自爆営業
自爆営業(じばくえいぎょう)とは、企業の営業活動において、従業員が自己負担で商品を購入し、売上高を上げる行為のこと。自爆契約、自腹契約とも[1]。
ノルマ達成と各店舗、営業所の販売、営業成績のために行われる。営業成績のために身銭を切る行為を自爆になぞらえた比喩表現である。
日本郵便
[編集]元々は、日本郵便株式会社の組織内で呼ばれるようになった言葉で、電子メールやSNSが普及していなかった郵政省時代や日本郵政公社時代でも、売れない郵便商品の自爆営業は行われ、ノルマの達成を当たり前と思い込む風潮が広まっていたが、郵政民営化以後の利益追求より、一層の営業を求めている。そのため、職員にお年玉付郵便はがきなどの販売ノルマを割り当ており、その際、販売数未達分については、職員が差額分を自腹で対応し、それが高額となったことと、ノルマ達成に対する手当が出ないことが問題視されるようになった[2]。
郵便局局員は、大量に購入したお年玉付き年賀はがきを、金券ショップに売りに行くのが恒例行事となっていた。
第2次安倍内閣の内閣官房長官菅義偉は、2013年(平成25年)11月18日(月曜日)午前の総理大臣官邸での記者会見で、この問題を前日に報じていた朝日新聞社の記者から日本郵便の自爆営業についての質問を受け、「販売目標の設定について一般の経営の在り方として問題ではないとし、無理な販売促進はあってはならないと日本郵政も認識している、そう言うことはないと報告を受けている」と答弁。しかし、先述の新聞報道があったため、日本国政府が日本郵便株式会社の全株式を保有していることもあり、総務省に注意・注視を指して、活かしたいとした[3]。
所属局によりノルマの数は異なるが、日本郵政社員1人当たりに『年賀状のはがきを何枚売る』というのが定められており、外務社員はもちろん、利用客に接客する機会の無い内務社員にも目標が定められている。販売促進のため「対話」の一環として未達者に対する指導や反省文を書かせる、ミーティングの時に「お立ち台」の上で謝罪や達成宣言をさせる、営業ロールプレイを繰り返す、通常勤務から外し営業活動に専念させる、やりきり隊の立ち上げ、管理職に対する営業促進テレビ会議などの対策を行っている[4]。
達成できなければ、6か月更新の非正規雇用である長期期間雇用社員の場合、更新時に行われる能力給の査定でランクが上がらない、ランクを落とすこともある。正社員や管理職の場合も年収が100万円単位で下がる、左遷され出世コースから外されることもある[4][5]。
特定商取引に関する法律(特定商取引法)が、2009年(平成21年)12月1日に改正施行され、全ての取引に本法が適用されることとなり、はがきやゆうパック等の販売は、郵便配達のついでなら訪問販売、チラシなら通信販売、電話を使えば電話勧誘販売扱いとなり、クーリングオフの書面交付義務と新たに法規制の対象となり、営業活動にかかる負担が増加した結果、「法律を守ればノルマをこなせないし、ノルマをこなせば法律は守れない。早く日本郵政を摘発してくれれば(ノルマが無くなって)楽になれるのに」と、現場の職員から「日本郵政を摘発してほしい」と、声を漏らした[6][7]。
需要と供給が乖離し、人手不足で郵便営業にかける余裕も無い中、内務社員のみならず多くは、この目標を達成することができずに、金券ショップに転売して、自身が売り捌いたということにしている。金券ショップに売る場合には、定価よりも安い買取価格であることに加えて、首都圏などの高価で買い取ってもらえる店までの交通費も、自腹で払わないといけないことから、日本郵便社員には数万円の負担が強いられている。日本郵便株式会社は実需に基づかない営業行為、自爆営業や金券ショップへの持ち込みを『企業コンプライアンス違反』として禁止しており、そのような状況は調査しても確認できないとしている[6]。
郵便局会社の完全子会社である郵便局物販サービスが2009年(平成21年)に、生産者からカタログ宣伝手数料を取る方式から、販売する商品の仕入れ価格を下げる為に、生産者から一括して購入する仕入れ販売方式に転換。在庫を抱えるリスクを回避する為、販売営業の一層の促進が図られた[8]。
ノルマには、各郵便局に割り当てられた目標値を頭数や役職、勤務別に割り振る。集配区ごとの班などチームごとのノルマを達成することはもちろん、1人当たりのノルマを達成する事も望まれる。この年賀状のはがきを1人当たり1万枚以上売り上げるという目標などは、民法・労働基準法・刑法などに違反する『ノルマではない』と主張し、「目標」「期待値」などと言い換えることで、社員の大部分が達成できていることになっているが、その実は社員が自腹を切っているがゆえのことだ[9][10][4][11][12][13][14][15][16][17][18]。
日本郵便での自爆営業の主なノルマ商品
[編集]- お年玉付郵便はがき
- 夏のおたより郵便はがき
- 記念切手
- レターパック
- ゆうパックカタログ販売
- バレンタインデー
- こどもの日
- 母の日
