藤原一生
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藤原 一生(ふじわら いっせい、1924年5月1日 - 1994年2月27日)は、日本の児童文学作家。
東京市深川区出身。本名は一生(かずお)。両親が失踪し、キリスト教の施設で育つ。義務教育を終えて印刷所に勤め、紙芝居興行をする。第二次世界大戦で中国に出征。戦後はキリスト教関係の書店に勤務して読書。1952年退職し作家となる。
1959年、南極の昭和基地に取り残された樺太犬を題材にした『タロ・ジロは生きていた』を刊行。これが『南極物語』として映画化された。
1975年5月5日、日本けん玉協会を田無市(現西東京市)で設立。けん玉をスポーツと位置付け公平平等な競技性を模索した結果、共通の規格の認定けん玉制度や段級制度を制定し『けん玉道』を提唱。全国を駆け巡りけん玉の普及につくした[1]。
藤原一生が残した言葉
「明るく 楽しく 元気よく」
「あせらず あわてず あきらめず」
「けん玉のひびき 平和のひびき」
著書
[編集]- 『森永太一郎 製菓王』(ポプラ社、偉人傳文庫) 1954年
- 『タロ・ジロは生きていた』(トモブック社) 1959年
- 『南極のカラフト犬タロ・ジロ物語』(鬼藤あかね絵、講談社青い鳥文庫) 1987年
- 『警察犬出動』(トモブック社) 1960年
- 『発明はこうして生まれた』(トモブック社) 1960年
- 『とんちの童話集』(福田庄助絵、あかね書房、たのしい幼年童話) 1965年
- 『ひこうきとふね』(上田三朗絵、小学館、小学館のよいこ絵本) 1968年
- 『ポケット偉人伝 4 ヒラリー』(潮出版社) 1971年
- 『はつめい王エジソン』(新井五郎絵、集英社、オールカラー母と子の世界の名作) 1972年
- 『豊臣秀吉』(集英社、母と子の世界の伝記) 1973年
- 『ぶっちは一年生ママは三百年生』(駒宮録郎画、高橋書店) 1974年
- 『ぶつかれぶっち』(川本哲夫絵、女子パウロ会) 1974年
- 『イエスの目』(聖文舎) 1975年
- 『しゅるしゅるゲンタ』(石倉欣二画、高橋書店) 1975年
- 『あかい目 ぼくのイエスさま』(かみやしん画、小学館) 1976年
- 『パパお話して 藤原一生童話集』(聖文舎) 1976年
- 『ベーブ・ルース』(集英社、母と子の世界の伝記) 1977年
- 『ぞうのひっこし』(若菜珪絵、ブルーベル館) 1978年
- 『創作童話 クリスマス童話入門』(編、キリスト新聞社) 1979年
- 『けん玉スポーツ教室 入門からチャンピオンコースまで』(金の星社) 1980年
- 『ひと目でわかるけん玉リーダー読本』(教育出版センター) 1982年
- 『大阪城ものがたり 太閤さま・豊臣秀吉』(深沢邦朗絵、教育出版センター) 1983年
- 『ゴリアテごっこ 藤原一生集』(教文館、日本キリスト教児童文学全集) 1984年
- 『かすみゆくふるさと』(文・構成、藤原敏生写真、藤原敏生) 1996年
再話
[編集]- 『少年少女世界の名作文学1 - 古典編1』「ワイナモイネン物語」(小学館) 1965年
- 『太陽の王子ホルスの大冒険』(東映動画作品、小学館) 1966年
- 『少年少女世界の名作文学2 - 古典編2』ローランの歌 フランス叙事詩」(小学館) 1967年
- 『シャーロック・ホームズの冒険』(アーサー・コナン・ドイル、小松崎茂絵、集英社、少年少女世界の名作) 1968年
- 『ハンス月へいく』(ポー、やなせたかし絵、岩崎書店) 1969年
- 『少年少女世界の文学 カラー名作5 - イギリス4』「アイバンホー」(スコット、小学館) 1970年
- 『少年少女世界の名作30 - ドイツ編3』「メトロポリス」(ハルボウ、小学館) 1972年
- 『十五少年漂流記』(ベルヌ、依光隆絵、金の星社) 1972年
- 『なぞの四文字』(ルブラン、保篠竜緒共訳、柳柊二絵、講談社、名作選怪盗ルパン) 1972年
- 『ルパンの挑戦』(ルブラン、吉田郁也絵、講談社、名作選怪盗ルパン) 1972年
- 『透明犯人』(ルブラン、吉田郁也絵、講談社、名作選怪盗ルパン) 1973年
- 『少年少女世界の名作3』「紅はこべ」(オルツィ』、小学館) 1974年
- 『少年少女世界の名作27 - フランス編8』「海底の秘宝」(ボアゴベイ、妹尾韶夫訳、小学館) 1974年
- 『12までかぞえましょう』(ヒルデガルド・ボース作絵、渡辺和雄訳、小学館) 1975年
- 『おじいさんといっしょ』(カイ・ベックマン作絵、渡辺和雄訳、小学館) 1975年
- 『そらをとんだめんどりさん』(ゴッドフリー・リン作、エリザベート・ウェブ絵、渡辺和雄訳、小学館) 1975年
脚注
[編集]- ^ 『日本児童文学大事典』大日本図書