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蕭 子建(しょう しけん、永明4年(486年)- 永泰元年1月25日[1](498年3月3日))は、南朝斉の皇族。湘東王。武帝蕭賾の二十一男。字は雲立。
蕭賾と宮人謝氏のあいだの子として生まれた。母の謝氏は、武帝に愛されず、得度して尼となった。永明8年(490年)12月、子建は湘東王に封じられた。建武元年(494年)、明帝が即位すると、謝氏は還俗した。
永泰元年正月丁未(498年3月3日)、子建は明帝の命により殺害された。享年は13。
- ^ 『南斉書』巻6, 明帝紀 永泰元年正月丁未条による。
- 『南斉書』巻40 列伝第21
- 『南史』巻44 列伝第34