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藤原ここあ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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藤原 ここあ
生誕 (1983-04-28) 1983年4月28日
日本の旗 日本福岡県北九州市
死没 (2015-03-31) 2015年3月31日(31歳没)
職業 漫画家イラストレーター
活動期間 1999年 - 2015年
代表作 妖狐×僕SS
受賞 第7回21世紀マンガ大賞佳作
公式サイト 一日一言たまに二言
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藤原 ここあ(ふじわら ここあ、1983年4月28日 - 2015年3月31日)は、日本漫画家イラストレーター。女性。福岡県北九州市出身[1]血液型はB型。

来歴

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1998年エニックス(現:スクウェア・エニックス)主催の第7回21世紀マンガ大賞に投稿した『Beauty and the Beast』で14歳の時に佳作を受賞(受賞時のペンネームは「藤原みるく」)、翌年の『月刊ガンガンWING』同年3月号に掲載された『CALLING -コーリング-』で中学3年生の時にデビュー。その後、アンソロジーコミックでの作品発表を経て同誌で読み切り『わたしの狼さん。』『わたしの狼さん。THE OTHER SIDE OF LYCANTHROPE』掲載、両読み切りの続編『dear』を2002年8月号から2008年1月号まで連載した。同社発行の『月刊ガンガンJOKER』で2009年5月号(創刊号)から2014年3月号まで『妖狐×僕SS』を連載した。同作品は著者初のアニメ化作品。同誌では2013年10月号から2015年4月号まで『かつて魔法少女と悪は敵対していた。』を連載した[2]

『dear』、『かつて魔法少女と悪は敵対していた。』のドラマCDは、ともに自ら脚本(シナリオ)を手掛けている。『妖狐×僕SS』のキャラクターソングのなかには作詞をした曲もある。

地元の福岡県にて執筆活動を続けていた[3]

2015年4月8日、月刊ガンガンJOKER公式ウェブサイトにて2015年3月31日に死去したことが発表された[4][5]。死因は病死とだけ公表され、葬儀は近親者のみで執り行われた[5]

人物・作風

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  • 趣味は読書・ゲームカラオケである。
  • 動物好きであり、そのことを自身の単行本で語り、ファンにペットの写真を送ってもらったことがある。
  • 高校受験前、学校へ行かず漫画ばかり描いていた(本人談)。
  • エニックスお家騒動」においてガンガン系雑誌の連載作家の大半がマッグガーデンへ移籍した中、『月刊ガンガンWING』に留まった数少ない漫画家の一人である。

作品リスト

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漫画

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ドラマCD

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  • ドラマCD dear 【ディア】(原作、シナリオ、イラスト)
    • 2004年4月24日発売。
  • ドラマCD dear 〜ディア〜 A story of the next day(原作、シナリオ、イラスト)
    • 2006年8月4日発売。
  • ドラマCD かつて魔法少女と悪は敵対していた。(原作、シナリオ、イラスト)
    • 2015年2月25日発売。

イラスト

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ゲーム

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  • I DOLL U(オトメイト、キャラクターデザイン)[7]

脚注

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  1. ^ ガンガンWING公式サイトに掲載されていたアシスタント募集広告より。
  2. ^ 『妖狐×僕SS』が最終回になるまでの半年間、両作品を並行して連載していた。
  3. ^ 公式ブログのプロフィールより。
  4. ^ 月刊ガンガンJOKER公式ウェブページ、2015年4月8日閲覧。ウェブアーカイブWeb魚拓
  5. ^ a b 漫画家・藤原ここあさんが死去『妖狐×僕SS』など 『ORICON STYLE』 2015年4月8日
  6. ^ 妖狐×僕SS:作品情報”. アニメハック. 2020年8月22日閲覧。
  7. ^ 製品情報”. I DOLL U公式サイト. 2015年7月14日閲覧。

外部リンク

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