージョンは、バレエ・リュスが1910年に取り上げている[4]。1914年にヴァーツラフ・ニジンスキーの依頼でモーリス・ラヴェルが行った全曲編曲は、4曲のみが現存している[5]。
出版
[編集]複数の出版社との交渉を経て、1837年、ブライトコプフ・ウント・ヘルテルとパリのモーリス・シュレジンガー社から出版された(パリ版は短縮された)[1]。ポーランドのヴァイオリニスト・作曲家のカロル・リピンスキ(1790年 - 1861年)に献呈された。
演奏時間
[編集]- 約24分
曲の構成
[編集]- 1.Préambule 前口上
- 変イ長調 Quasi maestoso. - Piu mosso. - Presto. 3/4
- 非常に堂々としたEs-F音の主題と不安をあおる中間部からなる。
- 2.Pierrot ピエロ
- 変ホ長調 Moderato. 2/4
- 3のアルルカン、15のパンタロンとコロンビーヌとともに、コンメディア・デッラルテのストックキャラクターの一人。
- 3.Arlequin 道化役者(アルルカン)
- 変ロ長調 Vivo. 3/4
- 4.Valse noble 高貴なワルツ
- 変ロ長調 Un poco maestoso. 3/4
- 7.Coquette コケット
- 変ロ長調 Vivo. 3/4拍子
- 8.Réplique 返事(応答)
- ト短調 L'istesso tempo. 3/4
- 「コケット」の誘惑への返事[6]。終盤には、全曲を通して表に出ることはない「Es-C-H-A」の動機が潜まされている[2]。
- (Sphinxes スフィンクス)
- 《 Es - C - H - A 》 《 As - C - H 》 《 A - Es - C - H 》の音を順番に長く伸ばす。
- 「演奏するには当たらない」と書かれているが、実際に演奏されることも多い。その際にピアニストによって音符の追加が行われることがある(ラフマニノフなど)。
- 9.Papillons 蝶々
- 変ロ長調 Prestissimo. 2/4
- 初期稿では「エコセーズ」と題されていた[6]。この曲までは基本的に「A-Es-C-H」の動機が用いられ、「As-C-H」の動機が中心となる次の曲からは後半に入る[2]。
- 10.A.S.C.H. - S.C.H.A. (Lettres dansantes) 躍る文字
- 変ホ長調 Presto. 3/4
- 13.Estrella エストレラ
- ヘ短調 Con affetto. - Piu presto. - Tempo I. 3/4
- エストレラとはエルネスティーネのことである。
- 14.Reconnaissance 回り逢い(再会)
- 変イ長調 Animato. 2/4
- 15.Pantalon et Colombine パンタロンとコロンビーヌ
- ヘ短調 Presto. - Meno Presto. - Tempo I. 2/4
- INTERMEZZO (Paganini.) 間奏曲(パガニーニ)
- ヘ短調 Presto. - Tempo I., ma piu vivo. 2/4
- 「ワルツ・アルマンド」の中間部である。跳躍が多く、演奏困難な曲。
- 17.Aveu 告白
- ヘ短調 Prestissimo. 2/4
- 18.Promenade プロムナード
- 変ニ長調 Comodo. 3/4
- 19.Pause 休憩(休息)
- 変イ長調 Vivo. 3/4
- 「前口上」の再現が行われ、アタッカで次の曲に入る。
- 20.Marche des "Davidsbündler" contre les Philistin フィリシテ人と闘う「ダヴィッド同盟」の行進
- 変イ長調 Non Allegro. 3/4 - 変ホ長調 Molto piu vivo. - Animato. - Vivo. - 変イ長調 - Animato molto. - Vivo. - Piu stretto.
- 「行進」というタイトルにもかかわらず3/4拍子である。「フィリシテ人」とは『旧約聖書』に登場するペリシテ人のことであり、シューマンは音楽上の「俗物」「守旧派」の意味で用いている。これに対し、「ダヴィッド」同盟は、ペリシテ人の巨人ゴリアテを倒した「ダヴィデ王」に因んでいる。のちに低音に現れる「17世紀の旋律」と記されたテーマは「おじいさんの踊り」(Grossvatertanz) と呼ばれる民謡で、慣例に従って宴の終わりを告げるとともに、フィリシテ人を皮肉る[6]。これは『パピヨン』作品2にも登場するテーマである。
出典
[編集]- ^ a b c d Herttrich, Ernst (2004). “Preface”. Schumann: Carnaval. G. Henle Verlag. pp. IV-V
- ^ a b c d 藤本一子『作曲家・人と作品 シューマン』音楽之友社、2008年、156-157頁。
- ^ Draheim, Joachim (2015). Schumann: Complete Piano Works, Vol. 8 (CD booklet) (PDF) (Media notes). Florian Uhlig. Hänssler. pp. 18–22. HA8050。
- ^ リチャード・バックル(鈴木晶 訳)『ディアギレフ: ロシア・バレエ団とその時代 上』リブロポート、1983年。pp. 188-189.
- ^ アービー・オレンシュタイン(井上さつき 訳)『ラヴェル: 生涯と作品』音楽之友社、2006年。app. p. 34.
- ^ a b c d 西原稔『シューマン: 全ピアノ作品の研究 上』音楽之友社、2013年、220-234頁。
- ^ ロマンティックなワルツ 作品4 - clara-schumann.net.
外部リンク
[編集]- 『謝肉祭』作品9の楽譜 - 国際楽譜ライブラリープロジェクト
- 謝肉祭 - ピティナ・ピアノ曲事典