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萩森城

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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萩森城
愛媛県
築城主 宇都宮清綱
築城年 天文年間
主な城主 宇都宮清綱、房綱
廃城年 天正13年(1585年)?
遺構 石垣、堀
位置 北緯33度28分05.5秒 東経132度26分08.5秒 / 北緯33.468194度 東経132.435694度 / 33.468194; 132.435694
地図
萩森城の位置(愛媛県内)
萩森城
萩森城
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萩森城(はぎもりじょう)は、愛媛県八幡浜市にあった日本の城山城)。

概要

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標高200mほどの山に築かれ、高森城城高城飯森城が支城として存在した。

宇都宮清綱が嫡男の宇都宮豊綱大洲城を譲った際、次男の宇都宮房綱らを連れて萩森城に隠居して7,800石を知行したという。

天正2年(1574年)、大野直之によって城が落とされ、房綱は豊後の大友宗麟を頼って落ち延びた。

しかし、天正7年(1579年)、家臣の梶谷景雄景晴良景が高森城及び当城を奪還、房綱を豊後より呼び戻し、房綱は再び城主として帰り咲いた。

天正13年(1585年)の四国の役にて、小早川隆景の進攻をうけて開城、その後廃城となった。

参考文献

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  • 日本歴史地名大系 (オンライン版)

関連項目

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