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芳心院 (徳川家斉側室)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

芳心院(ほうしんいん、? - 文化5年閏6月7日1808年7月29日))は、江戸幕府第11代将軍・徳川家斉側室。父は旗本の木村重勇。名は美尾、八十、筆など。

生涯

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旗本の木村重勇の娘として生まれる。

寛政5年1月1日1791年7月28日)、大奥に入りお筆と呼ばれる[1]享和2年7月5日1802年)に男児を死産し、翌3年12月10日1803年)に家斉の第19子で十一女の浅姫越前福井藩第12代藩主松平斉承室)を出産。

文化5年(1808年)閏6月7日、病を患い桜田御用屋敷で療養、同所で没した。墓所は東京都文京区伝通院。戒名は芳心院殿柔順蓮蘂大姉[2]

脚注

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  1. ^ 芳賀登『日本女性人名辞典』(1998年日本図書センター、p274)
  2. ^ 高柳金芳『徳川妻妾記』(2003年、江戸時代選書、p253)