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若杉直美 (益子焼の陶芸家)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

若杉 直美[1][2][3][4](わかすぎ なおみ[3]、出生名:鵜野 直美(うの なおみ)[5][6][7][8][9][10]1948年[6][3][4](昭和23年)[1][2] - 2011年(平成23年)12月3日[11])とは、栃木県芳賀郡益子町陶芸家である[1]

夫は同じく益子町の陶芸家である若杉集[12][3][13][14]。工房「若杉陶磁器工房」[2]で作陶活動を行った。

当時の益子では数少なかったクラフト系の陶芸を作陶し、様々な色を用いて絵付や彩色を施し、主に練り込み技法を用いて[5][6][3]、ありとあらゆる食器を製作した[5][6][8][3][12][13][15][16]

生涯

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1948年[6][3][4](昭和23年)[1][2]、鵜野直美として[5][6][7][8][9][2]東京都[3]渋谷区に生まれる[6][12][2][4]

子どもの頃は何もない時代だった[12]。日本が裕福になりだんだん物が手に入るようになっていくうちに、綺麗なものを作りたいと思うようになった[12]。若いうちからデザインの道を志し[12]東京都立駒場高等学校芸術科へ入学した[12]

1968年[6](昭和43年)、東京芸術大学芸術学部工芸科[6][3]に入学した後[12][4]、大学の授業の中で一番しっくりしたのが「焼き物」だった[12]。そのため陶芸科を選考し、大学院までの4年間は焼き物を学んだ[12]

1973年[6][3][12](昭和48年)、同大学美術学部陶芸科大学院を修了[12][1][2][4]した後[3]、先輩や同級生たち7人と共に[3]株式会社汎設計の同人設立に参加[6]。グループで窯を持つ形で[2]、量産タイプの食器のデザインや製作をおこなう傍ら、「日本クラフトデザイン協会」のクラフト展など様々なグループ展覧会に出品[6]。また「目白陶幻倶楽部」の講師も務めた[6]

またこの時の会社起ち上げの際に轆轤を購入する資金が無かった事から、「練り込み」技法を手掛けるようになった[3]

1977年(昭和52年)、株式会社汎設計の同人が解散となる[6]。そのため東京都渋谷区[3]鉢山町[7][8]に工房を作り製作活動を続け[3]、同年の「日本クラフトデザイン協会」主催のクラフト展で「優秀賞:松屋賞」を受賞する[6][5][9]

1978年[3][12](昭和53年)、同じ小学校、中学校の出身であり[12]、同じく陶芸の道に進んだ若杉集[3][13][14]と結婚し、益子に移住し [10][3]築窯した[3][12][2]

当時の益子ではまだ数が少なかったクラフト系の陶芸で作陶を行った[12][16]。「日本クラフトデザイン協会」の会員として[10][12]、協会のクラフト展のテーブルウェアインテリア、マインドウェア部門に出品していた[5][12]。物があれば豊かになる発想からの転換として、心の豊かさや遊び心を求める顧客と作家、双方の望みに応える活動に勤しんだ[12]。「ごろごろペット」と名付けた、パステルカラーの練り込みで作陶した球の中に陶片を入れ、球を転がすと鈴のような音を立てる、「焼き物のペット」を製作し入選したこともあった[12]

「パッチワーク」と呼んでいた練り込みや[3][5]、染め付け、黒釉、釉彩などの様々な技法で食器を作陶をした[2]。陶土は京都の磁土と[13]信楽の土を用いて、京都の土に信楽焼の土を2割ほど入れ[13]、半磁器にした[12]。カラフルな彩色のみならず[16]、白色から黒色まで守備範囲であり、白い陶土でコーヒーカップやミート皿を製作し、その削りかすに顔料で色を付けて練り込み用の色土にした[3]。そして色を付けた練り込み陶土を作陶した後に出る切れ端には黒釉を掛け、黒土にして更に作陶に用いた[12]。こうして常に40色にも上る色陶土を保存し[13]、ありとあらゆる色の陶土を使って食卓にのぼるありとあらゆる食器を作陶した[5][12][16][15]

2つの別々の紋様の練り込みをした板を貼り合わせ、または表面に絵付をした裏面に練り込み板を貼り合わせた[3]二重構造の皿を製作し、食事の時に見えない裏面は「食器を洗う人が見て楽しめるように」紋様を変えて製作した[3][12]。また練り込み板で縁取りをした絵皿など、自由な遊び心で思いのままに作陶をした[12]

庭で育てている菖蒲などの[4]だけではなく、自宅近くに畑を借りて家庭菜園をするようになってから[3]、身近な野菜果物、例えば人参[4]唐辛子[4]ラ・フランス[3]などを題材に選び、「元気で新鮮な野菜は格好いいし綺麗だから」と[3]、練り込み板を素地として[13]野菜や果物の絵付を施した[3][12][4][16][15]

