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観音寺 (荒川区)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
観音寺
所在地 東京都荒川区荒川4-5-1
位置 北緯35度44分12.8秒 東経139度46分44.6秒 / 北緯35.736889度 東経139.779056度 / 35.736889; 139.779056 (観音寺 (荒川区))座標: 北緯35度44分12.8秒 東経139度46分44.6秒 / 北緯35.736889度 東経139.779056度 / 35.736889; 139.779056 (観音寺 (荒川区))
山号 清瀧山[1]
院号 龍光院[1]
宗旨 新義真言宗
宗派 真言宗豊山派
本尊 十一面観音
創建年 天文年間(1532年1555年[1]
開山 長偏僧都[1]
札所等 豊島八十八ヶ所霊場6番札所
法人番号 3011505000290 ウィキデータを編集
観音寺 (荒川区)の位置(東京都区部内)
観音寺 (荒川区)
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観音寺(かんのんじ)は、東京都荒川区にある真言宗豊山派寺院

概要

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天文年間(1532年1555年)、長偏僧都によって開山された[2]

江戸時代徳川将軍鷹狩鶴御成)のために江戸郊外のこの地を度々訪れており、当寺は法界寺とともに「御膳所」(休憩場所)に充てられた。将軍が出入りする際は、正門ではなく東側の竹藪を切り開いたところから入るのが習わしであった。1945年昭和20年)の東京大空襲で焼失するまで、将軍が休憩する座敷が残されていた[2]

交通アクセス

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脚注

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  1. ^ a b c d 新編武蔵風土記稿 三河島村.
  2. ^ a b 高田隆成、荒川史談会 著『荒川区史跡散歩 (東京史跡ガイド18)』学生社、1992年、120-121p

参考文献

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  • 高田隆成、荒川史談会 著『荒川区史跡散歩 (東京史跡ガイド18)』学生社、1992年
  • 「三河島村 観音寺」『新編武蔵風土記稿』 巻ノ14豊島郡ノ6、内務省地理局、1884年6月。NDLJP:763977/63 

関連項目

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