- 父の日
- お中元
- 敬老の日
- ふるさと小包
- 鍋ゆうパック
- ラーメンゆうパック
他の業種での例
[編集]樫田秀樹の「自爆営業」ではコンビニエンスストア、アパレル産業、紳士服量販店、外食産業における自爆営業の事例が取り上げられている。
保険会社の例
[編集]保険会社の営業の場合には、自分に加えて家族の名義で契約を結ぶが、その際の保険料負担において社員割引などの形式で行われていることもある。農業協同組合(JA)が販売する「JA共済」に関しても、保険を販売する職員がノルマを課せられ、中には借金をした人もいて問題となった[19]。
大手電気メーカーの例
[編集]大手電気メーカーのシャープは、2015年11月20日、全社員(17,436人)を対象とした、自社製品購入を促す「シャープ製品愛用運動」を開始。また、専用サイト「特別社員販売セール」を開設し、役員20万円、管理職10万円、一般社員5万円を目標とした自社製品の購入の呼びかけを始めた。購入額の2%が販売奨励金としてバックされる。会社側は、イントラネット上で社員の購入状況をチェックし、誰がいくら使ったかまで把握するとしている[20]。
刑務所の例
[編集]また、刑務所の刑務作業においても、自爆営業が行われている。長崎刑務所で刑務作業の指導を担当していた元職員が、在職していた2011年に、墓石の修理代など200万円以上を自己負担するなどの自爆営業を行っていたことが、2016年11月28日の毎日新聞で報じられた。他の刑務所でも同様なことが行われているという、有識者から指摘されている[21]。
大手コンビニチェーンでの例
[編集]2017年(平成29年)に入り、コンビニエンスストアではアルバイト店員に恵方巻やクリスマスケーキなど特定の日時を過ぎたら大幅に価格が下落する食品の自爆営業を課す例が相次いだ。オーナーに予約50件~100件のノルマを課した例をはじめ、数十本程度のノルマがあったという報告が多く、ノルマを達成できない場合は、自ら買い取る「自爆営業」を行う事もある。NHKは、1月26日・2月2日のニュース番組で「そうした例」を取り上げ、労働組合の相談窓口には売れ残りの数万円分を給料から天引きされた例なども寄せられたと報じた。
こうした事例は、労働基準法第24条に違反し違法行為になる。ある大手コンビニ広報は「本部が主導していることは一切なく、加盟店で不正があれば対処する」と答えているが、実際に対処した例はなかった。しかし、労働組合の首都圏青年ユニオンの執行委員長は、J-CASTニュースの取材に対し、本部が加盟店に恒常的に売り上げを上げるよう圧力をかけている構造的な問題であり、そのしわ寄せが末端のアルバイト店員に向けられたものであるとみている。また万が一、上司との人間関係の中で断り切れずに買い取らされた場合などは、あきらめず支払いを記録するなど証拠を残せば、後で取り返せる可能性が高いと説明している[22]。
大手コンビニチェーンでの自爆営業の主なノルマ商品
[編集]- 恵方巻き
- ギフト商品
- うなぎ弁当
- クリスマスケーキ
- 年賀はがき印刷
- 年越しそば/うどん
- おせち料理
- お歳暮
- お中元
- おでんの具材
- バレンタインデー・ホワイトデーの菓子類
労働基準法
[編集](賠償予定の禁止)
[編集]- 第十六条
- 使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。
(賃金の支払)
[編集]- 賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。ただし、法令若しくは労働協約に別段の定めがある場合又は厚生労働省令で定める賃金について確実な支払の方法で厚生労働省令で定めるものによる場合においては、通貨以外のもので支払い、また、法令に別段の定めがある場合又は当該事業場の労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定がある場合においては、賃金の一部を控除して支払うことができる。
- 賃金は、毎月一回以上、一定の期日を定めて支払わなければならない。ただし、臨時に支払われる賃金、賞与その他これに準ずるもので厚生労働省令で定める賃金(第89条において「臨時の賃金等」という。)については、この限りでない。
脚注
[編集]- ^ 野村農林水産大臣記者会見概要令和5年2月21日(火曜日)9時05分~9時18分「共済事業向けの総合的な監督指針」の改正等について
- ^ “年賀はがき「自爆営業」 局員、ノルマ1万枚さばけず”. 朝日新聞. (2013年11月17日). オリジナルの2015年7月25日時点におけるアーカイブ。 2023年12月15日閲覧。
- ^ 平成25年11月18日(月)午前 | 平成25年 | 官房長官記者会見 | 記者会見 | 首相官邸ホームページ - 00:12:48〜00:14:55
- ^ a b c 郵便局にはびこる「自爆営業」 自腹10万円は当たり前 | 日刊SPA!