益子の陶土にこだわり、主に急須を作陶している夫の若杉集とは[13][14]全く正反対の異なる陶芸の道を歩み、互いに干渉することは無かったが[13]、時には互いの技法を織り交ぜた作陶を披露する事もあった[13]

自然体で自由な仕事をする事が出来るクラフトを存分に楽しんだ[12][16]

2011年(平成23年)12月3日、病気のため逝去した[11]。享年63[11]

脚注

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注釈

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出典

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  1. ^ a b c d e とちぎの陶芸・益子,下野新聞社 1999, p. 228.
  2. ^ a b c d e f g h i j 益子の陶芸家 平成12年,近藤京嗣 2000, p. 102.
  3. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa 「下野新聞」1997年(平成7年)5月11日付 10面「美の誕生 41」「若杉 直美(陶芸)」「「食」楽しくさせる器」/『下野新聞 縮刷版 1997 No.379 平成9年5月号』下野新聞社 P268:2024年(令和6年)11月10日 宇都宮市立中央図書館にて閲覧。
  4. ^ a b c d e f g h i j 「下野新聞」2003年(平成15年)4月15日付 11面「染め付けの美器と布で表現」「益子町で二人展」
  5. ^ a b c d e f g h 『暮しを創るクラフト展 1977』「優秀賞(松屋賞)」「鵜野直美 UNO Naomi」「練り込みの器(陶器)」P3 - 国立国会図書館デジタルコレクション 2024年11月10日、国会図書館デジタルコレクション デジタル化資料個人送信サービスにて閲覧。
  6. ^ a b c d e f g h i j k l m n o 『暮しを創るクラフト展 1977』「優秀賞(松屋賞)- 鵜野直美 UNO Naomi」P4 - 国立国会図書館デジタルコレクション 2024年11月10日、国会図書館デジタルコレクション デジタル化資料個人送信サービスにて閲覧。
  7. ^ a b c 『暮しを創るクラフト展 1977』「公募出品者」「鵜野 直美」P50 - 国立国会図書館デジタルコレクション 2024年11月10日、国会図書館デジタルコレクション デジタル化資料個人送信サービスにて閲覧。
  8. ^ a b c d 『ぐい呑みのすべて』光芸出版編集部 編「鵜野 直美」P166 - 国立国会図書館デジタルコレクション 2024年11月10日、国会図書館デジタルコレクション デジタル化資料個人送信サービスにて閲覧。
  9. ^ a b c 『日本のクラフト』「社団法人 日本クラフトデザイン協会のあゆみ」「1977年 昭和52年」P112 - 国立国会図書館デジタルコレクション 2024年11月10日、国会図書館デジタルコレクション デジタル化資料個人送信サービスにて閲覧。
  10. ^ a b c 『日本のクラフト』「会員名簿」「う U」「鵜野 直美 UNO Naomi」P115 - 国立国会図書館デジタルコレクション 2024年11月10日、国会図書館デジタルコレクション デジタル化資料個人送信サービスにて閲覧。
  11. ^ a b c 「下野新聞」2011年(平成23年)12月4日付 27面「おくやみ」「県央」「益子町」「若杉直美さん(わかすぎ・なおみ)」
  12. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa とちぎの陶芸・益子,下野新聞社 1999, p. 202-203.
  13. ^ a b c d e f g h i j 上杉集さん(陶芸家)、上杉直美さん(陶芸家)”. それぞれの ing (2008年10月24日). 2024年11月8日閲覧。 ※本文の通り「若杉」の誤記である。
  14. ^ a b c 「益子の原土を継ぐ」陶芸家 若杉 集さん|土祭2015”. 土祭2021 (2015年8月28日). 2024年11月8日閲覧。
  15. ^ a b c 夏のフリーカップ♪”. やまに大塚 スタッフMのブログ (2009年6月3日). 2024年11月8日閲覧。
  16. ^ a b c d e f 若杉直美さんの陶器”. 日々のつづれ織り - 楽天ブログ (2020年2月26日). 2024年11月8日閲覧。

参考資料

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  • 下野新聞社 編『とちぎの陶芸・益子』下野新聞社、1999年10月10日、202-203,228頁。ISBN 9784882861096NCID BA44906698国立国会図書館サーチR100000002-I000002841202 
  • 近藤京嗣 著、近藤京嗣 編『益子の陶芸家 平成12年』近藤京嗣(自家出版)、2000年11月、102頁。真岡市立図書館 検索結果矢板市立図書館 検索結果大田原市立図書館 検索結果