- ^ 伝送便Head Line10 - 2010年 - 年職員が年間100万円の自爆営業でも会社の営業利益の1%しかないぞ? (10.20) (郵政ユニオン九州地本機関紙「みらい」10月20日号より転載)
- ^ a b 小出康成 (2009年12月15日). “年賀状の「違法販売」続出!? 特商法改正で日本郵政迷走”. 週刊ダイヤモンド (ダイヤモンド社) 2016年10月13日閲覧。
- ^ 伝送便Head Line13 - 2013年 -かもめ〜る営業はつらいよ (06.10) 日本郵便は法を守ったまともな営業を指導せよ
- ^ 伝送便Head Line12 - 2012年 - カタログ営業の真相 (06.05) 名称変更、局会社の子会社となったカタログ小包の元締め
- ^ 伝送便Head Line15 - 2015年 - パワハラ・自腹営業・サービス残業の職場実態アンケート (02.13) 「郵政労働運動の発展をめざす四国共同会議」の取り組みによる
- ^ 郵便局員、今年も「自爆営業」 年賀はがきノルマ絶えず:朝日新聞デジタル
- ^ 東京新聞:「ノルマ、罰則もない」 郵便局員自殺訴訟 日本郵便が反論:埼玉(TOKYO Web)
- ^ 年賀はがき『自爆営業』郵便局員たちノルマこなすため数万円の自己負担 : J-CASTテレビウォッチ
- ^ やっぱり起きた! 変わらない日本郵便の「自爆営業強制体質」 | 企業ニュース | キャリコネ
- ^ 伝送便Head Line11 - 2011年 - 人員不足と営業ノルマが現場を荒廃させる (2011.09.05) 次々と人材を浪費し使い捨てにする会社に見切りを付ける
- ^ 非正規も年賀状ノルマ 郵便会社 低賃金「自腹切れぬ」−北海道新聞[道内]
- ^ (033)自爆営業 :樫田 秀樹 | ポプラ社
- ^ 2015(平成27)年 夏のおたより郵便葉書(かもめ~る)の総発行枚数の確定 - 日本郵便
- ^ 2015(平成27)年用年賀葉書の総発行枚数の確定 - 日本郵便
- ^ “JA共済めぐり…農協職員「ノルマで“自爆契約”」給料削り 借金も【調査報道】 | TBS NEWS DIG (1ページ)”. TBS NEWS DIG. 2023年1月15日閲覧。
- ^ ライブドアニュース - 全社員に購入ノルマ 自爆営業に踏み切ったシャープの行く末 2015年11月20日 10時26分 日刊ゲンダイ
- ^ 長崎刑務所 元職員「700万円自腹」 刑務作業の営業で 毎日新聞 2016年11月28日
- ^ “恵方巻ノルマに今年も「助けて!」 コンビニ「自爆営業」はナゼ消えないのか”. J-CAST. (2017年1月27日) 2017年5月12日閲覧。
関連書籍
[編集]- 『日本郵政の闇』宝島社、2015年。ISBN 9784800244208。
- 樫田秀樹『自爆営業 その恐るべき実態と対策』ポプラ社、2014年。ISBN 9784591140277。